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平成19年1月26日

国立大学法人東北大学
独立行政法人科学技術振興機構

酸化物における量子ホール効果の観測に初めて成功

-透明エレクトロニクスの実現に道-

ポイント
・「透明エレクトロニクス」の実現に向けて各研究機関で透明な酸化物半導体を用いた電子回路技術の開発が進められていますが、従来の半導体に比べて完全な薄膜結晶を得ることが困難なことから、薄膜トランジスタの高性能化に必要な移動度の向上が阻まれてきました。
・東北大学の研究グループは、透明酸化物半導体である酸化亜鉛の薄膜結晶品質を改善することで紫外発光ダイオードや透明薄膜トランジスタの開発を行ってきましたが、今回高品質な薄膜界面に分極効果を利用して高移動度の2次元電子ガスを形成する技術を開発し、酸化物における量子ホール効果の観測に世界で初めて成功しました。
・今回の成功は、透明薄膜トランジスタの高性能化を可能にし、「透明エレクトロニクス」の実現に道を開くだけでなく、高温超伝導酸化物をはじめとする多様な物性・材料群と量子ホール効果を組み合わせることで全く新しい物理現象発見への可能性を拡げるものです。

<概要>

 国立大学法人東北大学【総長:井上明久】(以下「東北大学」という)金属材料研究所【所長:中嶋一雄】(以下「金研」という)の塚崎 敦博士研究員と大友 明助手らは、東北大学電気通信研究所【所長:伊藤弘昌】および独立行政法人科学技術振興機構【理事長:沖村憲樹】(以下「JST」という)と共同で、酸化物における量子ホール効果(注1)の観測に世界で初めて成功しました。量子ホール効果の観測に用いた試料は、酸化亜鉛(ZnO)および酸化亜鉛と酸化マグネシウムの混晶(MgZnO)の積層薄膜からなり、結晶育成技術を工夫し薄膜結晶の品質を高めたことで今回の成功につながりました。
 量子ホール効果は、高純度の半導体中に形成された2次元電子ガス(注2)ホール抵抗(注3)が極めて高精度に量子化されることを利用して電気抵抗標準として用いられています。なお、量子ホール効果には、整数量子ホール効果と分数量子ホール効果とがあり、今回観測されたのは整数量子ホール効果です。
 東北大学の研究グループは、従来のZnO薄膜結晶の品質を著しく改善する成長技術を開発し、紫外発光ダイオードや透明薄膜トランジスタなどの素子を世界に先駆けて開発してきました。今回、この技術を基に作製したZnOとMgZnOの積層薄膜で、高い移動度(注4)を有する2次元電子ガスを形成することに成功したので、量子ホール効果の観測に至りました。
 今回の成果は、透明エレクトロニクスの中心課題であった透明薄膜トランジスタ高性能化を可能にするだけでなく、高温超伝導酸化物をはじめとする多様な物性・材料群と量子ホール効果を組み合わせることを容易にすることから、新奇な物理現象発見への可能性を拡げるものです。
 本研究成果は、米国の科学雑誌「Science(サイエンス)」への掲載に先立ち、2007年1月25日(米国東部時間)付けでオンライン公開されます。

