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平成18年6月13日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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埼玉県和光市広沢2−1
独立行政法人理化学研究所
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細胞内pHバランスの新たな制御機構の解明

(pHの異常に起因する病気の治療につながる可能性)

 JST(理事長 沖村憲樹)と独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)は共同で、細胞内のpHを制御する新規のタンパク質分子を明らかにしました。
 細胞内のpH注1は、生体内で産出される二酸化炭素が重炭酸イオンに変換されて細胞膜を輸送されることにより、ダイナミックに変化しています。そして、細胞内のpHは、細胞の集まりである臓器の働きにも関係しています。例えば膵臓(すいぞう)の細胞は、重炭酸イオンの分泌を行うことにより胃酸を中和する働きを担っています。また、腎臓は血液内のpHを制御していますが、このバランスが崩れた場合、動脈内における血液のpHが低く(酸性)になり、pH異常の影響を受けやすい臓器である眼球に、緑内障、白内障、角膜障害、盲目などの異常を引き起こします。
 今回、本研究グループは、細胞内のイノシトール三リン酸レセプター(IP3R)注2にイノシトール三リン酸(IP3)が結合するときに、IP3Rから放出されるタンパク質分子であるアービット(IRBIT) 注3が、細胞表面に存在するナトリウム・重炭酸イオン共輸送体(NBC) 注4に結合し、そのイオン輸送活性を飛躍的に上昇させることを発見しました。従来、NBCにはKタイプ(Kidney:腎臓タイプ)とPタイプ(Pancreas:膵臓タイプ)という2種類のサブタイプが報告されていましたが、その分子メカニズムの違いは不明でした。今回の活性の増加は、Pタイプのみに作用し、Kタイプには影響を及ぼしませんでした。これは、NBCのタイプ間での制御機構の違いを初めて明らかにしたもので、外分泌機能の新しいメカニズムを理解する上で重要な発見です。さらに、IP3Rを介した細胞内のpH調整機構は、従来の見つかっていた制御機構とは異なる新しいものとして注目されます。
 これらの発見は、将来的には、pHのバランスが崩れることにより起こる病気の治療や、消化酵素などの分泌不全によるヒトの病態への医学的応用が期待されます。
 本研究成果は、JSTの発展研究「カルシウム振動プロジェクト」(研究代表者:御子柴克彦、東京大学医科学研究所 教授)と理研脳科学総合研究センターの共同研究であり、米国の学会誌『Proceedings of the National Academy of Science(米国科学アカデミー紀要)』オンライン版に近日中に公開され、誌面では6月20日号に掲載されます。

【研究成果の概要】

1.研究の背景

 細胞内の酸性―アルカリ性を示すpHは、生体内で産出される二酸化炭素により変化しています。細胞内のpH調整の一部は、二酸化炭素が重炭酸イオンに変換されて細胞膜を輸送されることによって行われており、例えば膵臓の腺房中心細胞は、重炭酸イオンを分泌し、胃酸を中和する働きを担っています。また、腎臓は血液内のpH濃度を制御していますが、このバランスが崩れた場合、動脈内における血液のpHが低く(酸性)なり、pH異常の影響を受けやすい臓器である眼球に、緑内障、白内障、角膜障害、盲目などの異常を引き起こします。
 今までに、膵臓の重炭酸イオンの分泌は、セクレチンなどのホルモンを介してサイクリックAMP注5濃度が上昇し、細胞膜を貫通しているタンパク質であるナトリウム・重炭酸ナトリウム共輸送体(NBC)(図1)の活性上昇を引き起こすことにより、行われることが分かっています。
 また、NBCには、Pタイプ (膵臓-Pancreas-に多いためPタイプと命名)とKタイプ(腎臓-Kidney-に多いためKタイプと命名)という2種類のサブタイプが報告されていました。Pタイプは膵臓などの外分泌細胞に多く存在しますが、脳や目など種々の組織にも発現しており、局所的に働いています。もう一方のKタイプは、腎臓に限定して存在しており、血液中のpHを制御することによりカラダ全体に働きます。しかし、この2つのタイプを区別する分子メカニズムの違いは、これまで不明でした。
 一方、細胞内に普遍的に存在するIP3Rは、細胞内のカルシウム濃度を調節することにより、細胞分裂、細胞増殖、細胞死、受精、発生、記憶や学習といった多岐にわたる生命現象において重要な役割を果たしています。本研究グループは今までに、IP3RにIP3が結合することによりIP3Rから放出される新規分子IRBITの発見に成功していました。

