JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成19年2月20日

科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報ポータル部広報室)

三菱化学生命科学研究所
電話(042)724-6248(広報担当)

自然科学研究機構生理学研究所
電話(0564)-55-7123(企画評価係)

脳神経内レール上の道路標識「ポリグルタミン酸」の役割を解明

(脳神経疾患や感情の制御、メタボリックシンドロームの原因究明に期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)、三菱化学生命科学研究所(所長 関谷剛男)、自然科学研究機構生理学研究所(所長 水野昇)は、脳神経内のレール上に神経伝達物質の輸送をコントロールするための複数個のグルタミン酸が鎖状に連なった道路標識のようなものがあり、その標識が脳内の情報伝達に大変重要な役割を担っていることを発見しました。
 私たち人間を含む生物の脳内には、神経細胞から伸びる細長い線維が無数に張り巡らされています。この線維の中に物質を運ぶためのレールが存在し、その上を運び屋タンパク質(注1)が神経伝達物質の入る小胞を運んで移動していきます。レール上にはポリグルタミン酸が付着していますが、これまで、ポリグルタミン酸の役割や機能は不明のままでした。
 本研究では、ポリグルタミン酸が無くなる遺伝子改変マウスを使うことにより、ポリグルタミン酸が運び屋タンパク質の一つKIF1A(注2)を線維の中に導くための道路標識として働いていることを世界で初めて明らかにしました。改変マウスでは、KIF1Aが線維の中にうまく入れず、神経細胞同士の情報伝達に必要な物質が線維の先端(シナプス(注3))まで運ばれなくなり、神経の情報伝達が弱くなることが分かりました。現在、神経細胞内の輸送異常や脳内の情報伝達異常がアルツハイマー病などの脳神経疾患の原因になっていることが知られていますが、今回の成果により、輸送レールの異常が神経機能の異常と関連があることが新たに提示され、今後の新しい治療法の開発や診断法の確立につながることが期待されます。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井克孝)における研究テーマ 「蛋白翻訳後側鎖アミノ酸付加の分子機構」において、研究者:瀬藤光利(生理学研究所、三菱化学生命科学研究所兼任)が、池上浩司(三菱化学生命科学研究所)、グラント・マクレガー(米国カリフォルニア大学)らとの共同研究によって得たもので、米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に2007年2月19日(米国東部時間)に公開されます。


<研究の背景と経緯>

 私たち人間を含む生物の脳の中では、神経細胞から伸びる細長い線維が複雑に絡み合っています。その脳内の情報のやりとりは、線維の一つである「軸索(注4)」の先端から神経伝達物質が放出され、次の細胞がそれを受け取ることによって行なわれています。また、神経伝達物質は軸索の先端で「シナプス小胞(注5)」と呼ばれる脂肪の膜に包まれた小さな袋に入れられます。シナプス小胞の元となる小胞(シナプス小胞前駆体)は、運び屋であるモータータンパク質「キネシン(注6)」により神経細胞体から軸索の先端に運ばれていきます。キネシンは「微小管(注7)」と呼ばれる分子レベルのレールの上を移動し、積荷を効率的に運搬しています(図1)が、キネシンが神経細胞体から軸索に出て行くしくみについては全く不明のままでした。一方、脳内の微小管は、その表面にアミノ酸の一つであるグルタミン酸が複数個連なってできている「ポリグルタミン酸」(図2)を付加されることが知られていましたが、その意味や役割についてもまったく不明のままでした。
 グルタミン酸はマイナスの電気を持っているアミノ酸であるため、微小管上にポリグルタミン酸が付加されることにより、微小管の表面が強いマイナスの電気を持つようになります。一方、キネシンの中でも特にKIF1Aはプラスの電気を持つアミノ酸が複数個連なっている部分を持っており、ポリグルタミン酸のマイナス電気がKIF1Aのプラス電気を引き付けることが予想されます。今回瀬藤らは、このポリグルタミン酸とKIF1Aの電気的な吸引力に着目し研究を行ないました。

