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2007年10月4日
独立行政法人理化学研究所
日本電気株式会社
独立行政法人科学技術振興機構

単一の人工原子が生む光子でレーザー発振に成功

− 人工原子とミクロな共振器の最も単純な構造のレーザー −

本研究成果のポイント
 ○量子コンピューターの基本回路である「超伝導量子ビット」を人工原子として使用
 ○発振電磁波は波長10ギガヘルツのメーザー、効率は0.5ナノ秒に1光子の頻度
 ○「量子計算・量子暗号」への応用に期待

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と日本電気株式会社(以下「NEC」、矢野薫社長)、独立行政法人科学技術振興機構(以下「JST」、北澤宏一理事長)は、超伝導量子ビット※1を共振器と強く結合させることで、たった1つの原子が発する光子をもとにレーザー発振させることに成功しました。これは、理研フロンティア研究システム(玉尾皓平システム長)巨視的量子コヒーレンス研究チーム/NECナノエレクトロニクス研究所の蔡 兆申(ツァイ ヅァオシェン)チームリーダーらの研究成果です。
 たった1つの「原子」と共振器という、極めて単純なシステムを使ったレーザー発振の成功は画期的なことです。また、超伝導量子ビットが光子を発生する「原子」として機能することを利用してレーザー発振に成功したのは、世界で初めてのことです。固体電子素子※2である超伝導量子ビットの、共振器内の媒質として取り扱いやすく、かつ回路パラメーターをゲート電圧や局所磁場などにより容易に制御できる"人工の原子"である特徴を活用し、レーザー発振システムに利用しました。人工原子がつくる光子の発生率は0.5ナノ秒に1光子程度で、超伝導量子ビットに電流を流すことによって、約10ギガヘルツのマイクロ波周波数領域のレーザー発振を実現しました。さらに、このレーザー発振システムにマイクロ波を外部から投入すると、約3倍程度のパワー増幅のあることや、電磁波の位相を整える機能のあることを確認し、レーザー発振を正しく行っていることを確かめました。この発振システムは、今後、レーザー発振の基礎的研究に貢献することはもとより、電子情報を電磁波に変換する情報システムや量子ビット制御・読み出しに必要なコンパクトなマイクロ波源や、絶対安全性を有する情報管理に欠かせない量子暗号を実現するツールなどとして使われることが期待されます。
 本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の研究領域「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」(研究総括:山本喜久)の研究課題「超伝導量子ビットシステムの研究開発」(研究代表者:蔡兆申)の一環として得られたもので、英国の学術雑誌『Nature』オンライン版に10月3日(日本時間:10月4日)に公開されます。

1.背景

 レーザーは、光共振器※3と、その中に設置した原子などの量子準位※4を有する媒質から発する位相が揃った光です。レーザー発振を行うためにはまず、媒質の量子状態を外部からのエネルギー注入などの操作によって、当初の基底準位からエネルギーの高い準位に汲み上げます。次いで、反転分布状態(エネルギーの高い準位のほうがエネルギーの低い準位よりも、より多く占有される「安定状態」を逆転させる量子状態)を作り上げることが必要です。エネルギーの高い準位の状態は、誘導放出などの過程を経てエネルギーの低い安定した状態に転移し、その際エネルギーに見合った波長を持つ光子を放出します。共振器内で放出された光子は媒質を通過するたびに増幅され、レーザー発振が実現します。
 通常のレーザー発振では、ルビーや炭酸ガス、半導体などの量子準位を持つ媒質の原子などを数多く共振器に蓄え結合させることが必要です。これは、1つ1つの原子が非常に小さく、共振器と強く相互作用を引き起こす(結合する)ことができないからです。レーザーの構成部品の単純化を目指し、原子の数を減らしていくと、原子と共振器間の実効的結合が弱まり、原子がコヒーレンス※5を保てる時間内で原子と共振器間の相互作用を達成できなくなり、原子の集団は一体となってコヒーレントに振る舞えなくなります。したがって、究極に単純なレーザーである単原子のレーザーを作るのは極めて困難とされています。
 一方、「量子ビット」と呼ぶ超伝導の量子回路は、複数の量子準位を持つ「人工原子」として機能することが知られています。このような固体電子素子回路は比較的大きく、共振器との結合も、たとえば静電容量※6を調整することにより、容易に強くかつ制御性よく実現できます。したがってこのような特性を生かせば、単原子で構成されるマイクロ波※7領域のレーザー(通常「メーザー※8」と呼ぶ)を生み出すことが可能です。

