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平成18年5月19日

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"膵臓形成の位置決定"の設計図を解明
(膵再生による糖尿病治療への応用に期待)

 京都大学(総長 尾池和夫)とJST(理事長 沖村憲樹)は、胎生期に膵臓(すいぞう)ができる位置を決定する仕組みを明らかにしました。
 胎生期における生体の形づくりは極めて正確な設計図に基づいて行われます。しかしながら、ヒトではしばしば本来の位置以外の場所に組織が形成され、病気の原因となることがあります。例えば、胃内視鏡検査などで胃の出口近くや十二指腸等に本来の位置と異なる異所性の膵組織が見つかることがあり、それが原因で出血することや、食べ物が通りにくくなることがあります。このような異所性組織は胎生期の臓器形成の異常と考えられていましたが、その詳細はこれまでよく分かっていませんでした。
 今回の研究では、Hes1という遺伝子を働かなくしたマウスを解析した結果、ヒトと全く同じ場所に、膵臓への運命決定遺伝子であるptf1a遺伝子の発現が認められ、それらが全て異所性膵組織になることをつきとめました。更に、Hes1遺伝子とptf1a遺伝子の両方が働かないマウスでは、それらは再び運命を変更して本来の胃・十二指腸や内分泌細胞になりました。つまり、Hes1遺伝子はptf1a遺伝子の発現を調節することにより、膵臓の位置決定に関与することが明らかになったのみならず、組織間の可塑性(途中で運命を変更し得ること)も司ることが分かりました。Hes1遺伝子をはじめとするptf1a調節因子をうまく使うことにより、大人の胃や十二指腸を膵組織に変換することができれば、全く新しい糖尿病治療への応用が期待されます。
 この成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「認識と形成」研究領域(研究総括:江口吾郎)における研究テーマ「ptf1a遺伝子導入による異所性膵組織誘導の機構解明」において、京都大学医学部川口義弥助手が、京都大学ウィルス研究所影山龍一郎博士らのグループとの共同研究によるもので、米国医学会誌「Journal of clinical investigation」オンライン版に2006年5月18日(米国東部時間)に公開されます。

【成果の概要】

<研究の背景>

 胎生期における生体の形づくりは極めて正確な設計図に基づいて行われます。それは人種の違いを越えるのみならず、哺乳類全般に共通した機構が存在します。しかしながら、ヒトではしばしば本来の位置以外の場所に組織が形成され、病気の原因となることがあります。例えば、子宮内膜が直腸や腹腔内に形成されて生理周期と同調して出血すること(子宮内膜症)があります。また、高血圧の原因となり得る副腎腫瘍(褐色細胞種)の10%は、本来の副腎以外の場所に発見されています。
 さらには、胃の出口近くや十二指腸等に異所性の膵組織が形成され(図1)、それが大きくなって出血することや、食べ物が通りにくくなることもあります。このような異所性組織は胎生期の設計ミスによって形成されると考えられていましたが、その詳細はこれまで不明でした。

<研究の経緯>

膵臓の形成は胎生期の腸管未分化内胚葉組織から膵原基注1が発芽することに始まります。川口らは以前の研究で、ある遺伝子を発現した細胞の子孫の細胞を標識する方法(Genetic lineage tracing:図2)により、ptf1a発現細胞が将来の膵臓となることを明らかにしました。さらに遺伝子ノックアウト法と組み合わせた手法により、ptf1a遺伝子を働かなくした細胞のほとんどは膵臓にはなれずに十二指腸へと分化することも示しました。すなわち、ptf1a遺伝子は膵前駆細胞と十二指腸前駆細胞の間の運命決定のスイッチとして働くことが分かりました。しかしながら、前述の異所性膵組織形成においてもptf1a遺伝子が働いているかどうかはこれまで不明でした。

<研究の内容>

 今回の研究では、マウスを用いたptf1a遺伝子を発現した細胞の子孫の細胞を標識する方法(lineage tracing)と、細胞の分化過程に関係する遺伝子調節経路であるNotchシグナリングの主要な担い手であるHes1遺伝子を発現させなくすること(Hes1ノックアウト)を組み合わせることにより、膵臓以外での場所のptf1a発現領域を探しました。その結果、Notchシグナリングが欠如した場合、発生早期にある特定の部位(将来の胃、十二指腸など)に異所性のptf1a発現領域が観察されました(図3)。また、その全てが膵組織へと転換され、ヒトの場合と全く同じ位置に異所性の膵組織が形成されることが明らかになりました。すなわち、Notchシグナリングという設計図の異常により、組織が途中で運命を変更して膵組織に転換されるのです。
 更に、Notchシグナリングの主要な担い手であるHes1遺伝子とptf1a遺伝子の両方が働かないマウスを作成したところ、大部分の細胞は再び運命を変更して、本来の臓器(胃や十二指腸)へと戻りました。すなわち、胃や十二指腸ではNotchシグナリングがptf1aを発現しないように制御することによって、本来の臓器への分化を規定していると結論されます。
 今回の研究で胎生期の"膵臓形成の位置決定"という設計図が明らかにされたのみならず、Notchシグナリングによって組織の可塑性が制御されていることが判明しました。臓器、組織のアイデンティティー獲得に関わるptf1a遺伝子と、その上流にあってptf1a遺伝子の発現調節を行うHes1遺伝子を介したNotchシグナリングにより、膵臓の位置決定が行われていることが明らかとなりました。更に、胎生期組織のもつ可塑性の一端をNotchシグナリングが担っていることが示されました。

<今後の展開>

今回の研究では"膵臓以外の臓器で、どのような細胞がインシュリン細胞になり得るのか?" という問題提起に対する答えとして、ヒトで実際に見られる異所性膵の解析を行いました。ptf1aをうまく制御することにより、ヒト成体の胃や十二指腸を膵組織に変換することができれば、全く新しい糖尿病治療の開発につながると期待されます。

<用語の説明>
図1:ヒトの胃前庭部大弯にみとめられる異所性膵
図2:Genetic lineage tracing
図3:Hes1ノックアウトマウスで胃に形成された異所性膵(LacZ陽性領域=矢印)

【用語解説】

注1 膵原基
:将来の膵臓になる大元の細胞のかたまり。マウスでは胎生9.5〜10日頃に将来の十二指腸になる領域からptf1a遺伝子とpdx1遺伝子の両方の遺伝子を発現した細胞が発芽する。この発芽した細胞のかたまりを膵原基という。将来、十二指腸となる細胞はpdx1遺伝子を発現するが、ptf1a遺伝子は発現しない

【掲載論文名】

“Ectopic pancreas formation in Hes1-knockout mice reveals plasticity of endodermal progenitors of the gut, bile duct, and pancreas”
Hes1ノックアウトマウスにおける異所性膵の形成は内胚葉由来腸管、胆管、膵前駆体の可塑性を示す
doi :10.1172/JCI27704

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
「認識と形成」研究領域(研究総括:江口吾郎)
研究課題名 : ptf1a遺伝子導入による異所性膵組織誘導の機構解明
研 究 者 : 川口 義弥(京都大学 医学研究科 助手)
研究実施場所: 京都大学 医学研究科
研究実施期間: 平成14年11月〜平成18年3月

【お問い合わせ先】

川口 義弥(カワグチ ヨシヤ)
 京都大学大学院医学研究科
 〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町54
 TEL:075-751-3227
 FAX:075-751-4390
 E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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