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平成18年2月28日

国立大学法人 大阪大学
独立行政法人 産業技術総合研究所
独立行政法人 科学技術振興機構

1000倍以上安定動作するカーボンナノチューブトランジスタの開発に成功

- 高感度バイオセンサーへの応用も視野に-

■ ポイント ■

1. 電流の時間変動を、従来の1000分の1以下に抑制
2. 理想的な0Vのヒステリシス特性を達成
3. カーボンナノチューブトランジスタの利点を活用した超高感度バイオセンサー開発が本格的に可能に

■ 概要 ■

 国立大学法人 大阪大学(以下「大阪大学」という)産業科学研究所 松本 和彦 教授は、独立行政法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門(部門長 横山 浩)と独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 沖村憲樹)と共同で、まったく新しいカーボンナノチューブトランジスタの作製プロセスを開発し、従来の1000倍以上安定に動作するカーボンナノチューブトランジスタの開発に成功しました。
 カーボンナノチューブトランジスタは、現在の集積回路に使用されているシリコントランジスタと比較して10倍~100倍高い増幅率を示すために、次世代のトランジスタとして期待されています。
 ところがこれまで開発されてきたカーボンナノチューブトランジスタは、特性が時間や電圧の値に対して大きく変動してしまうという大きな欠点があり、これが実用化する上で大きな障害となっていました。
 これらの不安定性の原因は、カーボンナノチューブ表面に付着した水や酸素の汚染によると考えられてきましたが、大阪大学と産総研は共同で、フォトレジストの残渣も重要であることを突き止め、この特性の変動の要因を取り除く全く新しい作成プロセスの開発に成功しました。これにより時間に対する特性の変動は0.01%以内で、ヒステリシスの値が、理想的な値である0Vと、実用化可能な安定動作を実現しました。
 この技術の開発によって、従来きわめて不安定で信頼性に問題があった、カーボンナノチューブトランジスタを用いた高感度バイオセンシングや、単一バイオ分子の検出等が可能になると考えられ、今後これらの応用に大きく貢献すると考えられます。

■ 研究の背景 ■

 カーボンナノチューブは、その数ナノメートルという微細な構造からナノエレクトロニクス素子への応用が期待され、さまざまに応用の方法が研究されてきました。特にカーボンナノチューブをチャネルに用いた電界効果トランジスタは、従来のシリコンの電界効果トランジスタ(Si MOSFET) と比較して、10~100倍高い性能を有するため、次世代のトランジスタとして世界中で活発に研究開発が行われてきました。またこのカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの高い特性を利用したバイオセンサーへの応用など、将来の医用応用を目指した研究開発も行われています。
 ところが、このように優れた特性を有するカーボンナノチューブ電界効果トランジスタは、残念ながら致命的な欠陥を有していました。それは、トランジスタ特性が安定しないという問題です。電流が時間経過とともに大きく変動し、時には数10%も電流の値が変わってしまいます。また電圧を加える場合、同じ電圧を加えているにもかかわらず、場合によっては、得られる電流の値が大きく異なるという問題がありました。(この特性の変動を専門用語で「ヒステリシス」と呼びます。) このような不安定性がある限り、安心してカーボンナノチューブトランジスタを使用することができません

 そのためカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの実用化の上で、その安定性が渇望されてきました。従来、カーボンナノチューブトランジスタの不安定性は、カーボンナノチューブ表面に付着した水や酸素の影響であると考えられていましたが、水や酸素をカーボンナノチューブから完全に取り除いても、特性の不安定性は軽減されるものの、実用化に耐えるような安定した特性は得られませんでした。

■ 研究の経緯 ■

 大阪大学と産総研ではカーボンナノチューブトランジスタの現状を鑑み、共同でカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの完全な安定動作を達成すべく、不安定性の原因究明と、その解決法に関する研究を重ねて参りました。
 なお、本研究成果は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業の研究費を用いて、大阪大学および産総研で行われたものです。