2.研究手法

 1)発振媒体:超伝導電荷量子ビットを人工原子として使用

 レーザー発振媒質となるルビーや炭酸ガスなどの代わりに、超伝導電荷量子ビットを使いました。この量子ビット素子は、超伝導体を電極とする微小ジョセフソン接合※9を持った回路で構成され、材料の主体はアルミニウムです。この回路を超伝導状態にすると、電子対が1つずつ出入りするサブミクロンの「単一電子対箱」となります。NECは、1999年に、このような箱を使って、量子コンピューターの基本回路である量子ビットを、固体電子素子として初めて実現することに成功しました。この箱は、厚さ約50ナノメートルのアルミニウムの薄膜に酸化アルミニウムが2カ所でジョセフソン接合した形で、幅は約50ナノメートル、長さが約1,000ナノメートルです。この箱で1つ1つの電子対と電子の輸送を制御して、占有するエネルギー準位を電流によって変えられることは、電流−電圧特性に現れるジョセフソン−準粒子共鳴※10と呼ばれる共鳴電流※11の存在によって確認できました。この単一電子対箱は、電子線リソグラフィ※12で作りました(図1)。これは、現在のコンピューターで使っている集積電子デバイスと同様に、集積化が可能な回路で、箱の中の電子対の数に対応して量子状態が形成され、電荷数状態を作り出します。電荷数状態とは箱の中の全電子対の数「N」に対応した量子状態です。たとえば|0>状態は余剰な電子対がない状態、|2>状態は余剰電子対が1個ある状態です。

 2)発振システムの構造:荷電量子ビット素子1つを超伝導共振器に結合

 レーザーを発振させるための共振器は、ニオブ超伝導薄膜でつくったコプレナー型※13です(図2)。長さは約600マイクロメートル、中央導体の幅は約10マイクロメートルで、両端にレーザー発振に必須である鏡の役割をするスリットを組み込んだ形状となっています。また、共振周波数は約10ギガヘルツのマイクロ波帯域です。単原子でレーザー発振を実現するためには、人工原子としての電荷量子ビットと共振器間の結合を強くする必要があり、その結合強度は2者間を結合する導体の大きさ・形状による静電容量で決まります。電荷量子ビットの箱の部分と共振器を約1ミクロン四方のコンデンサーでつなげることで、必須となる強い結合を実現しました。

 3)光子発生の方法:エネルギーの高い量子準位への移行

 人工原子の量子状態は、外部から何も刺激を受けていない場合には、エネルギーの一番低い基底状態|2>にあります。レーザー発振を行うには、この人工原子の量子準位を、よりエネルギーの高いものに移行させ、状態を逆転させる反転分布を準備する必要があります。この反転分布状態の実現は、電荷量子ビットにプローブ接合※14を接続し(図1)、プローブ電極の電圧を調整することにより、プローブ電極に「ジョセフソン−準粒子共鳴」と呼ばれる電流を流すことで行いました。図3に、電荷量子ビットで反転分布とレーザー発振を実現するプロセスを表すエネルギー準位図を示します。電子対箱より電子が2つプローブ接合を介して外部に抜け、その結果、最初|2>の準位の状態だったのが、|1>の準位を介して最終的にはエネルギーの高い|0>準位の状態に移行します。

 4)レーザー発振のプロセス

 量子ビットの動作点は、磁場とゲート電圧を調整することにより電荷数状態|0>と|2>準位間のエネルギー差を、共振器の周波数に合わせることでできます。これは磁場を変えることでジョセフソン結合エネルギーが変わり、電場により静電エネルギーが変化するためです。このように、共振器に|0>と|2>準位間のエネルギーが合致していると、|0> から |2> 準位間の遷移に連動して光子を放出します。すなわちエネルギーの高い準位|0>は、誘導放出の過程を経てエネルギーの低い|2>状態に転移し、その際、エネルギーに見合った波長を持った光子を放出するのです。|2>状態に戻った人工原子は、プローブ接合に電流を流して、再び|0>状態に戻る上記のプロセスを繰り返し、光子を共振器に放出し続けます。このようにして人工原子と共振器が共鳴し、2つの準位間の状態転移が、光子放出を行いながら進みます。

