平成17年9月26日

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細胞内カルシウムチャネルの外分泌機能における役割を解明

− 2型及び3型IP3受容体の新しい生理機能を発見 −

 JST(理事長:沖村憲樹)と独立行政法人理化学研究所(理事長:野依良治)は、イノシトール3リン酸(IP3)および、その受容体である2型および3型IP3受容体が、唾液腺や膵臓などの外分泌機能(消化管への水や消化酵素の分泌)に必須の役割を果たしていることを明らかにしました。
 カルシウムは我々の骨格を支える主要元素であるのみならず、細胞内情報伝達物質としても重要な役割を果たしており、多岐にわたる生理作用を制御しています。外分泌細胞においてIP3受容体がカルシウムによる情報伝達と密接な関係があることが示唆されていましたが、3種あるIP3受容体の遺伝子(1〜3型)の内、どの型が中心的役割を担っているのか、また生理的条件下での重要性については不明でした。
 本研究では、2型および3型IP3受容体を欠損したマウスを作成し、両方の型の受容体を欠損したマウスでは唾液腺や膵臓などの外分泌機能に不全を生じ、食物の摂取や消化に障害をきたすことを明らかにしました。本成果は2型、3型IP3受容体の生理的役割を初めて明らかにしたもので、外分泌機能に関わる種々のヒトの病態(唾液/膵液/消化酵素等の分泌不全による疾病、ドライアイと言った涙腺/汗腺等の異常)の理解や予防・治療への応用など様々な医学的利用が期待されます。
 本研究は科学技術振興機構の国際共同事業「カルシウム振動プロジェクト(代表研究者:御子柴克彦、東京大学医科学研究所教授)」と理化学研究所との共同研究としてなされたものであり、米国の科学雑誌「Science」(2005年9月30日付け)に掲載されます。
論文名:「IP3 Receptor Types 2 and 3 Mediate Exocrine Secretion Underlying Energy Metabolism」


【研究成果の概要】


研究の背景

 カルシウムは我々の骨格を支える主要元素であるのみならず、細胞内情報伝達物質としても重要です。細胞内Ca2+濃度は通常、細胞外の10,000分の1程度に保たれています。細胞外から種々の刺激が加えられると、刺激に応じてCa2+が1,000〜10,000倍にも増加し、それが標的分子に働き掛けることにより多岐にわたる生理的応答(神経の興奮、筋収縮、分泌、受精、免疫応答、細胞の運動、細胞死など)が引き起こされます。

 一方、細胞内には小胞体と呼ばれる細胞内小器官(図1参照)があります。小胞体表面に存在するIP3受容体とイノシトール3リン酸(IP3)と結合することで、小胞体に貯蔵されていたCa2+を放出させるチャネルを形成することが知られており、唾液腺や膵臓などの外分泌細胞において、IP3受容体が刺激から分泌に至る情報伝達の中心的役割を担うことが示唆されていました。 外分泌とは、唾液分泌や膵臓からの消化液(膵液)の分泌を言い、私たちの体を正常に働かせる為に重要な役割を担っています。この分泌が正常に行われないと、食物からの栄養吸収が出来ません。また、唾液の分泌は消化液としての役割だけでなく、言葉を話す上でも必要です。これら外分泌の障害を引き起こす病気の一つとして遺伝性疾患であるシェーグレン症候群(唾液分泌不全)などが知られています。哺乳類では、IP3受容体は異なる遺伝子に由来する3種類の型(1型、2型、および3型)が存在しています。しかし、IP3受容体のどの型が外分泌に関連する機能を担うのか、また動物個体にとっての機能や重要性については不明であり、その解明が永らく待たれていました。

 我々はすでに、1型受容体を欠損したマウスを作製し、重篤な運動失調が発現することを明らかにしました。これに対し、2型及び3型IP3受容体のうち一方を欠損したマウスをそれぞれ作製しましたが、片方の遺伝子を欠損したマウスは何れも正常に発育し、外見上目立った異常は有りませんでした。

