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平成19年11月8日

科学技術振興機構(JST)
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大阪大学
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遺伝子プログラムで決められた血流動態が大血管の非対称性を作り出す

(先天性心奇形の病因解明に前進)

 JST(理事長 北澤宏一)と大阪大学(総長 鷲田清一)は、心臓から出る大きな血管である大動脈弓注1)が、非対称に作られる仕組みを明らかにしました。これはマウスを使った研究で突き止めたものです。
 内臓の多くは左右非対称に位置、また左右非対称な形をとります。この非対称性に異常があると心臓や大血管の奇形を引き起こし、新生児の死因となります。血管は最初は左右対称に作られますが、発生の途中で左右の片側が消失するなど再構成(リモデリング)され、最終的には一部の血管は左右非対称になります。例えば、心臓から出る大動脈弓は必ず左側へアーチしますが、発生の初期に大動脈の近くに形成される6対の鰓(さい)弓動脈注2)のうち、第6鰓弓動脈の右側が消失することによって、左側へアーチする形をとることが知られています。しかし、なぜ片側の鰓弓動脈が消失するのかは、循環器学上の大きな問題でしたが、その仕組みはこれまで不明でした。
 本研究では、右側の第6鰓弓動脈が消失し、左側へアーチする大動脈弓ができる仕組みを突き止めました。左右性を決める遺伝子(Pitx2)注3)の働きにより、心臓から出る大血管が頭尾軸に沿って回転し、その回転の結果、左右対称に存在した第6鰓弓動脈の右側部分が細くなります。右側第6鰓弓動脈が狭くなった結果、そこに流れる血流が少なくなり、血管内皮細胞が受け取る増殖因子のシグナルが減少し、やがてアポトーシスを引き起こして右側第6鰓弓動脈が消失することが分かりました。つまり、左右性を決める遺伝子によって決められた血流動態が、血管のリモデリングを引き起こすことが明らかになりました。
 ヒト新生児の心臓形成の異常の多くも、血流動態の異常で引き起こされていると考えられており、本研究はその病因の解明につながると期待されます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「生命システムの動作原理と基盤技術」研究領域(研究総括:中西重忠)における、研究課題『生物の極性が生じる機構』(研究代表者:濱田博司 大阪大学大学院生命機能研究科教授)のメンバーである八代健太(ロンドン大学クイーンメリー校ウィリアムハーヴェイ研究所 講師)、白鳥秀卓(大阪大学准教授)らによって行われています。本研究成果は、2007年11月8日(英国時間)発行の英国科学雑誌「ネイチャー」に掲載されます。

<研究の背景と経緯>

 内臓の多くは左右非対称に位置し、左右非対称な形をとります。例えば、心臓、胃、脾臓などは体の中で1つしかない臓器ですが、左に偏って位置します。一方、肺は左右一対ありますが、形や大きさが左右で異なります。このような臓器の左右非対称性は、各臓器の機能を保つために必要なことです。臓器の非対称性の異常は臓器の逆位(多くの場合部分的な逆位)を引き起こし、生命を脅かす異常になります。特に、心臓や大血管の奇形を引き起こす場合には、新生児の死因となります。
 臓器の左右非対称性は、多くの遺伝子から成るプログラムによって決められています。近年、左右対称性が繊毛によって破られること、非対称に発現する因子によって左右の細胞が非対称にパターニングされること――などが明らかになりましたが、最終的に臓器の非対称な形が生じる機構はこれまで不明でした。
 大人の体において非対称に見える臓器も、最初は対称に作られ、その後非対称な形に成ります(図1)。例えば、心臓や消化管は、最初は体の中心部を走る比較的真っ直ぐな管として作られますが、やがて決められた方向へ屈曲することによって片側へ偏っていきます。一方、肺の場合、最初は形や大きさともに対称に作られますが、やがて左右で異なる分葉を起こします。
 血管の場合も、最初は左右対称に作られますが、発生の途中で左右の片側が消失するなど再構成(リモデリング)され、最終的には一部の血管は左右非対称になります。例えば、心臓から出る大動脈弓は必ず左側へアーチしますが、発生の初期に大動脈の近くに形成される6対の鰓弓動脈のうち、第6鰓弓動脈の右側が消失することによって、左側へアーチする形をとることになります(図2)。しかし、なぜ片側の鰓弓動脈が消失するのかは、循環器学上の大きな問題でしたが、その仕組みは不明でした。

<研究の内容>

 本研究で、濱田チームの研究メンバーである八代健太、白鳥秀卓らは、発生初期にいったん左右対称に作られた鰓弓動脈において、やがて右側の鰓弓動脈が消失し、最後に左側へアーチする大動脈弓ができる仕組みを突き止めました。左右性を決める遺伝子(Pitx2)の働きにより、心臓から出る大血管が頭尾軸に沿って回転し、その回転の結果、左右対称に存在した第6鰓弓動脈の右側部分が細くなります(図3)。右側第6鰓弓動脈が狭くなった結果、そこに流れる血流が少なくなり、血管内皮細胞が受け取る血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、 血小板由来増殖因子(PDGF)シグナルが減少し、やがてアポトーシスを引き起こして消失することが分かりました。つまり、左右性を決める遺伝子によって決められた血流動態が、血管のリモデリングを引き起こしていることが明らかになりました。

