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平成19年8月14日

科学技術振興機構(JST)
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東北薬科大学
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インスリン抵抗性の新たなメカニズム解明に成功

(2型糖尿病の新しい治療法開発に道)

 JST(理事長 沖村憲樹)と東北薬科大学(学長 高柳元明)は、糖尿病におけるインスリン抵抗性の発症メカニズムに関して、「ガングリオシド」という糖脂質が関与することを発見しました。
 肥満による内臓脂肪の過剰蓄積によって、インスリンの作用不全(インスリン抵抗性注1)が発症し、慢性的に持続すると、重篤な2型糖尿病や動脈硬化を発症しますが、そのメカニズムはまだ良くわかっていません。
 本研究グループは、サイトカインTNFα注2をマウス脂肪細胞に作用させインスリン抵抗性状態にした時、細胞膜の糖脂質(糖と脂質の結合物)の一種であるガングリオシドが増加することに着目。増加したガングリオシドによって、細胞でのブドウ糖取り込みのスイッチとして働くインスリン受容体注3が誘引されることを発見しました。このため、細胞膜内でのインスリン受容体が、本来存在するべき「カベオラマイクロドメイン」注4という微小領域から遊離されることで、スイッチとして機能しなくなり、その結果、細胞がブドウ糖を取り込む能力を失う――というメカニズムを解明しました。
 本研究グループは、既にガングリオシドの生成を阻害する物質PDMPの合成も行い、これを用いてインスリン抵抗性を解除できることも立証しています。これらの研究成果によって、生活習慣病(メタボリックシンドローム)の共通した病態であるインスリン抵抗性、とりわけその典型である「2型糖尿病」の新しい治療法(マイクロドメイン矯正療法)の開発に大きく道を開く可能性が示されました。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」研究領域(研究総括:谷口直之 大阪大学微生物病研究所 教授)における研究課題「マイクロドメイン機能異常に基づく2型糖尿病の病態解明」(研究代表者:井ノ口仁一 東北薬科大学分子生体膜研究所 教授)の一環として、井ノ口仁一(同上)と樺山一哉(同大学 助教)らによって行われています。今回の研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2007年8月13日(米国東部時間)に公開されます。

<研究の背景と経緯>

 肥満による内臓脂肪の過剰蓄積に伴う脂肪細胞の機能異常がインスリン抵抗性を引き起こし、2型糖尿病や動脈硬化性疾患の多彩な病態の成因として重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。しかし、その詳細なメカニズムについては不明な点が多く残されています。
 本研究グループは、既にTNFαを脂肪細胞に作用させインスリン抵抗性状態にした時、ガングリオシド注5と呼ばれる糖脂質の一種である、「GM3」注5が細胞膜で増加することを突き止めていました。スフィンゴ糖脂質注5スフィンゴミエリン注6、コレステロールなどの相転移温度注7の高い脂質群が集積して形成される細胞膜カベオラマイクロドメイン(カベオラ)にインスリン受容体が存在していることから、細胞膜におけるインスリンシグナル伝達においても、GM3が影響を与えている可能性があります。本研究チームは、「2型糖尿病などの生活習慣病の病態は、スフィンゴ糖脂質の発現異常によってマイクロドメインの構成・構造および機能が変化し、シグナル伝達が異常になったマイクロドメイン病である」という新しい病態概念を提唱しています。

<研究の内容>

 本研究グループは、TNFαで刺激し、インスリン抵抗性にした脂肪細胞におけるGM3の増加がカベオラの構造と機能へ及ぼす影響を検討しました。インスリンがブドウ糖の取り込みを促進するには、インスリン受容体がカベオラという細胞膜のマイクロドメインに存在していることが必要です。しかし、増加したGM3はカベオラの主要な成分であるカベオリン-1とインスリン受容体の結合を解離させることによって、インスリン抵抗性を引き起こしていることが観察されました。これらのことが今回、生細胞分子イメージング注8技術などを駆使することで、世界で初めて証明されました(図1)。さらに、そのメカニズムを詳細に追求したところ、インスリン抵抗性状態では、インスリン受容体の細胞膜直上の塩基性アミノ酸とGM3のシアル酸との相互作用が強まり、インスリン受容体がカベオラから解離することが判明しました(図2)。

<今後の展開>

 本研究グループは、ガングリオシドの生成を阻害する物質PDMPの合成を行い、これを用いてインスリン抵抗性を解除できることも既に立証しております。これらの研究成果は、生活習慣病(メタボリックシンドローム)の共通した病態であるインスリン抵抗性、とりわけその典型である「2型糖尿病」の新しい治療法(マイクロドメイン矯正療法注9)の開発に大きく道を開く可能性があります。

図1 インスリン抵抗性とマイクロドメイン機能異常の作業仮説
図2 GM3によるインスリン受容体(IR)とカベオリン複合体が弱められ、インスリン抵抗性が起こる機構の証明
<用語解説>

<掲載論文名>

Dissociation of the Insulin Receptor and Caveolin-1 Complex by Ganglioside GM3 in the State of Insulin Resistance
インスリン抵抗性状態におけるガングリオシドGM3によるインスリン受容体とカベオリン-1複合体の解離

<研究領域等>

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」
(研究総括:谷口直之 大阪大学微生物病研究所 教授)
研究課題名 「マイクロドメイン機能異常に基づく2型糖尿病の病態解明」
研究代表者 井ノ口 仁一(東北薬科大学分子生体膜研究所 教授)
研究期間 平成15年度~平成20年度

<お問い合わせ先>

東北薬科大学分子生体膜研究所 機能病態分子学教室
〒981-8558 仙台市青葉区小松島4-4-1
井ノ口 仁一(いのくち じんいち)
TEL:022-727-0117 FAX:022-727-0076
E-mail:

独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究推進部 研究第一課
〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
瀬谷 元秀(せや もとひで)
TEL:03‐3512‐3524 FAX:03‐3222‐2064
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