JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成18年11月17日

科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報室)

京都大学
電話(075)753-2071(総務部広報センター)

蛋白質の立体構造を正しく創りあげる
仕組みの一端(ジスルフィド結合の形成)を解明

 JST(理事長 沖村憲樹)と京都大学(総長 尾池和夫)は、蛋白質に存在し、折りたたまれた立体構造の形成と維持に必要なジスルフィド結合(注1)を創り出す酵素複合体の結晶構造を世界に先駆けて解くことに成功しました。
 蛋白質は、遺伝子の指令によりアミノ酸が連なった鎖として合成され、正しい立体構造に折り畳まれていきます。分泌蛋白質などでは、構成するアミノ酸のうちシステインの特定のペアが酸化され、ジスルフィド結合が架橋されます。ジスルフィド架橋は、立体構造の形成を助け、補強します。近年、本研究チームや欧米の研究者により、蛋白質にジスルフィド結合を導入する酵素システムが発見され、大腸菌では、基質蛋白質の2つのシステインを酸化しジスルフィド結合を作る酵素DsbAと、使われたDsbAを酸化し酸化能力を回復させる酵素DsbBが、細胞内で活動エネルギーを作り出すことに関与する物質であるユビキノン(注2)と共同して働くことが示されました。
 今回、本研究チームはDsbA-DsbB複合体の結晶化とX線回折による構造決定に成功し、DsbBの反応する部分においてユビキノンと共同してジスルフィド結合が新規に創られる機構とDsbBからジスルフィド結合が選択的にDsbAに受け渡される仕組みを明らかにしました。
 今回の成果により、蛋白質が正しく安定な立体構造になるのに重要なジスルフィド架橋がどのような分子機構で創られるのかの全貌が解明されました。有用な蛋白質にはジスルフィド架橋を持つものが多く、この研究はそれらの生産技術の基盤となるばかりではなく、高等生物の細胞の小胞体内において同様の機能を担う酵素システムの仕組みの解明などに広範な波及効果をもつものと期待されます。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「生体分子の形と機能」研究領域(研究総括:郷信広)の研究テーマ「Oxidative protein foldingに関わる細胞因子の構造機能解明とその工学的利用」の研究者・稲葉謙次(JSTさきがけ研究者、現 九州大学生体防御医学研究所・特任助教授)および同事業チーム型研究(CREST)「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域(研究総括:大島泰郎)の研究テーマ「タンパク質の細胞内ダイナミズムの原理と制御装置」の研究代表者・伊藤維昭(京都大学ウイルス研究所・教授)らの共同研究によるもので米国科学雑誌「Cell」オンライン版に2006年11月16日(米国東部時間)に公開され、11月17日の誌面に掲載されます。


<研究の背景と経緯>

 ジスルフィド結合は、多くの細胞表層にある蛋白質にとって、立体構造を正しく形成し、維持するために必須な化学結合です。また、ジスルフィド結合の形成と解離は、細胞の機能に重要な蛋白質の活性や細胞内での存在場所に影響を与えたり、細胞の酸化還元環境の変化に起因するストレスに対する応答に関与したりするなど、生命活動の多くの局面で重要な役割を担っています。
 以前の研究で、本研究チームは、大腸菌においてジスルフィド結合を導入する酵素DsbAを発見し、それを酸化型の活性状態に保つ酸化酵素DsbB(膜蛋白質)が呼吸鎖複合体(注3)成分と連携して働くことを示しました(図1)。そして、欧米のグループからの研究結果も加味して、細胞における蛋白質の折り畳みの一ステップであるジスルフィド結合の形成(蛋白質の酸化的折り畳み反応)が、細胞内で活動エネルギーを作り出すことに関与する呼吸鎖複合体の電子伝達ネットワーク(電子伝達系)と関連しているとの新しい概念が確立されました。しかしながらここ数年、この酵素システムの分子機構に関しては国際的に諸説紛々の論争状態にありました。その中で本研究チームは、最も酸化力が強いジスルフィド結合を持つことが知られるDsbAを、双方の酸化力の差から酸化できないはずのDsbBが実際には酸化する能力を持つこと、DsbBに結合したユビキノンが特異な電子遷移状態をとることなど、この酵素システムの反応機構の解明をリードしてきました。今回、その集大成としてDsbA-DsbB複合体の構造決定に成功し、分子構造に基づいた反応機構の解明を成し遂げました。