3.研究成果

 以上のように、共振器に強く結合した電荷量子ビットにプローブ接合を介してナノアンペア程度の電流を流すと、0.5ナノ秒に一度の効率で光子が共振器に放出されました。その結果、共振器からの自発的マイクロ波の発振を観測しました(図4)。これは共振器の一端から光子を取り出し、光子に特有のマイクロ波を「マイクロ波ディテクター」で観測することで確認しました。また、外部からマイクロ波を少量注入すると、マイクロ波のパワーの増幅(図5)と線幅が細くなる現象を観測しました(図6)。これはマイクロ波の位相が整っていることを証明する観測結果で、約10ギガヘルツでレーザー発振した証拠となりました。なおこの周波数でレーザー発振する装置はメーザーと呼ばれます。

4.今後の期待

 このように、単一の人工原子を用いた極めて単純な構造で構成した回路は、通常のレーザー発振器とは異なった、共振器と強く結合した超伝導電荷量子ビットの準位をジョセフソン−準粒子共鳴を利用して反転分布させるという原理で動作します。そのため、今後この成果はレーザー発振の基礎的研究に役立つと考えています。この比較的簡単な構造を持つ固体素子回路は、1つの集積回路チップ上に集積して作り込める「オンチップ」のマイクロ波源やマイクロ波アンプなどへの応用が可能で、電流信号を光子に変える新たなシステムとして有望です。特に量子ビットの制御やその読み出しに有効なコンパクトなマイクロ波源や、絶対安全性を有する情報管理に欠かせない量子暗号を実現するオンデマンドの単光子源などとしても期待されます。人工原子として半導体量子ドットなどを使うと、可視光領域まで周波数を高めることも可能です。


図1
図1 人工原子として使った超伝導電荷量子ビット
ゲートに電圧をかけることにより、単電子対箱(点線で囲まれている領域)にジョセフソン接合を介して電子対が1つトンネルする。単電子対箱には箱中の全余剰電荷数Nに対応した「電荷数状態」と呼ばれる量子状態が現れる。

図2
図2 超伝導共振器(部分)とそれに結合している人工原子(電荷量子ビット)
光子は共振器の左側のスリットと右側のスリット(図では見えない)で反射し、2者の間を往復する。

図3
図3 電荷量子ビットで反転分布とレーザー発振を実現するプロセスを示すエネルギー準位図
電子対箱より電子が2つプローブ接合を介して外部に飛び出し、その結果、最初|2>の状態が、|1>状態を介して(Γ21)、最終的にはエネルギーの高い|0>状態に移行(Γ10)するようになった。量子ビットの動作点を調整して、|0>と|2>準位間のエネルギー差を共振器の周波数に合わせると、人工原子と共振器が共鳴し、2つの準位間の状態転移が光子の放出を伴いながら発生する。|2>状態に戻った人工原子は、プローブ接合に電流が流れている間、上記のプロセスを繰り返し、光子を放出し続ける。青丸は余剰電子の数。|0>⇒|2>の遷移のみが共振器の周波数と一致しているので発光する。gは人工原子と共振器の結合エネルギー(80MHz)。

図4
図4 共振器からの自発的マイクロ波発振
縦軸は発光パワー、横軸は周波数(単位は10GHzの共振器周波数からのずれ)。電流を人工原子に注入している間、共振周波数より少しずれたところで光を放出し続ける。注入する電流は約0.2ナノアンペアで、光子を数ナノ秒に一回放出することに相当する。

図5
図5 外部よりマイクロ波を少量注入した場合のマイクロ波のパワーの増幅
縦軸はマイクロ波発光パワー、横軸は周波数(単位は10GHzの共振器周波数からのずれ)、赤線は電流注入時の出力(共振器内の光子数が約10個の時、図6参照)、青線は電流を注入しない時の出力。外部から電流を注入することで、発振するマイクロ波のパワーが約3倍増幅した。

図6
図6 外部よりマイクロ波を少量入力した場合、発振の線幅が細くなる現象
横軸は入力マイクロ波のパワー(単位dBM )、縦軸は発振した光の周波数(単位は10GHzの共振器周波数からのずれ)。入力するマイクロ波のパワーがある程度大きくなると(ちょうど共振器中の光子数が1個時に相当)、発振の線幅が急に狭まることが観測でき、マイクロ波の位相が揃ってくることを観測した。色は出力光の強さを表している(例えば黄緑は0.5×10-21から1.0×10-21W/Hzまで、赤は3×10-21W/Hz以上)。