■ 研究の成果 ■

 図1(A)は今回作製したカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの構造図です。酸化シリコン薄膜/シリコン基板上にカーボンナノチューブが形成されています。カーボンナノチューブの両端には金属電極により、電流を取り出すソース・ドレイン電極が形成されています。重要なことはカーボンナノチューブが表面に露出しておらず、窒化シリコン薄膜で表面を覆われていることです。さらにこの窒化シリコン薄膜の上に、カーボンナノチューブの中を流れる電流を増やしたり減らしたり制御することができるトップゲート電極が形成されています。またシリコン基板の裏側には、同様に電流を制御するバックゲートが形成されています。図1(B)は本研究で作成したカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの顕微鏡写真です。各金属電極がみえますが、カーボンナノチューブはゲート電極の下側にあり、この写真では見えません。ゲート電極形成前の電子顕微鏡でカーボンナノチューブを観察したものが図1(C)です。電極間にカーボンナノチューブがあるのがわかります。

 今回の成果の重要なポイントを図2に示します。従来カーボンナノチューブ素子を作製すると、図2(A)に示すようにカーボンナノチューブ表面には大気中の水、酸素のほかに、作製プロセス中に付着したレジスト残渣が多く付着しています。これらの不純物がカーボンナノチューブから電子を奪ったり、与えたりするために、カーボンナノチューブトランジスタの電流が時間で大きく変動したり、電圧を印加する際に大きなヒステリシスを生じてしまっていました。従来はこの水、酸素を除去することには注意が払われていましたが、フォトレジストを完全に除去することは不可能でした。本研究開発では図2(B)に示すように水、酸素、フォトレジスト等すべてがカーボンナノチューブ表面に全く付着しない作製プロセスを開発し、さらに図2(C)に示すようにカーボンナノチューブ表面を保護膜で覆う構造を形成しました。これにより、カーボンナノチューブの表面は汚染から完全に保護される状態になりました。

 このようにして作製したカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの電流の時間変動を示したのが図3です。これを見ますと従来の手法で作製したカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの電流は時間の経過にしたがって20%も変動していることがわかります。これに対して、本研究で開発した作製プロセスを、用いて作製したカーボンナノチューブ電界効果トランジスタの電流は時間に対してほとんど変動しないことがわかります。変動率を算出しますと0.01%と従来のものと比較して1000倍以上安定な動作をしていることがわかります。
 また電圧に対する変動を示したものが図4です。従来のものは電圧を-5Vから+5Vまで増加させ、再び+5Vから-5Vまで減少させると、電流は同じ経路をたどらず異なった経路をたどり、2~3Vという大きなヒステリシス特性を示します。ところが新技術で作製したトランジスタは同様な電圧を印加しても、電流は全く同じ経路をとり、ヒステリシス特性はありません。この様に完全にヒステリシス特性を制御することに成功しました。

 以上のように、カーボンナノチューブトランジスタの時間および電圧に対する不安定性を除去することに成功しました。これによりカーボンナノチューブトランジスタの信頼性が大きく向上し、この技術は将来の様々なナノエレクトロニクスデバイスへの応用に結びつくものと考えられます。

■ 今後の予定 ■

 カーボンナノチューブトランジスタは、その本質的な高感度特性から、従来様々なセンサー応用、特に今後重要になるであろうと考えられるバイオセンサーへの研究開発が活発に行われてきました。ところがカーボンナノチューブトランジスタは本研究で述べたような不安定性があったために、十分な信頼性が得られませんでした。
 本研究でカーボンナノチューブトランジスタの信頼性が確実に得られたため、今後バイオセンサー応用などが活発に展開されると期待されます。


図1 カーボンナノチューブトランジスタの構造
図2 不安定性の原因
図3 電流安定性の比較
図4 ヒステリシスの特性の比較

用語説明

◆ ヒステリシス
 トランジスタ等のデバイスに電圧を加える際に、電圧を増やしていく場合と、減らしていく場合に電流が同じ値をとらない特性をヒステリシスと言う。
◆ バイオセンシング
 蛋白質や、酵素、DNAなどの生体由来の有機物を電気的あるいは光学的に検知することをバイオセンシングと総称する。

■ 本件問い合わせ先 ■

国立大学法人 大阪大学 産業科学研究所 教授 松本 和彦
  〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘8-1
  TEL:06-6879-8410  FAX: 06-6879-8414
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