<研究の背景と経緯>

 透明酸化物半導体は、一般に化学的に安定で構成元素の多くは豊富な鉱石から産出されるため、様々な工業用途に用いられてきました。エレクトロニクス応用では液晶ディスプレィの透明電極として広く用いられていますが、その原料には価格インフラが続いているインジウムが用いられているため、代替材料としてZnOが注目されるようになり、薄膜成長技術の研究開発が行われてきました。
 我が国は、透明酸化物半導体の研究で世界の最先端を担っていますが、透明エレクトロニクスを実現するために十分な品質を有する薄膜結晶の成長技術開発が待たれていました。ZnOは、将来白色光源としての発光ダイオードを開発するためにも安価で無害な材料として期待されており、紫外発光ダイオードの研究開発では東北大学が激しい競争をリードしてきました(別紙1参照)。
 一方、量子ホール効果は、半導体エレクトロニクスの材料として広く用いられている高純度のシリコンや砒化 ひか ガリウム(GaAs)等の積層薄膜を極低温に冷却し、高い磁場を印加することで観測される物理現象です。シリコンなどの社会にありふれた半導体が用いられたにも係わらず、ホール抵抗が驚異的な精度で計測されるという顕著な量子効果が発見されたことで、実際の応用とはかけ離れた物理学の興味から盛んに研究が進められてきました。量子ホール効果を実現するためには、移動度が十分に高い希薄な2次元電子ガスを形成することが必要ですが、これまで量子ホール効果が観測された半導体材料ではいずれも基盤となる結晶育成技術が確立されていました。
 透明酸化物半導体の研究は、従来の半導体とは異なる新しい産業ニーズの高まりとともに進展してきました。透明酸化物半導体の成長技術を一段と高めて不純物や結晶欠陥が少ない薄膜結晶を得ることは、電子回路技術に欠かせない薄膜トランジスタの高品質化につながり、透明エレクトロニクスの喫緊の課題でした。
 本研究は、東北大学がJSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ナノ界面技術の基盤構築」研究領域(研究総括:新海征治)の研究テーマ「酸化物・有機分子の界面科学とデバイス学理の構築」【研究代表者:川崎雅司】、同事業個人型研究(さきがけ)「ナノと物性」研究領域(研究総括:神谷武志)の研究テーマ「酸化物量子井戸構造を用いた発光素子及び光非線形性素子の開発」【研究者:大友 明】、同事業(ERATO型研究)の「大野半導体スピントロニクスプロジェクト」【研究総括:大野英男】、および日本学術振興会学術創成研究「非平衡透明酸化物のパラレル合成による光・電子・磁気機能の高効率探索とデバイス実証」【研究代表者:川崎雅司】等の研究協力・支援を受けて行ったものです。

<研究成果の内容>

 東北大学の研究グループは、パルスレーザ堆積法と呼ばれる薄膜成長装置を用いて基板上に高品質なZnO薄膜を成長する実験を行ってきました。2005年には、基板とZnO薄膜の間にMgZnO薄膜を挿入する方法を発明し、世界で初めてZnO紫外発光ダイオードを実現しました。今回の研究を開始した当初、薄膜結晶品質のさらなる向上を目的として様々な条件で成長したZnO薄膜の移動度を低温で測定する実験を繰り返し行っていました。測定には基板上に作製したZnOとMgZnOの積層薄膜に金属電極を取り付けたホール素子構造を用いました(図1参照)。
 高品質薄膜を成長する際に基板を1000度程度の高温に加熱する必要がありますが、加熱源としてスポット状に絞った赤外レーザを採用しました。効率よく実験を進める工夫として、基板の横方向に温度の勾配をつけながら薄膜成長を行いました。このように成長した薄膜に数十個の微細なホール素子を作製することで成長温度に依存した電気特性のデータを一括に得ることができます。
 量子ホール効果は、結晶中の不純物や欠陥が少なくかつ希薄な2次元電子ガスが存在する状況で、電子が不純物に散乱されず磁場中で円軌道を描いて運動することによって生じる現象です(図2参照)。
 研究グループは、特定の温度で成長した試料の移動度が特に高いことを見出しました。さらに実験を続け、より高い移動度を示すとともに密度が希薄な2次元電子ガスを得ることに成功しました。得られた電気特性は、シリコンやGaAsを用いた研究の初期段階で報告された値と類似していたため、1ケルビン(ケルビンは絶対温度を示す単位で0ケルビンは摂氏-273.16度)以下という極低温で強い磁場を印加して測定したところホール抵抗に平坦部が現れ、量子ホール効果が確認されました(図3参照)。つまり、本薄膜成長方法によれば、不純物や結晶欠陥が少ない透明酸化物半導体が成長できることを証明しました。
 本研究を進める過程で、当初の目標であった薄膜結晶品質の向上も達成されました。すなわち、従来のZnO薄膜結晶の電子密度を一桁低くし、移動度を約4倍に高めることに成功しました(図4参照)。これは、原料の高純度化、積層構造の改良、成長条件の最適化という改善点を順次クリアーした結果もたらされたものです。
 研究グループは、さらに2次元電子ガスの密度が分極効果(注5)を通して広範囲に制御できる新しい機構を明らかにしました(別紙2参照)。今回得られた結果では、2次元電子ガスの密度を下げることによって、整数量子ホール効果の“整数“に相当するランダウ準位占有数が2まで到達することを確認しました。この値が1より小さくなると分数量子ホール効果発現の可能性が高まるため、酸化物における分数量子ホール効果の観測も視野に入れた研究を現在進めております。