<補足説明>

※1 超伝導量子ビット

ジョセフソン接合を利用した固体電子素子の量子ビット。電荷量子ビット、磁束量子ビット、位相量子ビットなどのタイプがある。

※2 固体電子素子

真空管や機械的スイッチを使わない、固体材料のみで構成される電子素子。半導体トランジスタやダイオードがその代表例。

※3 光共振器

ある一定の波長の定在波のみが発生する装置。光レーザーではよく2枚の向かい合った鏡が使われる。

※4 量子準位

原子の中で定常状態にある電子は、ある決まったとびとびの値を持つ。このとびとびのエネルギーの値を「量子準位」という。

※5 コヒーレンス

複数の波が存在するとき、波同士の山と山、または谷と谷が重なれば、山や谷は大きくなる。逆に、山と谷が重なるときは打ち消される。このような現象を「干渉」と呼ぶが、「コヒーレンス」は、干渉の程度を表すものである。

※6 静電容量

コンデンサーに蓄えられた電荷量のこと。静電容量はCで表され、その単位はF(ファラド)である。ある物体に1ボルトの電圧を与えたとき、1クーロンの電荷を蓄えたならば、その物体の静電容量を1ファラドとする。

※7 マイクロ波

波長が1mm〜1m、周波数300メガヘルツ〜3テラヘルツまでの電磁波。マイクロ波は携帯電話、電子レンジ、テレビ波など、広く応用されている。

※8 メーザー

レーザー(LASER)はLight(光)Amplification(増幅)by Stimulated(励起)Emission(放出)of Radiation(放射)の略、メーザー(MASER) はMicrowave (マイクロ波)Amplification(増幅)by Stimulated(励起)Emission(放出)of Radiation(放射)の略。

※9 ジョセフソン接合

超伝導体を2つ弱く結合した時にできる接合。両側の超伝導状態の位相差に比例する超伝導電流が流れるという特徴がある。

※10 ジョセフソン−準粒子共鳴

超伝導単電子トランジスタ(超伝導単電子対箱の「箱」にもう1つトンネル接合を設けた回路)において、超伝導電子対が片方の接合から流入し、もう片方の電極からその電子対が電子に分解されて出て行く現象。両方の輸送プロセスが共存できる狭いバイアス電圧の条件(ゲート電圧とソースドレイン電圧)でのみ発生する共鳴現象。

※11 共鳴電流

上記のような共鳴現象時に付随して流れる電流。

※12 電子線リソグラフィ

収束した電子ビームを感光膜に当ててそれを感光させて図形を描画する微細加工技術。通常の光リソグラフィ技術に比べ波長が短い電子ビームを使うので、解像度の回折限界の影響を受けず、微細の構造物の作成に有利。

※13 コプレナー型

真線とグランドが同一平面に作られた伝送線をコプレナー型伝送線、同じく真線とグランドが同一平面に作られた共振器をコプレナー型共振器という。

※14 プローブ接合

超伝導単電子トランジスタの片側に取り付けるトンネル接合をプローブ接合と呼ぶ場合がある。これは共鳴電流に比例した現象を観察(プローブ)するための接合という意味がある。

<掲載論文名>

Single artificial-atom lasing
単一の人工原子を用いたレーザー発振
doi: 10.1038/nature06141

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」
研究総括:山本喜久 情報・システム研究機構国立情報学研究所量子コンピューティング研究部門教授/スタンフォード大学応用物理・電気工学科 教授
研究課題名:「超伝導量子ビットシステムの研究開発」
研究代表者:蔡 兆申 ((独)理化学研究所フロンティア研究システムチームリーダー/NECナノエレクトロニクス研究所 主席研究員)
研究期間:平成15年度〜平成20年度

<報道担当・問い合わせ先>

 (問い合わせ先)

独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
 研究推進部 研究第一課
  課長 瀬谷 元秀(せや もとひで)
TEL: 03-3512-3524 FAX: 03-3222-2064

 (報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

NEC コーポレートコミュニケーション部
福本 充真(ふくもと みつまさ)
TEL:03-3798-6511 FAX:048-462-4715
E-mail:

独立行政法人科学技術振興機構 広報・ポータル部広報課
TEL: 03-5214-8404 FAX: 03-5214-8432

<本件に関するお客様からのお問い合わせ先>

NEC 研究企画部 企画戦略グループ
http://www.nec.co.jp/contact/