<研究成果の内容>

 DsbAの活性部位に存在するジスルフィド結合は、水素化された硫黄(-SH)を末端に持つ有機化合物であるチオールを酸化もしくは還元する酵素の中で、最も酸化力が強い性質を持つことが知られています。一方、DsbBの持つ2つのジスルフィド結合Cys41-Cys44と Cys104-Cys130はDsbAのジスルフィド結合に比べて遙かに酸化力が弱いにもかかわらず、DsbBがDsbAを酸化できることは一つの謎でした。この一見するとDsbAとDsbBの間に存在する酸化力の差に逆らう反応が何故可能なのかを説明する機構が、今回のDsbA-DsbB複合体の結晶構造解析によって明らかとなりました。
 本研究チームは、まずDsbB-ユビキノン-DsbA複合体の結晶構造決定を進めました。一般に、細胞膜の中に組み込まれた蛋白質は、水に溶けにくいなど、取り扱いが難しく、結晶構造解析も困難です。DsbBについても、世界中で試みられていたにもかかわらず、今回が初めての成功となりました。稲葉研究者らは、4年以上の歳月をかけて実験条件を細密に最適化し、また、比較的低解像度のX線回折データからも正しい主鎖構造を決定するため、メチオニンマーキング法(注4)と命名した新たな手法を開発するなどして、構造決定に成功しました(図2)。その結果、DsbA-DsbB複合体に於いては、本来はDsbB内部でジスルフィド結合を作っていたシステインのペア(Cys104とCys130)が引き離されるような構造変化が引き起こされ、このことにより、DsbBはDsbAに特化した強力な酸化酵素に「変身する」ことが示されました(図3)。
 DsbBは、DsbAを選択的に酸化する能力に加え、ユビキノンとの結合によって自らの分子中にCys41-Cys44の間のジスルフィド結合を創り出す能力を有しております。そして、ここで創られたジスルフィド結合が、DsbAを介して、多数の基質蛋白質へ繰り返し導入可能となります。本研究チームは以前、DsbBに結合したユビキノンが電子状態の変化を起こすことにより、DsbB上でCys41-Cys44ジスルフィド結合がつくり出されることを提唱しました(図4上)。今回、この反応中心を立体構造の上で突き止め、ユビキノンがDsbBのCys44など幾つかの鍵となるアミノ酸と相互作用し得る位置に配置されていることを明らかにしました(図4下)。
 以上のように、DsbA-DsbB-ユビキノン複合体の結晶構造から、DsbBがユビキノンの酸化力を蛋白質内のジスルフィド結合へ変換する反応機構が明らかとなり、また、DsbAとDsbBの間の大きな酸化力の差による壁は両蛋白質の特異的な相互作用に基づく巧妙な構造変化により克服されていることが示されました。

<今後の展開>

 大腸菌には、DsbB-DsbAにより酸化を行う酵素システムに加え、誤って導入されたジスルフィド架橋を組み換え修正するための酵素システムも存在します。これらの役割分担により正しいジスルフィド結合の形成が保証されます(図1)。今回の研究では、これら二つの酸化還元酵素システムが、同じペリプラズム空間(注5)の中でクロスして働くことを防ぐ構造上の基盤も解明されました(図5)。今後はこれらのシステムが細胞の電子伝達系と連携してトータルに働く様を解明することができると思われます。
 一方、大腸菌の酸化システムに類似したシステムは、酵母菌、植物、動物などの真核細胞の小胞体(注6)ミトコンドリア(注7)にも存在します。真核細胞では、ユビキノンではなくFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)と結合する進化的には別の酸化酵素が存在します。興味深いことに、この酸化酵素は、DsbBと同様、4本のαらせんがおよそ1つの軸方向に並んで束となった基本骨格を持って働くことが知られています。
 ジスルフィド結合を形成するための分子機構の一般性と個別性、さらには進化的な関係を解明することは重要な問題です。小胞体ではジスルフィド架橋の導入と架け替えの両方を行う、より複雑な酵素PDI(注8)が存在し、蛋白質のより一般的な品質管理や輸送にも関与しています。これらの実体解明は今後に残された大きな問題点です。
 今回の成果により、細胞の生命活動にとって重要な役割を担うジスルフィド結合がどのような化学メカニズムにより形成され、蛋白質に導入されるのかの理解が格段に進展しました。今後は、高等生物における仕組みについて、構造に立脚した理解を深めることが基礎生物学の知識を深めるため重要であることはもとより、いずれの細胞にも普遍的に存在するジスルフィド結合導入システムを応用すれば、複数のジスルフィド結合を有する複雑な有用酵素や増殖因子などを大量に生産することが可能となることが期待されます。

図1 大腸菌で発見された蛋白質ジスルフィド結合形成に関わる酸化システムと還元システム
図2 DsbA-DsbB-ユビキノン (UQ) 三者複合体の立体構造
図3 DsbBがDsbA酸化能力を獲得する機構
図4 ジスルフィド結合の反応スキーム(上)とDsbB-UQ反応中心(下)
図5 ジスルフィド導入経路と組み換え経路の分断メカニズム
<用語解説>

<論文名>

「Crystal Structure of the DsbB-DsbA complex reveals a disulfide bond generation mechanism」
(DsbB-DsbA複合体の結晶構造により明らかとなったジスルフィド結合の創生メカニズム)
著者: 稲葉謙次 (さきがけ研究者(〜平成16年度)※、CREST伊藤維昭チーム博士研究員(平成17年度〜))
村上 聡 (大阪大学産業科学研究所 助教授)※
鈴木 守 (大阪大学蛋白質研究所 助教授)
中川敦史 (大阪大学蛋白質研究所 教授)
伊藤維昭 (京都大学ウイルス研究所 教授)
(※がついている著者は、さきがけ「生体分子の形と機能」研究領域のさきがけ研究者)

<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

○戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域: 「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」
(研究総括:大島泰郎 共和化工株式会社 環境微生物学研究所 所長)
研究課題名: 「タンパク質の細胞内ダイナミズムと原理と制御装置」
研究代表者: 伊藤維昭 京都大学ウイルス研究所 教授
研究期間: 平成14年度〜平成19年度

○戦略的創造研究推進事業 個人型研究(PRESTO)
研究領域: 「生体分子の形と機能」
(研究総括:郷 信広 奈良先端科学技術大学院大学 教授)
研究課題名: 「Oxidative Protein Foldingに関わる細胞因子の構造機能解明とその工学的利用」
研究者: 稲葉謙次 さきがけ研究者(現 九州大学生体防御医学研究所 特任助教授)
研究期間: 平成13年度〜平成16年度

<お問い合わせ先>

伊藤 維昭(いとう これあき)
京都大学 ウイルス研究所 構造形成学分野
〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53
TEL: 075-751-4015 FAX: 075-771-5699
E-mail:

稲葉 謙次(いなば けんじ)
京都大学 ウイルス研究所 構造形成学分野
〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53
TEL: 075-751-4016 FAX: 075-771-5699
E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164
E-mail: