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平成17年11月15日

大阪府立母子保健総合医療センター
独立行政法人科学技術振興機構
大阪市立大学
国立大学法人東北大学 加齢医学研究所

生殖細胞の減数分裂を制御する蛋白質を発見

本研究成果のポイント
 ○生殖細胞が卵子および精子になる際に行う減数分裂において、遺伝子を活性化することにより必須な働きをするタンパク質「Meisetz(マイセッツ)」を発見。
 ○Meisetz遺伝子を欠損すると減数分裂が初期段階で停止し、卵子および精子ができない。

 大阪府立母子保健総合医療センター(岡田正 総長)、大阪市立大学(金児曉嗣 学長)、独立行政法人科学技術振興機構(JST、沖村憲樹 理事長)、国立大学法人東北大学(吉本高志総長)は、哺乳動物の生殖細胞に発現するタンパク質「Meisetz」が、減数分裂の進行に必須であることを明らかにしました。大阪府立母子保健総合医療センター研究所(和田芳直 所長)病因病態部門の林克彦研究員、大阪市立大学大学院医学研究科(福島 昭治 医学研究科長)老年医科学大講座遺伝子制御学分野の吉田佳世助手、およびJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)「生物の発生・分化・再生」研究領域(研究総括:堀田凱樹 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 機構長)の研究テーマ「生殖細胞の形成機構の解明とその哺乳動物への応用」(研究代表者:小林悟 岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター教授)、東北大学加齢医学研究所(帯刀益夫 所長)医用細胞資源センターの松居靖久教授による研究成果です。

 細胞内の核には、母親、父親由来の遺伝子が1セットずつ存在していますが、生殖細胞はある時期が来ると減数分裂をして、どちらか1セットの遺伝子のみを持つ細胞になり、それらがやがて精子や卵子になります(図1図2)。減数分裂の前期ではそれぞれの親由来の相同染色体(※1)がペアをつくり、一部の遺伝子の交換が起こります。その後、2回の細胞分裂により1セットの遺伝子を持つ細胞ができます。
 研究チームはMeisetzと名付けた新しいタンパク質を発見し、これが減数分裂を起こし始めた生殖細胞で発現し、減数分裂前期で相同染色体がペアを作り遺伝子を交換する過程で必須な役割を果たすことを見いだしました。またMeisetzは遺伝子を取り巻いているヒストン(※2)と呼ばれるタンパク質をメチル化することにより、遺伝子の働きを活性化する作用があることが明らかになりました(図3)。これらの結果から、ほ乳類の生殖細胞に発現するMeisetzが、精子や卵子ができるために必要な減数分裂を制御する因子であることが証明されました。
 本研究成果は、平成17年11月17日付けの英国の科学雑誌「Nature」に発表されます。

1. 背景

 生殖細胞は胎児のごく早い時期に現れ、細胞分裂を繰り返して細胞数を増やしますが、ある時期が来ると減数分裂を起こし、やがて精子か卵子に分化します(図1)。細胞の核の中には、母親と父親に由来する同じ遺伝子のセットが1セットずつ、合計2セット存在していますが、生殖細胞は減数分裂を起こすことにより、1セットの遺伝子のみを持つ精子と卵子になります(図2)。減数分裂の際には、まず母親、父親由来の相同染色体がペアを作り、一部の遺伝子が組み換えにより交換されます。この遺伝子の交換は、生物個体で起こりうる遺伝子の異常を補い合ったり、生物の多様性を生み出す上で重要な意味合いを持っています。こういった減数分裂の初期段階で起こる重要なできごとは、それらを直接引き起こす遺伝子の働きが調節されることにより制御されていると考えられますが、具体的なメカニズムは不明な点が多く残されています。
 一方、最近の研究では遺伝子を取り巻いているヒストンタンパク質が化学的な修飾を受け、メチル化されることにより、遺伝子の働き方が調節されることが報告されています(図3)。生殖細胞ではこういったヒストンの修飾の変化が見られることがわかってきており、減数分裂の制御にも関わる可能性が考えられます。

2. 研究手法と成果

 減数分裂の制御に関わる遺伝子を明らかにするために、生殖細胞が減数分裂を開始する前と後で、遺伝子の発現量を比較し、減数分裂開始直後に発現が上昇する遺伝子を単離し、新しい遺伝子としてMeisetzを同定しました。その機能を解明するためにMeisetz遺伝子を欠損したマウスを作成したところ、雄雌ともに生殖能力が失われることがわかりました。さらにこれらマウスの精巣と卵巣を詳しく調べた結果、減数分裂に入って間もない時期に起こる相同染色体の対合と組み換えが正常に起こらず減数分裂が停止し、細胞死を起こすことで、精子および卵子ができなくなることが明らかになりました(図4)
 一方、Meisetzは遺伝子をとりまくヒストンH3タンパク質の4番目のリジンをメチル化することにより遺伝子の働きを活性化することがわかりました(図5)。さらにMeisetz遺伝子を欠損したマウスの生殖細胞では、実際にこのメチル化が低下し、減数分裂に必要と思われるほかの遺伝子の発現が低下していることが明らかになりました。これらの結果から、Meisetzはヒストンのメチル化を介して、減数分裂でおこる相同染色体の対合・組換えに必要な遺伝子を活性化する働きを持っていることが証明されました。

3. 今後の期待

 生殖細胞では、ほかのヒストンのメチル化も重要な働きをしている可能性があり、本研究で新たに発見したヒストンのメチル化を介した減数分裂の制御は、今後の減数分裂のメカニズムに関する研究において、新たな方向性を与えることが期待されます。また、Meisetzと構造が類似した遺伝子はヒトにも存在しており、マウスと同様な働きをしている可能性があります。不妊症の一部は遺伝子の異常に依っていると考えられ、Meisetz遺伝子の異常も不妊症の原因になっている可能性があり、今後の不妊に関する医療研究に重要な貢献をすることが期待されます。

補足説明
図1 生殖細胞の発生・分化
図2 減数分裂の進行とMeisetzの働き
図3 ヒストンのメチル化による遺伝子の活性化
図4 Meisetz遺伝子欠損マウスにおける生殖細胞の異常
図5 Meisetzによる遺伝子の活性化
(報道担当・問い合わせ先)
(問い合わせ先)
国立大学法人東北大学
 加齢医学研究所 医用細胞資源センター
  教授   松居靖久
     TEL: 022-717-8571 FAX: 022-717-857
加齢医学研究所 研究推進委員長
  教授   小椋利彦
     TEL: 022-717-8564 FAX: 022-717-8565

独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
  課長   佐藤雅裕
     TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164