2.研究内容と成果

 今回、本研究グループはIP3Rから放出されるIRBITの標的分子をマウスの小脳からスクリーニングすることによって、それがNBCであることを見いだしました。NBCにはPタイプとKタイプの2種類があり、PタイプのNBCにおける初めの85アミノ酸が、Kタイプでは配列の違う41アミノ酸に置き換わっているのですが、残りの90%以上の部分は同じであり、これまで2つのタイプの活性化機構の違いは理解されていませんでした。ところが、IRBITとNBCの結合部位を検討した結果、IRBITはPタイプのNBCの最初の62アミノ酸は認識しますが、Kタイプは全く認識しない(結合しない)ことが明らかになりました。
 次に、NBCのイオン輸送活性を評価するために、アフリカツメガエルの卵母細胞にRNAを打ち込んでタンパク質(NBCやIRBIT)を発現させ、電気生理学的に評価しました(図2)。PタイプのNBCはIRBITと共に発現させると、NBC単独に比べて活性が約7倍に上昇しました。一方、Kタイプは最初から高い活性を示しましたが、IRBITとの共発現による活性の大きな変化はありませんでした。さらに、リン酸化部位に変異を入れたPタイプのNBCにおいても、IRBITとの共発現による活性の変化は示されませんでした。これらのことにより、IP3Rから放たれたIRBITにより、PタイプのNBCが活性化されること、また、その活性化には、NBCのリン酸化部位が大変重要であることが明らかになりました(図3)。

 今回の発見での重要なポイントは、

(1) 細胞内で種々の重要な役割を担うIP3Rから放出される新規分子IRBITが、別のタンパク質NBCに作用してその活性を上げています。
(2) NBCの活性化は、今までサイクリックAMPを介する経路しか分かっていませんでしたが、今回全く新しい活性経路が見つかりました。
(3) NBCは、2つのタイプがありますが、その制御機構に違いがあることが初めて分かりました。
(4) NBCは細胞内のpH調整に関わっているので、IP3Rが細胞内のpH調整を行うという新しい機能をもっている可能性があります。
ということです。
 さらに、この発見は、昨年、本研究グループが米国の科学誌「Science」に発表したIP3Rの2型・3型の働きを止めたダブルノックアウトマウスにおいて、唾液腺や膵臓など消化器系の機能不全が見いだされたことに非常に関連すると考えられ、IP3Rから放出されるIRBITによる新しい情報連絡機構の存在が明らかになりつつあります。

3.今後の展開

 NBCの自然発生的な変異によって引き起こされる多くの病態例が報告されています。その症状は、重篤な腎臓のアシドーシス注6患者とよく似た症状を示します。これは動脈内の血液のpHが低くなり、視覚の異常(緑内障、白内障、角膜障害、盲目など)を引き起こすものです。また、数例の患者からは、膵臓での消化液分泌不全や、精神の遅滞、低身長が報告されています。このことから、NBCはカラダ全体の酸・アルカリのバランス調整だけではなく、限られた組織でのホメオスタシス注7にも関与していることが推測できます。今後は、病態を引き起こす変異部位とIRBITの関連を明らかにすることにより、新たな治療方法の開発が期待されます。

【用語説明】
図1 NBCの全体構造図
図2 アフリカツメガエルの卵母細胞に強制発現したNBCの電気生理学的な活性評価
図3 NBC活性化の仕組み

【論文名】

"IRBIT, an inositol 1,4,5- trisphosphate receptor-binding protein, specifically binds to and activates pancreas-type Na+/HCO3- cotransporter 1 (pNBC1)"
(IP3Rから放出されるアービット(IRBIT)は特異的に膵臓タイプのナトリウム/重炭酸イオン共輸送体に結合し輸送活性を飛躍的に上昇させる)
doi :10.1073/pnas.0602250103

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 発展研究(SORST)
研究プロジェクト名:カルシウム振動プロジェクト
研究代表者:御子柴 克彦
研究実施期間:平成18年1月〜平成20年12月

【お問い合せ先】

東京大学医科学研究所 教授
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター 発生発達研究グループ グループディレクター 発生神経生物研究チーム チームリーダー
 御子柴 克彦(みこしば かつひこ)
  TEL:03-5449-5316
  FAX:03-5449-5420

独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
 黒木 敏高(くろき としたか)
  TEL:048-226-5623
  FAX:048-226-5703