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平成18年12月5日

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生命体の細胞内部の構造を保つ新たな仕組みを発見

 JST(理事長 沖村憲樹)と三菱化学生命科学研究所(所長 関谷剛男)は、細胞内部の構造を保つ新たな仕組みを発見しました。
 全ての生命体の構造と機能の基本は細胞です。高等生物において、細胞は細胞内にある膜により様々な区画に分かれており、その各々の区画が分業し協力することによって、細胞の活動を支えています。それは正に体内の様々な臓器が機能を分担し協調することにより、身体全体の働きが保たれているのと同様です。また、それぞれ異なった働きをする臓器が特徴的な形をしているように、細胞内のそれぞれの区画も特徴的な形をしています。しかしながら、どのようにして細胞の区画が形成され維持されているかについては、従来からあまりよく分かっていませんでした。
  今回、本研究チームは、細胞内部の構造を保つのに重要な働きをするp37という新たなタンパク質を発見し、p37とそれに結合するタンパク質p97ATPase(注1)で構成されるタンパク質複合体が細胞内の区画を形成し維持する新たな仕組みを解明しました。昨今、癌や虚血性疾患をはじめとする多くの病気で細胞内の区画に様々な異常が確認されています。今回の発見はそれらの病気の発症・進行のメカニズムを明らかにする新たな糸口を与えるものであり、新しい診断法や治療法の開発につながる可能性を秘めています。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「細胞内ゴルジ体・小胞体の形態異常と病態症状」(研究代表者:近藤久雄 九州大学大学院医学研究院 教授、三菱化学生命科学研究所 グループリーダー兼任)によるもので、米国科学雑誌「Developmental Cell」に、2006年12月5日(米国時間)に掲載されます。


<研究の背景と経緯>

 高等生物では、細胞の内部は膜によって様々な区画に分けられており、その各々の区画はそれぞれ固有の働きを分担して細胞の活動を支えています。それは正に、様々な臓器が機能を分業して働くことにより、からだ全体の生命が保たれていることと同様です。異なった働きをする臓器それぞれが特徴的な形をしているように、細胞内の区画も特徴的な形をしています。例えば、タンパク質の生産工場である区画は小胞体(注2)と呼ばれますが、これは網状の形をしています。また、小胞体の工場で作られたタンパク質を仕分けして配送先別に集めて送り出す役割、いわばタンパク質の流通センターのような仕事をしている区画はゴルジ体(注3)と呼ばれていますが、ゴルジ体は小胞体とは全く異なり、平たいディスク状の膜が幾層にも積み重なった形をしています。これら細胞内の区画は専門用語では細胞内小器官(注4)図1)と呼ばれ、それらの形は下等生物から高等生物まで比較的良く似ていることから、細胞内小器官の形はその機能のために必要と考えられます。
 一方、癌や虚血性疾患をはじめとする多くの病気において、細胞内小器官の形態に様々な異常が認められます。異常な形態の細胞内小器官はもはや正常な働きが出来ません。従って、病気の発症・進行や診断・治療にとってその細胞内小器官の形態異常は大きな問題であると考えられますが、その異常をもたらすメカニズムも病理的な意義も現在のところあまり明らかになっていません。その理由は、そもそも細胞がどのようにして細胞内小器官を形成し維持しているかという基礎的なところからして、まだよく分かっていないというのが現状だからです。

<研究の内容>

 細胞内小器官が形成され維持されるためには、細胞内器官が小胞を融合して大きさが維持されること、即ち細胞内膜の融合が必要不可欠です(図2)。本研究チームは先に、タンパク質の生産工場である小胞体や流通センターであるゴルジ体において、それらの形成に必要な細胞内の膜の融合を引き起こす仕組みに、p97というATPaseとその補因子(注5)であるp47によるタンパク質複合体(p97ATPase/p47複合体)が関与していることを発見しています。
 一般に、細胞は分裂して増殖する際に、まず細胞内小器官が壊れて小胞化します。そして細胞が二つに分かれた後で、それぞれの細胞においてそれら小胞を集めて融合させて細胞内小器官を再構成します(図2)。実は、p97ATPase/p47複合体による細胞内膜の融合というのは、細胞が分裂して二つに分かれた後での細胞内小器官の再構成に特化したものであったことを、同グループは突き止めています。
 一方で、細胞分裂と次の分裂の間は細胞周期(注6)の間期と呼ばれますが、この時期においても、細胞内小器官等の間におけるタンパク質輸送の際、タンパク質を積み込んだ小胞が細胞内小器官より常にちぎれて出て行っているため、細胞内小器官の特徴的な形の維持のためには、細胞内小器官に小胞が融合して常に補修され続ける必要があります。ただ、この間期における細胞内小器官の維持には、p97ATPase/p47複合体による細胞内膜の融合は働いておらず、どんな仕組みが働いているかは全く分かっていませんでした。
 そこで今回、本研究チームは、細胞周期の間期において細胞内小器官の維持に働く細胞内膜の融合のための重要因子を探索し、その結果、新規タンパク質p37を見つけることが出来ました。このp37は小胞体やゴルジ体に局在していますが、その発現を細胞中で抑制すると小胞体の網状の形やゴルジ体の平たいディスク状の膜が幾層にも積み重なった形は失われました。さらに、p37に対する抗体(注7)を細胞に注入し細胞周期の間期でのp37の働きを抑制すると、やはり小胞体やゴルジ体の特徴的な形は失われました(図3図4)。即ち、このp37は小胞体やゴルジ体といった細胞内小器官の、細胞周期の間期における形成・維持に大変重要な因子であることが分かりました。
 そこでこのp37の機能をさらに解析したところ、細胞分裂後における細胞内小器官の再構成の仕組みと同様に、p37はp97ATPaseとタンパク質複合体を形成して機能することが分かりました。その一方で、このp97ATPase/p37複合体による細胞内膜の融合は幾つかの大きな点が全く異なることが明らかとなりました。例えば、膜上の受容体が異なること、融合前に二つの膜を仮留めする分子が必要なこと、ユビキチン化(注8)というタンパク質修飾が必要無いことなどです。
 以上から、今回発見したp97ATPase/p37複合体による細胞内膜の融合は、細胞周期の間期における細胞内小器官の形成・維持に働いており、そのメカニズムは細胞分裂後における細胞内小器官の再構成とは異なる全く新しい仕組みであることが分かりました。