<研究成果の意義と今後の予定>

 本研究の意義は次のように考えることができます。近年、透明なプラスチックで外装された“スケルトン”構造の携帯型機器が多く見られるようになりましたが、「透明エレクトロニクス」で実現できることを端的に言えば、機能の根幹である電子回路も透明にしてしまうことです。そのためには、透明薄膜トランジスタの高性能化、すなわち電子移動度の向上が必要でした。酸化物半導体でも従来の半導体並みに高いトランジスタ特性を実現できる可能性を示した点で、本研究は「透明エレクトロニクス」の実現に可能性を切り拓いたといえます。また、今回開発した薄膜結晶成長技術は、ZnOに限らず他の透明酸化物半導体にも適用可能であることが実証され始めています。化学的に安定で資源が豊富な透明酸化物半導体に材料選択の幅が拡がることでさらなる応用の展開が期待できます。
 量子ホール効果は、その発現機構が完全に解明されていない高温超伝導と並び現代物理学における最もホットなトピックスとして世界中で盛んに研究されています。今回の成果は、高温超伝導と量子ホール効果を結びつけることで全く新しい物理現象発見につながる重要なステップといえます。なぜならば、化学的性質が似ている高温超伝導酸化物との積層薄膜が容易に形成できるからです。これは、酸化物薄膜と製造工程を全く異にする従来の半導体では不可能でした。酸化物は、高温超伝導に限らず電子間の強い相互作用に基づく広範囲の物理的性質を有するので、様々な組み合わせの積層薄膜を形成することによって新奇な物理現象発見に向けて大きな展開が期待できます。
 基礎研究進展の観点からは分数量子ホール効果の観測が望まれます。今後は、結晶成長技術をさらに一段高めることによって、これまで以上に高い移動度と低い電子密度の実現を目指します。また本研究で得られた知見を基に薄膜トランジスタの高性能化に取り組む予定です。

図1 量子ホール素子の構造
図2 量子ホール効果の測定原理
図3 酸化物(ZnO/MgZnO薄膜結晶)における量子ホール効果の測定例
図4 各研究機関が報告しているZnO薄膜結晶の電子密度と移動度の最良値
別紙1<関連記事>
別紙2<理論説明>
<用語の説明>

<掲載論文名>

Quantum Hall-effect in polar oxide heterostructures
(分極した酸化物へテロ構造における量子ホール効果
doi: 10.1126/science.1137430

<研究領域等>

■ 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域: 「ナノ界面技術の基盤構築」(研究総括:新海征治)
研究課題名: 酸化物・有機分子の界面科学とデバイス学理の構築
研究代表者: 川崎 雅司 (東北大学金属材料研究所 教授)
研究実施期間: 平成18年度~平成23年度

■ 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域: 「ナノと物性」(研究総括:神谷武志)
研究課題名: 酸化物量子井戸構造を用いた発光素子及び光非線形性素子の開発
研究代表者: 大友 明 (東北大学金属材料研究所 助手)
研究実施期間: 平成15年度~平成18年度

■ 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究領域: 「大野半導体スピントロニクス」(研究総括:大野 英男)
研究実施期間: 平成14年度~平成19年度

<お問い合わせ先>

国立大学法人東北大学 
金属材料研究所超構造薄膜化学研究部門
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
助手 大友 明
TEL: 022-215-2088 FAX: 022-215-2086
E-mail:
教授 川崎雅司
TEL: 022-215-2085 FAX: 022-215-2086
E-mail:

独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究領域総合運営室 金子博之
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5904 FAX: 048-222-1437