 本研究で得られた結果を以下に示します。

1 非対称な臓器形成に必要な遺伝子、Pitx2を欠損すると、第6鰓弓動脈のリモデリングがランダムになり(左、右、あるいは両側が残る)、大動脈弓のアーチが異常になります(図2)。
2 正常では、Pitx2の働きにより、心臓から出る大血管が頭尾軸に沿って回転するため、右側の第6鰓弓動脈が狭くなり、そこに流れる血流が減少します(図3)。
3 左の第6鰓弓動脈(正常では残る)を、人工的に結紮(し)し血流を止めてしまうと、右側第6鰓弓動脈へ血流が増え、その結果本来は消失するはずの右側第6鰓弓動脈が残ってしまい、その結果大動脈弓は右にアーチすることになります(図4)。
4 発生途上の血管に十分な血流が維持されると、血管内皮細胞がVEGF、 PDGFというシグナルを受け、血管構造が維持されます。逆に血流が無くなる/少なくなると、VEGF、 PDGFシグナルが減少し、やがて血管が消失してしまいます。
5 マウス胚をVEGF、PDGFシグナルの阻害剤で処理すると,本来残るはずの左第6鰓弓動脈が消失してしまいます。

<今後の展開>

 ヒト新生児の約1%は心臓形成の異常を発生し、左右の異常が原因になるのはその一部と言われています。これら心臓形成の異常の多くも、血流動態の異常で引き起こされていると考えらますが、本研究はその病因の解明につながると期待されます。

<参考図>

図1:非対称な形が生じる仕組み

図1:非対称な形が生じる仕組み


図2:鰓弓動脈のリモデリング・パターン

図2:鰓弓動脈のリモデリング・パターン

正常マウスとPitx2ノックアウトマウスにおける、鰓弓動脈のリモデリングのパターンを模式化している。Pitx2ノックアウトマウスでは、3つのパターンが出現する。いずれのケースでも、第6鰓弓動脈と背側大動脈の左右性は、ほぼ一致することに注目。
L:左,R:右,LV:左心室、RV:右心室

図3:第6鰓弓動脈の変化(受精後11.5 日目) 図3:第6鰓弓動脈の変化(受精後12.0 日目)
受精後11.5 日目 受精後12.0 日目

図3:第6鰓弓動脈の変化(右側が細くなる)

L:左、R:右、LV:左心室、RV:右心室、#3:第3鰓弓動脈、#4: 第4鰓弓動脈、#6: 第6鰓弓動脈、PA: 肺動脈、Dorsal Ao: 背側大動脈、Ao: 大動脈、aortic sac:大動脈嚢

左右の第6鰓弓動脈を赤色で示している。第6鰓弓動脈は、受精後11.5日では左右対称だが、12.0日では右側が細くなっていることに注目。

図4:左側第6鰓弓動脈を結紮(消失するはずの右側第6鰓弓動脈が残る)
図4:左側第6鰓弓動脈を結紮(消失するはずの右側第6鰓弓動脈が残る)

図4:左側第6鰓弓動脈を結紮(消失するはずの右側第6鰓弓動脈が残る)

マウス11日目胚の左側鰓弓動脈を糸で結紮し、36時間培養した後に、動脈の発達を調べた。結紮した場合、右側の鰓弓動脈が残っている事に注目(赤い矢印)。同様に、背側大動脈(DA)も、右側が太くなり、左側が消失しつつある。

<用語解説>

注1)大動脈弓
大動脈(だいどうみゃく aorta)は、ヒトでは心臓の左心室から出て上行したのちに、左側へアーチする大動脈弓を形成して下降し、総腸骨動脈の分岐部に終わる、最大の動脈であり、全身への血液循環の大元となる動脈である。

注2)鰓弓動脈
発生の初期に一過的に存在する動脈。心臓から出た大動脈の直近に形成される6対の動脈(第1〜第6鰓弓動脈)。発生の進行に伴い,第1,2、5鰓弓動脈は両側ともに消失。第3、第4は両側が残り,第6は右が消失し左は残るリモデリングにより、大動脈弓や頸動脈が作られる。

注3)Pitx2
臓器原基の左側だけで発現し、左右非対称な形態形成を遂行する転写制御因子。

<掲載論文名>

"Hemodynamics determined by the genetic program govern asymmetric development of the aortic arch"
(遺伝子プログラムで決められた血流動態が大動脈弓の非対称な形を作り出す)
doi: 10.1038/nature06254

※論文投稿時の八代氏の所属は大阪大学

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 :「生命システムの動作原理と基盤技術」
 (研究総括:中西重忠 (財)大阪バイオサイエンス研究所 所長)
研究課題名 :「生物の極性が生じる機構」
研究代表者 :濱田 博司(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)
研究期間 :平成18年度〜平成23年度

<お問い合わせ先>

濱田 博司(ハマダ ヒロシ)
 大阪大学大 学院生命機能研究科 教授
 〒565-0871 吹田市山田丘1−3
 TEL:06-6879-7994/FAX:06-6878-9846
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金子 博之(カネコ ヒロユキ)
 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
 研究領域総合運営部
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