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平成19年5月4日

科学技術振興機構(JST)
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北海道大学 電子科学研究所
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古典理論の限界をはるかに超えた新しい光位相測定に成功

(光量子技術による精密計測の実用化に大きな前進)

 JST(理事長 沖村憲樹)と北海道大学電子科学研究所(所長 笹木敬司)の研究チームは、量子もつれ合い注1状態にある4個の光子を用いて、古典理論による従来のレーザー光測定の限界を超えた感度の光位相測定に世界で初めて成功しました。
 異なる経路を通る光線の間での干渉を利用した光の位相測定は、距離や物質の密度などを精密に測定する方法として、重力波天文学から生物学まで様々な分野において基本となる技術の一つです。しかし、その測定精度は、レーザー光などを利用した場合、測定に用いる光の強度によって決まる限界(古典理論による限界注2)が存在していました。一方、量子理論では、複数の光子がもつれた状態を作製することができれば、その限界を超えられることが指摘されていました。しかしこれまでの研究はもっとも初歩的な2個の光子を用いた実験の段階でとどまっていました。
 本研究チームは、光子が4個互いにもつれ合った状態を高精度で作製することに成功し、かつ、特殊な工夫による非常に安定な光干渉装置を新しく作り出しました。この2つの開発により、3個以上の光子では初めて、古典理論による限界を超えた感度での光位相測定に成功しました。
 本成果は、量子もつれ合いの有用性を実証し、古典理論に対する量子理論の違いを明らかな形で提示できたことにより、量子理論の基本的な問題にも新たな光を当てるものです。またそこで得られた技術は、これまでの限界を超えた計測技術の開発に結びつく可能性を秘め、超高速な並列処理を実現する量子計算や、盗聴者を確実に検知しながらの秘密通信を可能にする量子暗号などの光子を用いた量子情報通信処理へも直接応用可能です。
 本研究は、北海道大学電子科学研究所の竹内繁樹准教授をリーダーとし、永田智久(同大学院生)、岡本亮(JST研究員)、ジェーレミー・オブライアン博士(英国Bristol大学上級講師)らの研究チームにより、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「光子を用いた量子演算処理新機能の開拓(研究代表者:井元信之 大阪大学大学院基礎工学研究科 教授)」および文部科学省プログラムにおける研究の一環として得られたものです。
 今回の研究成果は、2007年5月4日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。


<研究の背景>

 光学干渉計とは、異なる経路を通る光線の間での干渉を利用した測定装置です。この光学干渉計を利用した光の位相測定は、距離や物質の密度などを精密に測定する手段として様々な分野で広く用いられています。例えば、数キロメートルの大きさにおよぶ巨大な光学干渉計が重力波検出器として建設されていますし、生物体の極微領域での物質の濃度の分布は、干渉計の一種である位相差顕微鏡によって画像化されています。
 しかし、現在一般に行われている、レーザー光を光源に用いた光位相測定の場合、その精度はその光に含まれる光子数(=光強度)nに対して1/√n という限界があります。その限界は、古典理論によって示されています。このため従来は、光子の量(=光の強さ)を1万倍にしても測定精度はせいぜい1/√10000、つまり100倍程度しか向上しないという問題がありました。
 それに対して量子理論では、複数の光子がもつれた状態を作り出すことができれば、その光子の数が増えれば増えるほど、その限界を超えられることが指摘されていました。その理論によると、N個の光子を量子理論的にもつれ合わせることができれば、1/Nの精度を達成できます。つまり、もし1万個の光子を適切にもつれ合わせることができれば、測定精度は、古典理論の限界の100倍を大幅に超え、1万倍に向上させることになります。
 そのもっとも初歩的な、2個の光子を用いた実験は1980年代の後半に行われました。究極の光位相の測定精度の達成に向けては、光子数を増やすことが重要です。しかし、光子の数を3個以上に増やした状態での実験はこれまで成功していませんでした。

<研究成果の概要>

 今回、本研究チームは、光子が4個互いにもつれ合った状態を高精度で作り出すことに成功、さらに、特殊な工夫による非常に安定な光干渉装置を開発することにより、3個以上の光子で初めて、古典理論による限界を超えた感度での光位相測定に成功しました。
 本研究で得られた成果および内容を以下に示します。

1 光子が4個互いにもつれ合った状態を高精度で作製
 本研究チームは、半透鏡(ビームスプリッター)注3の両側から光子を2個ずつ、計4個の光子を同時に入射することにより、そこで引き起こされる量子干渉を利用して、4つの光子が互いにもつれ合った状態を作成しました。その際、半透鏡に入射する4個の光子は、同じ時間、同じ位置、同じ方向で入射する必要があります。研究チームは、その量子干渉の結果を直接観測することで、必要な状態がきちんと生成されていることを確認する方法を新たに開発しました。その新手法を用いて、光子4個が互いにもつれ合った状態を、高精度で作製できていることを確認しました。(図2

1 特殊な工夫による非常に安定な光干渉装置
 4個の光子を発生させる方法として、今回の実験では、パラメトリック下方変換という現象を利用しました。これは、特殊な光学結晶中で、エネルギーの大きな光子が、その半分のエネルギーの2つの光子へと分裂する現象です。ただ、この方法では4個の光子はまれにしか発生しないため、一つの実験を数時間にわたって行う必要があります。その間、4個の光子の干渉状態を安定して得るためには、光子が通る2つの経路(道すじ)の長さが、数ナノメートル(原子数十個分、1ナノメートルは百万分の1ミリメートル)で一致し続ける必要がありますが、そのような安定性を得ることは非常に困難でした。
 本研究チームは、図1に示すような、特殊な工夫をした光干渉装置を開発しました。この装置では、2つの光経路はまったく同じ光学部品を通るため、光学部品がわずかにずれても、経路の相対的な長さは変化しない仕組みになっています。

