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平成19年1月18日

科学技術振興機構(JST)
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東京大学医科学研究所

スペイン風邪をサルで再現させて、謎だったウイルスの病原性を解析

 JST(理事長 沖村 憲樹)と東京大学医科学研究所(所長 山本 雅)は、1918年に大流行したスペイン風邪の原因となったインフルエンザウイルスが、感染した動物に対して異常なまでの自然免疫反応を引き起こし、それが強い病原性を決定する因子のひとつとなっている可能性があることを発見しました。
 スペイン風邪は、1918年(大正7年)から翌年にかけて世界的に流行したH1N1型のA型インフルエンザウイルス(注1)感染症です。20世紀に人類が経験した新型インフルエンザウイルスのうち、スペイン風邪では、最大の被害者数、つまり全世界で2000万〜4000万人の死者が出たといわれています。ところが、当時、インフルエンザウイルスを分離する技術は確立しておらず、流行当時のウイルスは現存していません。そのため、なぜその様な強い病原性があったのかは全く不明なままでした。
 本研究チームは、1918年のスペイン風邪ウイルスの遺伝子を、公表された遺伝子配列から再構築し、リバースジェネティクス法(注2)により1918年のウイルスを人工合成しました。このスペイン風邪ウイルスは、マカカ属のサル(注3)に強い致死性の肺炎を引き起こさせました。また、感染したサルは、ウイルスに対する自然免疫反応の調節に異常を起こしていることがわかりました。
 インフルエンザウイルスが、感染した人や動物の免疫反応の調節に異常を起こす現象は、H5N1鳥インフルエンザウイルス(注4)の感染でも確認されています。したがって、この研究成果は、H5N1鳥インフルエンザウイルスを含む、強毒なインフルエンザウイルスの病原性を決定する、共通の特徴を捉えており、治療方法の確立や感染防御を考える上でも重要な発見です。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:山西弘一)の研究テーマ「インフルエンザウイルス感染過程の解明とその応用」の研究代表者・河岡義裕(東京大学医科学研究所 教授)らによって得られたもので、英国科学雑誌「Nature」に2007年1月18日(英国時間)に掲載されます。


<研究の背景>

 スペイン風邪は、1918年(大正7年)から翌年にかけて世界的に大流行したH1N1型のA型インフルエンザウイルス感染症です。20世紀に人類が経験した新型インフルエンザウイルスの出現および世界的な流行は、スペイン風邪・アジア風邪・香港風邪の3回にわたりますが、このなかでも特にスペイン風邪は、最大の被害者数が報告されており、全世界で2000万〜4000万人の死者が出たといわれています。
 ところが、当時、インフルエンザウイルスを分離する技術は確立しておらず、流行時のウイルスは現存しません。そのため、スペイン風邪ウイルスを、現在、ヒト社会で毎冬流行しているインフルエンザウイルスや、アジア広域で問題になっているH5N1鳥インフルエンザウイルスと比較することができず、スペイン風邪ウイルスの本当の病原性については全く不明なままでした。

<研究成果の概要>

 本研究では、1918年のスペイン風邪ウイルスの遺伝子を、公表された遺伝子配列から再構築し、リバースジェネティクス法により1918年の完全ウイルス粒子を再現しました。そして、マカカ属のサルを用いて、スペイン風邪ウイルスの病原性を解析しました(図1)。
 1918年のスペイン風邪ウイルスを接種したサルは、接種後24時間以内に、元気や食欲が無くなり、接種後8日目には顕著な呼吸器症状と状態の悪化が見られました。その際には、上部気道・下部気道の両方から高濃度のウイルスが検出されました。一方、比較対照として、ヒト由来のインフルエンザウイルスを接種したサルでは、非常に軽い症状が見られたのみで、ウイルスも接種後6日目まではかなり低い濃度で鼻や気管支のみから、接種後8日目には扁桃腺のみから検出されるに止まりました。スペイン風邪ウイルスを接種したサルでは、60-80%の肺の領域が肺炎に侵されており(図2 )、ヒト由来のインフルエンザウイルスを接種したサルに比べて、肺胞の傷害がとても強く見られるのが特徴でした。時間の経過とともに、肺胞の障害は、肺水腫や血様液を伴ったものへと進行しました(図3)。
 一方、感染したサル個体内での免疫応答を調べるために、血中サイトカイン/ケモカイン(注5)を測定したところ、1918年のスペイン風邪ウイルスを接種したサルでは、特に、サイトカインの一種であるインターロイキン(注6)IL-6の分泌増加が特徴的でした。更に、1918年のスペイン風邪ウイルスに対する感染個体の免疫応答メカニズムを深く探るために、感染個体の気管支材料を用いて、遺伝子発現量の確認を行いました。ヒト由来のインフルエンザウイルスを接種したサルに比べて、1918年のスペイン風邪ウイルスを接種したサルでは、好中球の活性や浸潤に関係するいくつかのサイトカイン/ケモカイン遺伝子がより強く発現しているにも関わらず、インターロイキンIL-8などを含むいくつかのサイトカイン/ケモカイン遺伝子の発現の遅延があり、タイプI型のインターフェロン(注7)とその関連遺伝子の発現上昇も見られず、抗ウイルス活性を発揮することが知られている遺伝子群も誘発されないなど、免疫反応の調節に異常が見受けられました(図4)。これらの結果から、1918年のスペイン風邪ウイルスの病原性を決定している因子のひとつとして、感染個体における異常な自然免疫反応が関与している可能性が考えられました。

<今後の展開>

 インフルエンザウイルスのリバースジェネティクス法を用いたことにより、全世界で2000万〜4000万人の死者を出したといわれるスペイン風邪ウイルスを現代に再現し、動物感染モデルを用いて、ウイルスの特性を詳細に解析することが可能となりました。これらの研究の結果、当時流行したスペイン風邪ウイルスの真の病原性が判明し、その病気の発生メカニズムを解明する手懸りを得ることができました。特に、今回解明された病気の発生メカニズムは、現在問題となっているH5N1鳥インフルエンザウイルスの病気の発生メカニズムにも共通する可能性があり、治療方法の確立や感染防御を考える上でも重要な発見です。

図1 リバースジェネティクス法を用いた1918年スペイン風邪ウイルスの再現と感染実験
図2 1918年スペイン風邪ウイルスによる肺炎
図3 1918年スペイン風邪ウイルスによる肺炎の顕微鏡像
図4 1918年のスペイン風邪ウイルス感染サルでの遺伝子発現
<用語解説>

<論文名>

"Aberrant innate immune response in lethal infection of macaques with the 1918 influenza virus"
 (1918年のインフルエンザウイルスがマカカ猿に致死的な感染をした際に見られた異常な自然免疫反応)
doi: 10.1038/nature05495

<研究領域>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

○戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域: 「免疫難病・感染症等の先進的医療技術」
(研究総括:山西 弘一 独立行政法人医薬基盤研究所 理事長)
研究課題名: 「インフルエンザウイルス感染過程の解明とその応用」
研究代表者: 河岡 義裕 東京大学医科学研究所 教授
研究期間: 平成13年度〜平成18年度

<お問い合わせ先>

河岡 義裕(かわおか よしひろ)
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 ウイルス感染分野
〒108-8639 東京都港区白金台4−6−1
TEL: 03-5449-5310 FAX: 03-5449-5408
E-mail:

中田 一隆(なかだ かずたか)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4−1−8
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