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平成19年10月25日

国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
独立行政法人 科学技術振興機構

光通信の速度限界を突破

〜次世代光ルータ・光交換機の小型化・高速化に期待〜

【概要】

 国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学(学長 安田國雄、以下「奈良先端大」という)の河口仁司(かわぐちひとし)教授と片山健夫(かたやまたけお)助教らの研究グループと独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 北澤宏一、以下「JST」という)は、次世代の光通信について、大量の情報処理や記録をすべて光信号のままで高速に入出力できる「全光型」の装置の開発に成功した。これまで、情報処理の際、光信号をいったん電気信号に変換し処理したあと光信号に戻していたため、処理速度の高速化や消費電力の低減が近く限界に達するとされていたが、電気信号への変換を介さないので、これを突破できる。現在の通信速度(テラビット、テラは1兆)の1000倍も速いペタビット(ぺタは1000兆)の通信も可能になる。
 回路を伝わってきた光信号を、直接に半導体レーザが受けて、一定の方向に振動する偏光の形で情報を入出力するというタイプの新しい光メモリを実現したことが成功に結びついた。また、この半導体レーザは、集積化できるので、装置の小型化にも役立つ。この研究成果は2007年10月24日午後3時45分(米国東部時間、日本時間10月25日午前4時45分)から、世界の光半導体素子の研究者が集まる米国学会(20th Annual Meeting of the IEEE Lasers and Electro-Optics Society)で発表する。
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金・特定領域研究・新世代光通信へのイノベーション「偏光双安定面発光半導体レーザを用いた全光型信号処理」と、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)ナノテクノロジー分野別バーチャルラボの研究領域「超高速・超省電力高性能ナノデバイス・システムの創製」(研究総括:榊裕之)の研究課題「シフトレジスタ機能付き超高速光メモリの創製」の研究の一環として、河口教授らが行ったものである。

【内容】

 インターネットの拡大にともない、通信の経路を切りかえるルータ(交換機)の高速化が必要になっている。現在のルータでは光ファイバを伝送されてきた光信号を一度電気信号に換え、電子的に処理した後、再び光信号に換え、光ファイバに送り出している。この技術の延長では信号処理速度や消費電力が近い将来限界に達する。又、将来の光通信では、高速の光信号を光のままで記録可能な光メモリも必要になる。
 次世代の光通信システムに必要な毎秒ペタビットクラス(10の15乗ビット)の処理速度をもつ光ルータ(光交換機)では、電気的な処理を行わない全光型の信号処理が必須といわれている。河口教授らの研究グループでは、そのシステムのキーデバイスとなる光メモリの実現のために、半導体レーザから出力される光の偏光(光の振動の向き)を切り替えることで実現する偏光双安定スイッチングと呼ばれる独自の手法を研究している。今回この光メモリを、現在の光通信で用いられている光の波長である1.55 μ帯で初めて実現できる見通しを得た。
 同グループはこれまでに、素子作製が容易な0.98 μm帯の面発光半導体レーザ(VCSEL: Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser)注1)を用いて研究を進め、スイッチ速度が7 ps(ピコ秒 1兆分の1秒)で、スイッチエネルギーが0.3 fJ(フェムトジュール フェムトは1000兆分の1)という、世界でも最高速、最低エネルギーの動作を確認するとともに、光メモリ動作を実現してきた。VCSELは通常の半導体レーザとは異なり、LSIと同様に半導体ウエハ上に2次元的に集積化が可能で、システムの小型化に適しているという利点をもつ。今回、従来の0.98 μm帯VCSELとは異なる半導体材料を用いた実際の光通信システムで利用可能な1.55 μm帯VCSELで同様の偏光スイッチ・メモリ動作を実現したことにより、次世代の高速光通信システムの実現に大きく近づいた。