1 3個以上の光子で初めて、古典理論による限界を超えた感度での光位相測定
 図3(c)の4光子干渉縞注4が、今回の研究で最重要の結果です。ただ、ここでは図3(a)の、1つの光子による干渉結果から順に説明します。
 図3(a)は、図1の干渉計の一方の入力(a)から、1つだけ光子を入射した際に、出力の一方(f)での光子計数率(縦軸)を、干渉計内部に挿入した素子で位相(=経路の長さ、横軸)を変化させながらプロットしたものです。このグラフは、横軸の左端から右端までが、ちょうど光の波長(780ナノメートル)になっていることを示します。
 図3(b)は、図1の干渉計の2つの入力a,b から、光子を1つずつ同時に入射し、その結果を出力e,fに設置した検出器で同時に検出した結果です。これは、以前に行われた2個のもつれ合った光子による実験を再現したものになっています。グラフは、1光子の場合(図3(a))に比べて、半分の周期の波になっており、理論の予測と一致します。また、その最小値がほぼ0になっていることから、正確に干渉が生じていることが分かります。
 図3(c)が、もっとも重要な結果です。図1の干渉計の2つの入力a,b から、光子を2個ずつ、計4個の光子を同時に入射し、その結果を出力e,fに設置した検出器で検出した結果です。出力eには3台の光子検出器を、fには1台の検出器を設置し、eから3個、fから1個の光子が出力された場合をプロットしています。グラフは、1光子の場合(図3(a))に比べて、4分の1の周期の波になっており、理論の予測と一致します。また、この場合もその最小値がほぼ0になっていることから、正確に干渉が生じていることが分かります。
 この干渉の正確さを、より定量的にあらわすための指標として用いられるのが、明瞭度Vで、V=(最大値-最小値)÷(最大値+最小値)×100(%)で定義されます。Vは0% から100%までの値をとり、100%の時が理想的な干渉状態を、0%の時がもっとも悪い(まったく干渉していない)状態となります。今回の実験では理論上、古典理論による限界を突破するためには、光位相測定83%以上の明瞭度Vを達成すれば良いことが分かっていました。
 実験結果の明瞭度Vは、91%±6%と、誤差を考慮しても十分にこの83%を上回っており、今回の4個のもつれ合い光子による干渉を用いれば、古典理論による限界を超えた感度での光位相測定が可能であることが確認されました。

<今後の展開>

 本研究によって、これまでの限界を超えた計測技術の開発への展開が考えられます。たとえば、光子数4個の量子もつれ合い光子源を用いれば、同じ光子数で比べた場合、古典的な場合(レーザー光など)に対して理想的には2倍の精度が期待できます。たとえば、単一の細胞など、サンプルそのものが光の照射に対して敏感で、照射できる光量が限られている場合には非常に強力なツールになり得ます。またもし同じ精度を達成したい場合には、半分の入射エネルギーでよいことになります。単に必要とするエネルギーを節減出来るだけでなく、高エネルギー耐性のために必要な技術を簡約化できます。
 また、その精度は従来より√N(光子数N個)倍改善するため、将来的により多くの光子のもつれ合いを実現することに期待がかかります。もしも将来、1万個の光子を適切にもつれ合わせることができれば、測定精度は、古典理論の限界よりもさらに100倍向上できることになります。
 今回の実験では、この4光子干渉計の能力を、現在手にできる中ではほぼ最良の光子源(パラメトリック下方変換)と光子検出器(アバランシェフォトダイオード)によって検証しました。しかし、単一の細胞観察などへ応用するためには、より効率の高い2光子源や、高い量子効率をもち光子数も区別できる検出器の実現が望まれます。
 また、今回の研究で得られた、高い量子干渉技術や、4光子のもつれ合い状態の検定技術は、位相計測のみならず、超高速な並列処理を実現する量子計算や、盗聴者を確実に検知しながらの秘密通信を可能にする量子暗号などの、光子を用いた量子情報通信処理へも直接応用が可能な技術です。

図1:実験装置
図2:2光子対同士の量子干渉結果
図3:実験結果
用語解説

<論文名>

"Beating the Standard Quantum Limit with Four Entangled Photons"
(4つのもつれ合い光子により、標準量子限界をうち破る。)
doi: 10.1126/science.1138007

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

○戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域: 「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」
(研究総括:山本 喜久 スタンフォード大学 教授/国立情報学研究所 教授)
研究課題名: 「光子を用いた量子演算処理新機能の開拓」
研究代表者: 井元 信之 大阪大学大学院基礎工学研究科 教授
北大グループリーダー: 竹内 繁樹 北海道大学電子科学研究所 准教授
研究期間: 平成15年度~平成20年度

<お問い合わせ先>

竹内 繁樹(たけうち しげき)
 北海道大学 電子科学研究所
 〒060-0812 札幌市北区北12条西6丁目
 TEL:011-706-2646または2648(秘書室)、FAX:011-706-4956
 E-mail:

瀬谷 元秀(せや もとひで)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 E-mail:

  ※5月7日(月)より戦略的創造事業本部は下記に移転します。
  〒102-0075 東京都千代田区三番町5番地 三番町ビル
  TEL:03‐3512‐3524 FAX:03‐3222‐2064