<今後の展開>

 細胞内小器官の存在は、高等生物の細胞に課せられた複雑な機能を分散管理するのに必要不可欠と考えられます。こうした細胞のサブシステムとしての細胞内小器官がどのように形作られ、働いているかという問題は、細胞生物学の中心的課題であると共に、ゲノム・タンパク質の研究と生物の高次機能の研究を結びつける重要な役割を果たします。
 例を挙げると、ある組織の形成や再生のためには、その組織に特異的に分化した細胞が作られますが、分化した細胞が作られるためには、それに合わせて最も適した細胞内小器官が作られる必要があります。即ち、ある組織の形成や再生のためには、それに応じて最も適した細胞内小器官を作り上げる仕組みが必要ということです。今回発見された仕組みは、細胞が細胞内小器官を形成する際の基本的な仕組みであり、今後はこの基本的な仕組みを様々な細胞の機能に応じて調節する機構の研究が行われるべきだと思われます。
 上述のように、正常な細胞内小器官の形成・維持は、細胞が正常に機能するための必須のプロセスです。一方、癌や虚血性疾患など多くの病気では細胞内小器官に異常が見られることが知られていますが、現在までその細胞内小器官に異常をもたらすメカニズムならびに病理的な意義についてはよく分かっていません。本研究によって明らかにされた細胞内小器官を形成・維持する仕組みは、それらの問題を解明するための大きな糸口を与え、ひいては新たな予防策や治療法の開発につながる可能性があると考えられます。
 哺乳類細胞では、細胞分裂期において細胞内小器官を小胞化した後、それを細胞分裂後に娘細胞(注9)で再構成するというサイクルを繰り返しています(図2)。
 なぜこのような細胞周期における細胞内小器官の消失-再構成のサイクルが必要なのか、その生物学的な意味はまだわかっていません。本研究から、細胞周期のそれぞれのステージ(分裂期と間期)において、細胞内小器官を形成・維持するために二つの全く異なるシステムが用意されていたということが分かりました。従って、この二つのシステムを比較検討してその相違点を明らかにすることは、「細胞分裂期においてなぜ細胞内小器官が小胞化して消失する必要があるのか」という細胞生物学において古くから大きな謎とされてきた課題の解決に対する糸口を提供することになると考えられます。

図1 高等生物の細胞における細胞内小器官の模式図(小胞体やゴルジ体は、細胞内小器官の例)
図2 細胞周期における細胞内小器官の変化
図3 p37に対する抗体が細胞周期の間期における小胞体の形成・維持に与える影響
図4 p37に対する抗体が細胞周期の間期におけるゴルジ体の形成・維持に与える影響
<用語解説>

<論文名>

“p37 Is a p97 Adaptor Required for Golgi and ER Biogenesis in Interphase and at the End of Mitosis”
(細胞周期の間期や分裂期におけるゴルジ体や小胞体の形成・維持および再構成のためには、p97ATPaseの新規補因子p37が必要である)
doi :10.1016/j.devcel.2006.10.016

<研究課題名等>

この研究の研究課題名等は以下の通りです。

研究課題名: 「細胞内ゴルジ体・小胞体の形態異常と病態症状」
研究代表者: 近藤 久雄(九州大学大学院医学研究院細胞工学・教授、
三菱化学生命科学研究所「細胞構造病態グループ」・グループリーダー兼任)
研究期間: 平成13年度〜平成16年度

<お問い合わせ先>

近藤 久雄(こんどう ひさお)
九州大学大学院医学研究院
分子生命科学系部門細胞工学講座
〒812-8582 福岡県福岡市東区馬出3-1-1
TEL: 092-642-6175 FAX: 092-642-6183
E-mail:

三菱化学生命科学研究所
「細胞構造・病態」グループ
〒194-8511 東京都町田市南大谷11号
TEL: 042-724-6276 FAX: 042-724-6276
E-mail:

小松 理(こまつ さとし)、辻 真博(つじ まさひろ)
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