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平成18年6月26日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

分裂酵母丸ごとのタンパク質を扱う解析系を確立

-ゲノム解析は「情報」から「モノ」へ-

本研究成果のポイント
 ○分裂酵母のタンパク質をコードする遺伝子(ORF)を網羅的に取得し、実験系を確立
 ○分裂酵母のタンパク質の「細胞内局在カタログ」を完成
 ○薬剤探索や作用機構解明に有用なシステム
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST)(沖村憲樹理事長)は、分裂酵母の約5,000個のタンパク質をコードする「遺伝子読み枠(ORF)※1」をほぼすべて取得し、それぞれのタンパク質を自由に標識した上で、細胞内で作らせる実験系を確立しました。これを用いて、生きた細胞内で各遺伝子から蛍光標識したタンパク質を発現させ、全タンパク質の存在位置を同定しました。これは、理研中央研究所(茅幸二所長)の吉田稔主任研究員、松山晃久研究員,荒井律子協力研究員、八代田陽子先任研究員らと、独立行政法人情報研究通信研究機構(長尾真理事長)および東京大学大学院農学系研究科との共同で得られた研究成果で、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として行われたものです。
 分裂酵母はヒトと同じ真核生物に属する単細胞微生物で、ヒト型タンパク質を数多く持ち、技術的にも扱いやすいことから、ヒトの生命現象を解明する上で大変有用なモデル生物です。研究グループは、分裂酵母の約99%のORFを取得し、分裂酵母の全ORFの網羅的解析「オーフィオーム解析※1」のための実験系を構築しました。さらに分裂酵母の全タンパク質の約9割について細胞内局在カタログ「ローカリゾーム(Localizome:タンパク質細胞内局在の網羅的データベース)」を完成させました。
 また、このローカリゾームを用いて、この研究グループが以前に発見した「レプトマイシンB※2」という、核から細胞質へタンパク質を運ぶ「核外輸送因子Crm1」の阻害剤を作用させたときに、細胞内の局在が変化するタンパク質の探索を行いました。Crm1の働きをレプトマイシンBで止めた結果、300個近くのタンパク質が正しく局在化できなくなることを明らかにしました。このように、ローカリゾームは、薬剤の影響を観察する系としても非常に優れています。また、タンパク質が正しく機能するためには、正しい場所に移動することが大事なので、病気の原因となるタンパク質の細胞内の局在を調べ、その移動を抑えるような薬剤は将来の治療薬になる可能性があります。そのため、ローカリゾームは創薬標的タンパク質や薬剤そのものの探索にも非常に有用なシステムとして、多くの研究者に注目されています。
 本研究で得られた情報は、6月25日からデータベース(http://cgl.riken.go.jp)として全世界に発信し、ライフサイエンス研究分野に有用な情報を提供することになります。また、得られた遺伝子ORFのライブラリーは、6月25日から理研バイオリソースセンター(http://www.brc.riken.jp/lab/dna/en/yoshidayeast_en.html)から全世界に供給される予定です。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Biotechnology(ネイチャーバイオテクノロジー)』(7月号)(オンライン版;6月25日付け)に掲載されます。

1.背 景

 さまざまな生物のゲノム(全遺伝子)DNA配列が解読され、それぞれの生物の設計図ともいえる遺伝情報が明らかになってきました。ところが、実際の遺伝子の機能は、経験的に推定可能なわずかなものを除くとDNA配列の情報だけではわからないものがほとんどです。そのため、ゲノム解読に続き、それぞれの遺伝子によって作られるタンパク質が、細胞のどこで何をしているのか、という具体的な機能を解析することを目標にしたポストゲノム研究などが盛んに行われています。遺伝子の機能がわかれば、病気にかかわる遺伝子を特定し、薬の開発も可能となります。しかし、ゲノム解読で得られたものはDNA配列という「情報」だけなので、機能解析には、この情報をもとに生み出される「モノ」としてのタンパク質を、別に取得して解析する必要があります。この個々の遺伝子を取り出してタンパク質を作る作業は膨大で、生物を構成しているタンパク質を丸ごと解析することはこれまでほとんど成功していません。
 分裂酵母は、アフリカで古くから作られていたビールから単離された酵母です。酵母は、酒、パンなどの食品に利用されるだけでなく、真核生物のモデル生物として大変優れた微生物です。特に、分裂酵母は遺伝学的手法によって解析が可能で、均等分裂による増殖をするため、細胞周期の研究に最適です。また多くのタンパク質が高等真核生物型の制御をうけ、約43%の遺伝子にイントロン(転写はされるが最終的に転写産物から除去される介在配列)が存在していることからも、より高等真核生物に近い特徴をもつといえます。そのうえ、2002年の分裂酵母のゲノム解読から、約5,000遺伝子(ORF)というコンパクトなゲノム構造であることが明らかになり、遺伝子解析の網羅的な研究(オーフィオーム解析)に非常に適した材料とされています。この分裂酵母を用いた網羅的解析は、生命現象の解明のみならず、薬剤探索系への応用も期待でき、創薬を含むライフサイエンス分野へ広く貢献するとされ、実験系を構築することが求められていました。

