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平成18年7月6日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

「カーボンナノチューブ人工原子」で初のテラヘルツ光子を検出

−「テラヘルツ波」の単一光子検出器へ道−

本研究成果のポイント
 ○カーボンナノチューブでは世界初:テラヘルツ波を光子として検出
 ○テラヘルツ周波数帯の全く新しい超高感度検出器出現に期待
 ○カーボンナノチューブの新機能量子ナノデバイスに手がかり
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、独立行政法人科学技術振興機構(JST、沖村憲樹理事長)と共同で、直径数ナノメートル程度のカーボンナノチューブ※1に電子を閉じ込めた「カーボンナノチューブ人工原子」を用い、テラヘルツ波※2を光子として検出することに成功しました。カーボンナノチューブを用いてテラヘルツ波を光子として検出したのは世界で初めてです。本成果は、理研中央研究所(茅幸二所長)の石橋極微デバイス研究室 石橋幸治主任研究員らのグループによる成果で、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「カーボンナノ材料を用いた量子ナノデバイスプロセスの開発」の一環として行われたものです。
 自然の原子では、原子核を取り巻いている電子がとびとびのエネルギー準位を持っています。カーボンナノチューブに電子を閉じこめると、電子は自然の原子を取り巻く電子のようにとびとびのエネルギー準位をとり、「人工原子」として振舞います。カーボンナノチューブでは、チューブの長さを変えることで、この電子のエネルギー準位の間隔を自由に変えることができます。また、カーボンナノチューブが持つ超微細性を活用することで、原子から電子をとりはがすのに必要なエネルギー(1電子帯電エネルギー)をテラヘルツ波領域に設定することができます。今回、「カーボンナノチューブ人工原子」のこれらのエネルギーがテラヘルツ帯にあることを利用して、液体ヘリウム温度という極低温領域ではありますが、テラヘルツ波を光子として量子的に検出することに成功しました※3。具体的には、カーボンナノチューブ人工原子で構成した単電子トランジスタにテラヘルツ波をあてると、人工原子内の電子がテラヘルツ光子を吸収して電極に飛び出し、それによって発生する電流のピークを検出しました。 この原理は、アインシュタインがノーベル賞を受賞した「光電効果」(金属表面に光を当てると光子のエネルギーを吸収して電子が飛び出す現象)と原理的に同じです。
 テラヘルツ波は、電磁波の粒子的性格が強く現れている光と、波としての性格が強い電波の間にある周波数帯で、生体・環境診断などに期待されていますが、光源や、特に検出器の開発が遅れています。本成果は、この周波数帯の電磁波の全く新しい超高感度検出器への応用へ発展することが期待されます。
 本研究成果は、7月15日に東京国際フォーラムで開催されるJST主催のシンポジウム「ナノテクは進化する」(JSTナノバーチャルラボ成果報告会)、7月24日よりオーストリアのウィーンで開かれる半導体物理学国際会議、7月30日よりスイスのバーゼルで開かれるナノサイエンス・テクノロジー国際会議で発表される予定です。

1.背 景

 「量子ドット※4」は、次世代のITを支える新機能ナノエレクトロニクスの基盤技術の一つとして最近盛んに研究されています。特に半導体開発のロードマップでは、最先端素子の一つとして取り上げられ、ポストシリコンの可能性を探る研究が盛んに行われています。石橋主任研究員らのグループでも超低消費電力が期待される単電子エレクトロニクスや超並列計算を可能とする量子コンピューティングへの応用へ向けて、この量子ドットの研究をしています。量子ドットは、電子を3次元的に閉じこめた構造を持つことから「人工原子」とも呼ばれます。この人工原子の特徴としては、閉じこめられた電子が自然の原子を取巻いている電子と同じように振る舞い、とびとびのエネルギー準位を持つこと、電子殻構造を持つこと、電子を原子からとりはがすために有限のエネルギー(1電子帯電エネルギー)が必要であることなどをあげることができます。
 これらの人工原子の性質は、人工原子に電極をつけて電流を流せるようにした「単電子トランジスタ」の帯電現象である「クーロンブロッケード現象※5」を測定することにより調べることができます。これまでの電子線露光を使った技術で作製されてきた半導体量子ドットでは、量子ドットのサイズはまだ大きく、1ケルビン(−272℃)以下の極低温でしかこのクーロンブロッケード現象を観測することができませんでした。しかしカーボンナノチューブやフラーレンなど超微細な材料が出現し、先端リソグラフィー技術では実現が不可能とされてきた超微細な構造が実現できるようになって、事情は一転しました。液体窒素温度から室温という実用的な温度でクーロンブロッケード現象を観測することが可能となり、新機能ナノエレクトロニクスの実現も夢ではなくなってきています。
 「カーボンナノチューブ人工原子」の特徴の一つは、エネルギー準位間隔や1電子帯電エネルギーを人工的に変えられることで、エネルギー準位をテラヘルツ波帯のエネルギーにもすることができます。テラヘルツ波帯は、波としての性格が強い電波と、波とともに粒子(光子)としての性格も強く持つ光の間にあり、生体や環境診断に重要であることがわかりはじめています。それにもかかわらず、光源や、特に検出器の開発が遅れている未開拓な周波数帯です。電磁波と人工原子との相互作用を調べることは量子コンピューティングにもつながる技術であり、同研究グループは、「カーボンナノチューブ人工原子」とテラヘルツ波との相互作用を研究してきました。