【解説】

 現在の光通信で使用されている光ルータ(光交換機)は、送られてきた光信号をフォトダイオードで電気信号に変換し、その電気信号をコンピュータによって処理した後に、半導体レーザによって光信号に戻して適切な宛先に送信している。しかし、現在の毎秒テラビット(10の12乗ビット)クラスの光ルータにおいても、電子回路の速度限界や消費電力の増大が問題となっており、次世代の光通信システムと言われている毎秒ペタビット(10の15乗ビット)クラスの光ルータにおいては電気信号に変換せず、光信号のまま入力、処理、出力する全光型信号処理が必要とされ、研究が進んでいる。
面発光半導体レーザ 河口教授らの研究グループでは、面発光半導体レーザの偏光双安定特性に着目し、光スイッチや光メモリへの応用の研究を進めてきた。この光スイッチは、例えば90º の偏光の向きで発光しているレーザに、それとは垂直な0ºの光を入力すると、出力光の向きが0ºにスイッチし、入力光を消してもその発光状態が保持されるので記憶装置になり得る。この偏光スイッチは、1)電気的な制御ではなく、光をそのまま入力として用いて出力光を制御できる、2)通常の光出力の有無によるスイッチング動作ではなく、光は出力されたまま向きが切り替わるため、高速かつ低エネルギーでスイッチング動作する、3)単一の素子で受光、メモリ、発光の機能を有している、4)通常の集積回路と同様に2次元集積化が可能なため、モジュール化など実用システムへの親和性が高いという特徴を有している。今回、実際の光通信で用いられている光の波長である1.55 μm帯でこの偏光スイッチングが可能であることを明らかにした。

【研究の位置づけ】

 全光型のメモリに関し、次世代の通信システムのキーデバイスとなるため、世界中の様々な研究機関や企業によって研究がなされている。それらの研究の中でVCSELの偏光双安定性注2)を用いた本研究は、高速かつ低エネルギーというメモリとしての基本特性が優れていることに加え、単一の素子で受光、メモリ、発光の機能を実現し、さらに集積化が容易というシステム応用への親和性が優れているという特徴を持っている。また、河口教授らの独創的な研究であり、全光型メモリの研究の中でも最も先導的なものである。今後、今回の光通信波長帯のVCSELを用いたメモリでも、同研究グループにより0.98 μm帯で実証されていることと同様に、スイッチング速度やスイッチングエネルギーを詳細に評価した後、光メモリモジュールを作製することにより、より実用に近づいた高速光ルータの実現が期待できる。

【用語解説】

注1) 面発光半導体レーザ(VCSEL: Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser)とは
 板状の半導体ウエハの側面から光を出力する通常の半導体レーザとは異なり、ウエハの表面から光を出力する、日本で発明、実用化が行われた半導体レーザ。半導体ウエハ上に2次元的に並べて作製できるため、大量生産が容易で、さらに低消費電力で動作するため、光通信用の光源としてだけでなく、近年光学式マウスやCDプレーヤーの光源としても多く用いられている。

注2) VCSELの偏光双安定性とは
 光は電磁波の一種であり、進行方向に垂直な向きに振動している。半導体レーザから出力される光は、一般にこの振動の向きが固定された直線偏光となる。VCSELでは光を出力する部分の形状を自由に設計でき、矩形にすることによりその辺の向きに沿った直線偏光を出力できる。さらに、VCSELを駆動している電流を変えたり、外部から光を入力することで偏光の向きを90度回転して、別の辺に沿った偏光にスイッチすることができ、かつ一度スイッチするとその偏光状態を安定に保つ。このように2つの状態(この場合は偏光の向き)で安定になることを双安定性といい、メモリに必須の特性である。

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】

奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 超高速フォトニクス講座 河口 仁司 教授
Tel:0743-72-6187 Fax:0743-72-6188
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【JSTの事業に関するお問い合わせ先】

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研究プロジェクト推進部 特定領域担当 安藤 利夫(あんどう としお)
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