研究手法と成果

 そこで今回、我々は2型および3型IP3受容体のうち一方を欠損したマウスをそれぞれ作成した後、これらのマウスを交配することにより、両方の型の受容体を欠損したマウス(二重欠損マウス)を作成しました(図2参照)。
 二重欠損マウスは正常に生まれて来ますが、正常のマウスに比べ生後の体重増加が鈍く、離乳期(生後3週)を過ぎると急激に衰弱します。通常の飼育条件下では、生後4週までに全例が死亡しました。離乳期に呼応して衰弱し死亡したことから、二重欠損マウスは通常の固形餌が食べられ無いのではないかと考え、これらのマウスに練り餌(紛状の餌を水で練った流動食)を与えたところ、二重欠損マウスはその後も生存しました。
 この現象の背景に唾液分泌の有無が関与しているのではないかと考え実験を行いました。野生のマウス、サブタイプ2型受容体欠損マウス、サブタイプ3型受容体欠損マウス、二重欠損マウスの4種類を比較検討の結果、二重欠損マウスでのみ唾液がほとんど産生されていないことが判明しました(図2参照)。練り餌で二重欠損マウスの生存が可能になったのは、練り餌中に含まれる水が唾液分泌不全を補った為と考えられます。
 練り餌によって死亡が回避できたましたが、正常のマウスに比べ二重欠損マウスの体重が低い状態は変わりませんでした。練り餌の摂取量を二重欠損マウス以外のマウスと比較したところ、餌の摂取量に差がなかったことから、食欲不振の為に発育が悪い可能性は否定されました。
 一方、二重欠損マウスでは糞の量が大きく増加しており、その中の脂肪や蛋白質などの量も同じく増加していました。二重欠損マウスでは血糖値も低く、消化器系の機能不全の可能性が考えられました。そこで各臓器を詳しく観察したところ、膵臓外分泌細胞において消化器官中に分泌される前の消化酵素が「酵素顆粒」と呼ばれる構造体のまま、二重欠損マウスで異常に充満していました。
 この結果は、消化酵素の正常な分泌が行われていないことを示唆するものです。実際に膵臓からの消化酵素の分泌能を調べたところ、二重欠損マウスにおいてのみ、刺激による消化酵素の分泌が起きていないことが示されました。
 二重欠損マウスでは、これらの外分泌機能の不全により食物の消化が阻害され、それによって栄養の吸収が充分に行われずに成長の阻害が起きたものと考えられます。
 唾液や消化酵素の分泌は、分泌細胞である腺房細胞の細胞内Ca2+濃度の上昇により引き起こされることが知られていましたので、唾液腺や膵臓から単離した細胞を用いたCa2+濃度の空間的分布、時間的変化のイメージングを行ったところ、二重欠損マウスでのみ、刺激に応じた充分な細胞内Ca2+濃度の上昇が見られませんでした。
 これらの結果から、正常マウスの唾液腺や膵臓では2型および3型IP3受容体によるCa2+放出機能が、
1 刺激から外分泌に至る情報伝達の中心的役割を果たしていること、
また、
2 それにより動物の正常な発育が担われていること
が明確に示されました。細胞内のカルシウムは外側からの流入と小胞体からの放出により供給され、細胞内カルシウム濃度を調節することは可能です。今回の発見で重要なことは、細胞内の小胞体からのカルシウム放出のみが本質的機能を持つことを証明したことにあります。

今後の展開

 今回の発見は次の様な二つの応用に道を拓きます。
 第1は、外分泌障害を引き起こす2型及び3型IP3受容体二重欠損マウスは、ヒトの自己免疫疾患であるシェーグレン症候群(唾液分泌不全)や、消化不良による栄養失調等、外分泌疾患のモデル動物として有用であると考えられることです。モデル動物を用いて外分泌疾患のメカニズムを明らかにすることにより、病気の予防が可能となります。
 第2は、外分泌機能やそれらの細胞でのCa2+濃度の調整不良に伴う疾病の治療薬の開発と言う観点です。2型および3型IP3受容体を標的とした薬剤の開発により、食物の消化調節による肥満の抑制、トリプシノーゲン活性化抑制による急性膵炎等の治療など、様々な医学的応用が期待されます。
 さらに、2型及び3型IP3受容体が汗腺や涙腺など唾液腺や膵臓以外の外分泌腺、あるいは脳など外分泌腺以外の組織で重要な機能を担っている可能性があり、それらについても総合的に解析を進めて行く計画です。

【用語補足】
図1:外分泌における情報伝達機構
図2: 本研究で作成したIP3受容体ノックアウトマウス

【論文名】

Science
“IP3 Receptor Types 2 and 3 Mediate Exocrine Secretion Underlying Energy Metabolism”
doi :10.1126/science.1114110

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究 国際共同研究事業(ICORP)
研究プロジェクト名: カルシウム振動プロジェクト
代表研究者: 御子柴 克彦
研究実施期間: 平成13年1月〜平成17年12月

【問い合わせ先】

東京大学医科学研究所 教授
独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター グループディレクター
御子柴 克彦(みこしば かつひこ)
TEL: 03-5449-5316
FAX: 03-5449-5420
E-mail:

独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部特別プロジェクト推進室 調査役
黒木 敏高(くろき としたか)
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FAX: 048-226-5703
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