2.研究手法

 「カーボンナノチューブ人工原子(量子ドット)」は、1本の単層カーボンナノチューブに200ナノメートルほどの間隔をあけて2つの電極をつけて作成しました。図1(a)の等価回路に示すように、量子ドットがトンネル障壁(絶縁層)を介して「ソース」、「ドレイン」と呼ばれる電極にそれぞれつながっています。また、量子ドットの電位を変えるために、電気を蓄える能力をもつ「コンデンサ」を介して「ゲート電極」がつながっています。ソース・ドレイン・ゲートという3端子を持つことから、この素子を「単電子トランジスタ」と呼びます。(「単電子」とは、量子ドットの中の電子の数がゲート電圧を変えることにより1個単位で増減させることができることを意味する。「トランジスタ」とは三つ以上の電極を持つ素子構造を示す。)
 この単電子トランジスタを1.5ケルビンに冷却し、炭酸ガス励起の、周波数が数テラヘルツのテラヘルツレーザー(遠赤外レーザー)を照射し、回路に流れる電流が、何も当てていないときに比べてどのように変化するかを調べました。

3.研究成果

 単電子トランジスタでは、特定のゲート電圧のところで電子が1個ずつ量子ドット(人工原子)を通過し、電流が流れます。この電流は、ゲート電圧に対して周期的にスパイク状(ギザギザの鋸歯状)に流れるのが特徴で、これを「クーロン振動」といいます(図2)。また、電流が流れないゲート領域を「クーロンブロッケード領域」といいます。
 実験では、テラヘルツレーザーを照射したときと照射しないときのクーロン振動の様子を調べました。その結果、テラヘルツレーザーを照射したときに、新しい電流のピークが現れ、その電流がテラヘルツ光子吸収によって発生したものであることを確認しました。図3は、2.5テラヘルツの電磁波を当てたときの結果を示しています。テラヘルツ波を当てていないときには普通のクーロン振動が観測されていますが(青線)、これに対して、テラヘルツ波を当てるとクーロンピークの左側に新しいピークが現れました(赤線)。2種類の周波数のテラヘルツレーザーでこのピークを確認し、ピークの現れる位置が周波数に応じて変わることから、テラヘルツ光子の吸収によってテラヘルツ波の量子検波※3が起こっていることがわかりました。
 クーロンブロッケード領域にある単電子トランジスタでは電流は流れませんが、テラヘルツレーザーを照射すると図4のようにテラヘルツ波の光子を吸収して、量子ドット中の電子が電極に飛び移ることにより電流が流れることが可能となります。これが新しい電流ピークとして観測されたわけです。このように、本来エネルギーが十分ないためにトンネルできない電子が、光子のエネルギーを借りてトンネルすることを「光アシストトンネリング」といいます。電磁波をその量子である光子として吸収していることから、光アシストトンネリングは量子的な効果です。この原理は、アインシュタインがノーベル賞を受賞した「光電効果」(金属表面に光を当てると光子のエネルギーを吸収して電子が飛び出す現象)と原理的に同じです。
 この光アシストトンネリングは、超伝導トンネルデバイスではマイクロ波からサブミリ波領域でよく知られた現象ですが、今回は超伝導体ではない超微細なカーボンナノチューブ人工原子を用いて、テラヘルツ波領域で1電子レベルでの光アシストトンネリングを観測しました。これは世界で初めての成果です。