<研究の内容>

 研究材料には微小管表面のポリグルタミン酸が欠損するモデル動物が必須です。2002年にマクレガーらが作成した遺伝子改変マウス(ROSA22マウス)で、微小管を構成するアルファとベータの二つのチューブリンのうち、アルファ・チューブリン上のポリグルタミン酸が無くなっているのを偶然発見しました。これまで、微小管上のポリグルタミン酸が無くなるような遺伝子改変動物は存在していませんでしたので、ROSA22マウスは世界で初めて発見された微小管ポリグルタミン酸欠損マウスということになります。
 ROSA22マウスから微小管を取り出したところ、通常なら一緒に付着してくるはずのKIF1Aが半分程度しか付着してきませんでした。更に、このマウスの神経細胞を培養した結果、KIF1Aの軸索内への移動が抑制されていることが分かりました。これらの結果は、ROSA22マウスにおいて、ポリグルタミン酸の消失により微小管上のマイナス電気が弱くなり、プラス電気を持ったKIF1Aをうまく引き付けられなかったことを示しています。微小管上のポリグルタミン酸がKIF1Aを細胞体から軸索に導くための「道路標識」として役割を担っていることが世界で初めて明らかになりました。
 KIF1Aはシナプス小胞になる前駆体膜小胞を輸送することが知られており、KIF1Aの軸索への移動が障害を受けていることが発見されたため、瀬藤らは更にROSA22マウスにおけるシナプス機能の変化を調べました。電子顕微鏡による観察の結果、ROSA22マウスでは軸索先端にあるシナプス小胞の密度が低下していました(図3)。また電気生理学的な解析により、このマウスではシナプス小胞が早く枯渇し、神経同士の情報伝達が早く減衰することも分かりました。このように、微小管上の「道路標識」であるポリグルタミン酸が、脳内の情報伝達に重要な役割を担っていることが示されました。

<今後の展開>

今回の研究により、以下の展開が期待されます。

1 脳内の情報伝達異常がアルツハイマー病などの脳神経疾患の原因になっていることが知られていますが、今回の成果により、病気と輸送レール上の道路標識の異常との関係が示されました。これにより、疾病の原因究明、治療法の開発に新たな視点を提示できます。

1 今回の共同研究者の一人、グラント・マクレガーらの先の研究(米国遺伝学会誌「Genetics」2002年9月号に掲載)により、ROSA22遺伝子改変マウスは「個体同士の喧嘩が少ない」「体脂肪が少ない」などといった、情動行動や肥満に関連する特徴も報告されており、情動行動や精神神経疾患、更には肥満の原因を探る新たな切り口を提供できます。

1 現在、微小管にグルタミン酸を付加する役割を担う酵素も同定され始めており、脳神経疾患、精神神経疾患、昨今社会問題になっているメタボリックシンドロームの原因を探る可能性があり、治療法の確立やその予防法・診断法などを考える上でも新たな切り口を提供することが大いに期待されます。

図1.神経細胞内のシナプス小胞前駆体の輸送機構
図2.微小管の構造とポリグルタミン酸
図3.正常マウスと遺伝子改変マウスの微小管表面
<用語解説>

<掲載論文名>

“Loss of alpha-tubulin polyglutamylation in ROSA22 mice is associated with abnormal targeting of KIF1A and modulated synaptic function”
(アルファ・チューブリン上のポリグルタミン酸側鎖を欠損したROSA22遺伝子改変マウスはKIF1Aの輸送とシナプス機能に異常を示す)
doi: 10.1073/pnas.0611547104

<研究領域等>

この研究テーマを実施した研究領域、研究期間は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域: 「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井 克孝)
研究課題名: 蛋白翻訳後側鎖アミノ酸付加の分子機構
研究者: 瀬藤 光利
自然科学研究機構生理学研究所 助教授、
東京工業大学大学院生命理工学研究科 連携助教授、
三菱化学生命科学研究所分子加齢医学グループ グループリーダー
研究実施場所: 三菱化学生命科学研究所、自然科学研究機構生理学研究所
研究実施期間: 平成14年11月〜平成17年10月

<お問い合わせ先>

瀬藤 光利(セトウ ミツトシ)
自然科学研究機構 生理学研究所
戦略的方法論研究領域(ナノ形態生理)
〒444-8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5-1
TEL:0564-59-5267 FAX:0564-59-5291 E-mail:

株式会社三菱化学生命科学研究所
「分子加齢医学」グループ
〒194-8511 東京都町田市南大谷11号
TEL:042-724-6259 FAX:042-724-6341 E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5641 FAX:048-226-2144 E-mail:

<プレス発表取材等に関する窓口>

福島 三喜子 (フクシマ ミキコ)
独立行政法人科学技術振興機構 広報ポータル部広報室
〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432

高山 大 (タカヤマ ハジメ)
株式会社三菱化学生命科学研究所 研究推進センター・企画管理室
〒194-8511 東京都町田市南大谷11号
TEL:042-724-6248 FAX: 042-724-6312

小林 高士(コバヤシ タカシ)
自然科学研究機構岡崎統合事務センター総務課企画評価係
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
TEL:0564-55-7123 FAX:0564-55-7119