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平成19年4月5日

科学技術振興機構(JST)
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国立大学法人 九州大学
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脊椎動物未受精卵の分裂停止の仕組みを解明

(不妊の新しい診断・治療法開発に足がかり)

 JST(理事長 沖村憲樹)と国立大学法人九州大学(総長 梶山千里、以下「九州大学」という)は、脊椎動物未受精卵の分裂停止に関する分子メカニズムを発見しました。
 人間をはじめとする脊椎動物の未受精卵では、受精に至るまでの過程の中でMeta-II注1と呼ばれる時期に分裂を停止し、受精を待つ『Meta-II 停止』と言われる現象がみられます。しかし、この現象が発見された後も、その詳細なメカニズムは長く不明のままでした。今回、本研究チームは、アフリカツメガエルの卵を用いて、たんぱく質の一種であるErp1注2Mos-MAPK経路注3により、リン酸化注4と呼ばれる化学修飾を受けることで、安定化および活性化し、この『Meta-II 停止』を引き起こすことを発見しました。脊椎動物の未受精卵の分裂停止の全経路を明らかにした今回の成果は、今後の医学生物学の基礎研究の発展に寄与するとともに、不妊の原因解明や治療法の開発などにつながるものと期待されます。
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域(研究総括:大島泰郎)の研究テーマ「細胞周期/チェックポイント制御たんぱく質の構造と機能の解析」(研究代表者・佐方功幸 九州大学大学院理学研究院教授)の研究の一環として、CREST研究員・井上大悟、九州大学システム生命科学府大学院生・大江宗理らの参加により得られたものです。今回の研究成果は、2007年4月4日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature」オンライン版に一般公開されます。


<研究の背景>

 『Meta-II 停止』は、未受精卵の単為発生注5(精子なしの発生)を防ぐために重要で、マウスでの実験では、この停止がないと卵巣奇形腫注6などが生じます。『Meta-II 停止』に関連して1971年、増井禎夫(現トロント大学名誉教授、米国医学界ラスカー賞受賞者)らは、「カエル未受精卵内に『Meta-II 停止』を引き起こす何らかの物質があること」を発見し、これを細胞分裂抑制因子(CSF)注7と呼びました。更に、1989年佐方功幸(本研究チーム代表者)らによって、「Mosたんぱく質がCSFの主要な成分であること」が示され、その後、「Mosの下流に順にMEK、MAPK、p90rskという3つのたんぱく質リン酸化酵素(キナーゼ)注8が存在し、CSFがMos-MAPK経路と称するたんぱく質のリン酸化経路から成ること」が示されました。しかし、『Meta-II 停止』に至る最終標的たんぱく質は不明のままでした。また2005年海外で、Erp1(別称Emi2)と呼ばれるたんぱく質が、新たにCSFの重要な成分であることが示されましたが、CSFおよび『Meta-II 停止』におけるMos-MAPK経路の役割は大きな謎のままでした。

<本研究の成果>

 本研究チームは、今回の研究に先んじて、Erp1がアフリカツメガエルの卵成熟注9の過程で合成され始め、『Meta-II 停止』に関わることを明らかにしています(図1)。これをもとに、Mos-MAPK経路とErp1の関係を調べるために、卵成熟過程でMos-MAPK経路の働きを特異的に阻害してみました。すると、このような卵ではErp1が正常に合成されているにもかかわらず、卵は『Meta-II 停止』を起こせないことが分かりました。また、本来、『Meta-II 停止』が起こらないはずの受精後の卵に強制的にMosを発現させるとMeta-II同様の分裂停止を起こしますが、この分裂停止には内在性のErp1が必要であることが示されました(図2)。このような結果から、まず、Erp1がCSFとして働くためにはMos-MAPK経路が必須であることが示されました。
 次に、Mos-MAPK経路の最下流に位置するキナーゼであるp90rsk図3)がErp1を直接リン酸化するか否か調べてみました。その結果、まず試験管内でp90rskがErp1の少なくとも2つのアミノ酸残基(335番目のセリンと336番目のトレオニン)をリン酸化することができることが示されました。また、卵内でもp90rskがErp1を同部位でリン酸化できることが示されました。すなわち、Erp1がMos-MAPKキナーゼ経路の基質標的であることが初めて示されたのです。
 さらに、p90rskによるリン酸化がErp1にどのような影響を持つかを調べました。まず、p90rskによってリン酸化を受けないErp1変異体が卵成熟過程でおいて代謝的に非常に不安定化していることが分かりました。また、同変異体はCSF活性が非常に低くなっており、成熟卵に発現させても『Meta-II 停止』を維持できないことが確認されました。すなわち、Mos-MAPK経路によるリン酸化によってErp1の安定性や活性が上昇することが判明しました。これらの結果から、CSFがMos→MEK→MAPK→p90rsk→Erp1という経路から成っていることが初めて示されました(図3)。Erp1は『Meta-II 停止』を直接的に維持しているCdc2/サイクリンB複合体注10の安定化に関わっていることが知られており、今回の結果から、脊椎動物未受精卵の分裂停止の全経路が分かったことになります(図1)。

<今後の展開>

 未受精卵の分裂停止の機構解明は、生殖生物学をはじめとする医学生物学の中で重要な課題の一つであり、大きな謎でした。今回の成果によりその分子基盤・経路が提示され、受精の研究などへの広がりが大いに期待されます。また、社会との関連としては、例えば、人の不妊や卵巣奇形腫の原因の一つとしてMos-MAPK-Erp1経路の不全の可能性が考えられ、本成果は、それらの予防・診断や治療法を考える上で新たな切り口を提供するものと思われます。

図1.アフリカツメガエル卵の減数分裂期および受精後における
Cdc2/サイクリンB複合体、Mos-MAPK経路、Erp1の発現パターン
図2.Mosの注入による卵の分裂停止とその停止へのErp1の必要性
図3.CSFによる『Meta-II 停止』の分子経路
用語解説

<論文名>

「A direct link of the Mos -MAPK pathway to Erp1/Emi2 in meiotic arrest of Xenopus laevis eggs
(アフリカツメガエル卵の減数分裂停止における、Mos-MAPK経路のErp1/Emi2への直接的なリンク)
doi: 10.1038/nature05688

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

○戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域: 「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」
(研究総括:大島泰郎 共和化工(株)環境微生物学研究所 所長)
研究課題名: 「細胞周期/チェックポイント制御たんぱく質の構造と機能の解析」
研究代表者: 佐方功幸 九州大学大学院理学研究院 教授
研究期間: 平成15年度~平成20年度

<お問い合わせ先>

佐方 功幸(さがた のりゆき)
 九州大学大学院 理学研究院 生物科学部門
 〒812-8581 福岡県福岡市東区箱崎6-10-1
 TEL/FAX: 092-642-2617
 E-mail:

瀬谷 元秀(せや もとひで)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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