4.今後の期待

 同研究グループは、カーボンナノチューブ人工原子とテラヘルツ波との相互作用を研究してきました。今回、その過程で、カーボンナノチューブでは初めての「テラヘルツ波を光子としてとらえること」に成功しました。これまで、半導体量子井戸※6でテラヘルツ波光子を検出した例はありますが、人工原子を用いたテラヘルツ光子の検出はありませんでした。人工原子では、半導体量子井戸と違って、電子が1個ずつ光子を吸収して電流が流れることから、この成果は、将来単一光子の検出まで可能な超高感度検出器へ発展させることが可能です。波でもあり粒子でもある電磁波を光子として検出することは「量子検波」といわれ、マイクロ波からミリ波領域ではすでに、超伝導体を用いた量子検波が実用化されています。今回の成果は、さらに波長が短いテラヘルツ領域で量子検波を実現したことになります。まさに、カーボンナノチューブ人工原子の特性利用した成果です。
 本成果は、次の三つの観点から大きな意義があります。
 第一に、電磁波の検波には、現在使われている古典的な検波より、量子的な検波(光子として検出する)の方が、圧倒的に検出感度が高いということです。現在、テラヘルツ帯の検波では、液体ヘリウムで冷却したシリコンの「ボロメータ」という検出器が用いられています。これは、テラヘルツ波がシリコンに当たって温度が上昇し、それがシリコンの抵抗の変化として現れるという、古典的な検波器です。こうした方法よりも今回の方法は検出感度が高いことは言うまでもありません。また、今回のような単電子トランジスタで検出する手法は、デバイス構造にさらに工夫を加えることで、1個の光子まで検出することができます。今回は、1個の人工原子を用いて、極低温で量子検出を行いましたが、人工原子2個からなる人工分子では、量子検波がもっと高温で起こることが期待できます。この人工分子型量子検出器には、分光機能を持たせることができ、冷却を必要とする上に分光機能を持たない現在のボロメータと比べると、感度、機能、使いやすさの点で優れています。テラヘルツ検出器の新たな計測手段となることが期待できます。
 第二に、人工分子とテラヘルツ波の相互作用をコヒーレント※7に起こすことができれば、量子コンピュータの基本デバイスである量子ビットをテラヘルツ領域で動作させることができます。これにより、量子ビット操作の動作速度が格段に上がることも期待できます。このためには、まず人工原子がテラヘルツ波に対して量子的に応答すること、すなわちテラヘルツ波を光子として吸収することが必要条件であり、今回の成果は、カーボンナノチューブ人工原子がこの必要条件をクリアしたことを示しています。
 第三に、カーボンナノチューブ人工原子が、1電子レベルで高温でも動作する量子ナノ電子デバイスとしての大きな可能性を秘めていることがわかりました。これまで、量子デバイスは半導体量子ドットを中心に研究が進められてきましたが、量子効果が現れるのは、本当の極低温(1ケルビン以下)でした。これに対して、今回のようにカーボンナノチューブでは、1桁程度高い温度でも量子効果(ここでは電磁波を光子として検出する)が現れたことになります。もっと小さなデバイスを作ることができれば、室温での1電子レベルの量子効果の発現も夢ではないでしょう。このようにカーボンナノチューブは新機能ナノエレクトロニクスの材料として大変有望であるといえます。
 ただし、カーボンナノチューブのデバイスは、トランジスタにたとえれば、1948年に点接触型トランジスタでトランジスタ動作が確認されたときのような初期の時点にあるといえます。トランジスタが50年以上の年月をかけて現在のような信頼性のある高性能なデバイスとなったことを考えると、カーボンナノチューブを信頼できるデバイスとするまでには、さらに克服すべき課題が山積みされています。


補足説明 
図1 カーボンナノチューブ人工原子
図2 クーロン振動
図3 クーロン振動の変化
図4 光アシストトンネリングのメカニズム

 (問い合わせ先)
  独立行政法人理化学研究所
   中央研究所 石橋極微デバイス研究室
    主任研究員 石橋 幸治
     TEL:048-467-9366 FAX:048-462-4659

 (報道担当)
  独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
     TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

  独立行政法人科学技術振興機構 総務部広報室
     TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432