2.研究手法と成果

(1)タンパク質細胞内局在カタログの完成
 分裂酵母のゲノム解読により得られたDNA情報をもとに、各ORFを遺伝子増幅法によって取得し、さまざまな検出用タグのついた遺伝子の運び屋(ベクター)に挿入しました。取得したORF数は4,910個で、これは分裂酵母の全ORF数(4,948個)の99.2%に相当します。
 本研究では、蛍光イメージングで可視化するために「YFP※3タグ」という標識をつけ、また、タンパク質発現量を検出するために「His6※4タグ」という標識をつけてベクターに挿入しました(図1)。
 YFPタグのついたORFのライブラリーを分裂酵母に導入し、発現誘導培地で一晩培養し、生きた細胞内で個々のタンパク質の局在を蛍光顕微鏡で一つずつ観察しました。その結果、全ORF数の約9割にあたる4,431個のタンパク質についてYFPの蛍光を検出することができました(図2)。これらは、タンパク質の細胞内局在カタログ「ローカリゾーム」として、6月25日よりホームページ上(http://cgl.riken.go.jp)で公開されます(図2)。これらのうち、約8割のタンパク質(全体の約7割)は、これまで局在が未同定だったものです。
 His6タグのついたORFのライブラリーも分裂酵母に導入し、発現誘導培地で一晩培養した後に細胞からタンパク質を抽出し、His6の抗体を用いて検出しました。その量は細胞内で恒常的に発現しているタンパク質(細胞骨格タンパク質の一つであるチューブリン)量で標準化しました。各ORFは同じ転写調節因子(プロモーター)の下流で発現させているにも関わらず、タンパク質の量には違いが見られました。これは、それぞれのタンパク質への翻訳効率の違いやタンパク質分解の速度の違いによると考えられます。また、ORFのサイズ(塩基配列の長さ)とタンパク質発現量には相関性がないことが明らかになりました。

(2)核外輸送因子Crm1の標的分子を可視化技術で探索
 さらに、核から細胞質へと運ぶ「核外輸送因子Crm1」の阻害剤として、この研究グループが以前に発見した「レプトマイシンB」という低分子化合物を作用させ、細胞内の局在が変化するタンパク質をローカリゾームを用いて探索しました。Crm1は、アミノ酸の一つであるロイシンに富んだ「核外移行シグナル配列※5」をもつタンパク質を標的分子として認識し、核から細胞質へと運ぶ因子として知られています。しかし核外移行シグナル配列を含まなくても標的分子となりうるタンパク質も存在しており、コンピューター上での配列検索だけではCrm1の標的分子を網羅的に検索するのは不可能でした。そこで、Crm1の全標的分子を同定し、Crm1の関与する制御系の全容を理解するために、Crm1の阻害剤であるレプトマイシンBを直接細胞に作用させて、各タンパク質の局在変化を指標に可視化探索を行いました。
 YFPタグのついたORFを導入した分裂酵母を発現誘導培地にて一晩培養後、レプトマイシンBを100 ng/mlの濃度で3~6時間処理して観察しました。その結果、レプトマイシンBの処理により局在に変化がみられたタンパク質(図3)は、全部で285個ありました。そのうち、すでにCrm1の基質であると同定されていたタンパク質もいくつか含まれていましたが、大部分はCrm1による局在の制御がこれまで全く報告されていなかったタンパク質であることや、核外移行シグナル配列をもたないタンパク質が数多く存在していることを突き止めました。すなわち、コンピューター上での配列検索だけでは網羅できないCrm1の直接・間接の分子標的が、この可視化探索により明らかになりました。

3.今後の期待

 本研究では、ポストゲノム研究に欠かすことのできない、「生物丸ごとのタンパク質全て」を扱える実験系の作製に成功しました。ここで構築された分裂酵母のオーフィオーム解析のための実験系は、高等真核生物の複雑な生命現象を理解するための格好のシステムであるといえます。この実験系は、すでに研究グループで進めている全タンパク質の分子量測定やタンパク質の翻訳後修飾の網羅的解析だけではなく、タンパク質の精製やタンパク質同士の相互作用の検出など幅広い研究に応用が可能です。また、このような基礎生物科学分野での貢献のみならず、本研究で行ったローカリゾームと薬剤を組み合わせた分子標的の探索手法のように、薬剤の作用機構の解明や、さらには薬剤そのものの探索にも寄与する非常に優れたツールとなり得ます。例えば、遺伝子の過剰発現により致死形質となる酵母株を選択し、その致死性を回復させる薬剤を探索すれば、そのコードするタンパク質の生理機能に効果のある薬剤探索が可能となります。今後、この系を用いた研究の推進により、創薬・医療を含むライフサイエンス分野における発展が期待されます。


<補足説明>
図1 分裂酵母のオーフィオーム解析
図2 「ローカリゾーム」;分裂酵母の細胞内局在カタログの例
図3 レプトマイシンB添加により局在の変化するタンパク質

<報道担当・問い合わせ先>
  (問い合わせ先)
    独立行政法人理化学研究所
     中央研究所 吉田化学遺伝学研究室
主任研究員  吉田 稔
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