平成17年6月17日
独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

ニューロン(神経細胞)を支えるグリア細胞の成長に必須なタンパク質を発見

−タンパク質「DNER」が細胞分化のスイッチに作用−


本研究成果のポイント
○神経回路形成に必要な周りの細胞(グリア細胞)の成長を促すタンパク質「DNER(ディナー)」の発見
○DNERの発現を抑えると小脳神経回路の発達が遅れる
○神経回路を構成する多様な細胞を成熟させる新技術の開発、再生医療への応用が期待

 独立行政法人理化学研究所(理研、野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST、沖村憲樹理事長)は、ほ乳動物脳のニューロン(神経細胞)に発現する膜タンパク質「DNER」が、神経回路の機能を補助するグリア細胞の成長に必須なタンパク質である事を明らかにしました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)神経細胞極性研究チームの見学美根子(けんがくみねこ)チームリーダー、永樂元次(えいらくもとつぐ)研究員らの研究成果です。本研究は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)「生物の発生・分化・再生」研究領域(研究総括:堀田凱樹 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 機構長)の研究テーマ「単一細胞レベルのパターン形成:細胞極性の制御機構の解明」(研究代表者:上村匡 京都大学大学院生命科学研究科教授)の一環として行われました。
 脳の神経ネットワークは、無数のニューロンが連結して成り立っていますが、脳内にはニューロンより圧倒的多数のグリア細胞(※1)が存在し、ニューロンの生存と活動を支えています。これまでの研究では、脳の発生過程においてニューロンとグリア細胞は同じ神経幹細胞(※2)から誕生して互いの分化を制御し合い、その過程で「Notchシグナル(※3)」と呼ばれるタンパク質の連鎖的化学反応の機能が必須であることが知られています。
 研究チームは、DNER(※4)と呼ばれるタンパク質が小脳(※5)の主要なニューロンに強く発現し、小脳神経回路の維持と活動に不可欠なグリア細胞のNotchシグナルを活性化して、その形態分化を約2倍促進することを見出しました。さらにDNERの発現を抑えたマウスでは、グリア細胞の形成不全により小脳神経回路の発達が著しく遅れることを明らかにしました。これらの結果から、ほ乳動物のニューロンに発現するDNERが、神経回路形成に必要な周囲のグリアの分化を制御するシグナル分子であることが証明されました。
 DNERは、脊椎動物の脳神経系ニューロンで特異的に発現しており、脊椎動物の複雑な脳神経回路の発達に貢献してきた可能性があります。DNER機能の発見は、神経回路を構成する多様な細胞を成熟させる新技術の開発、再生医療への応用につながると期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Neuroscience』のオンライン版(6月19日付け:日本時間6月20日)に掲載されます。

1.背 景
 脳神経回路は、突起を伸ばして連結し合うニューロン(神経細胞)の電気信号の送受信により機能しますが、脳にはニューロンだけでなく、ニューロンより数〜十数倍の数のグリア細胞(※1)が存在しています。グリア細胞は、ニューロンの周りをグリア突起で被い、脳組織構築の支柱形成、ニューロンへの栄養供給、ニューロン間の信号伝達の補助などを行って、ニューロンの機能と生存を支えています(図1)。両者は発生中も密接に関係し、共通の幹細胞から誕生して互いの分化と成長を制御し合い、緻密な神経のネットワークを形成していきます。
 最近の研究では、神経幹細胞からのニューロンとグリアの分化に、Notchシグナル(※3)が重要な役割を果たすことが明らかになってきました。動物の生体や試験管内の神経幹細胞でNotchシグナルと呼ばれるタンパク質間の化学反応の伝達経路を活性化すると、ニューロンの分化が抑えられアストロサイトと呼ばれるグリア細胞の一種が過剰に分化します。逆にNotchシグナルを抑えるとニューロンが過剰に誕生することから、Notchシグナルは幹細胞からニューロンへの分化を抑え、アストロサイト(グリア細胞)の分化を促進すると考えられています(図2)。しかしNotchシグナルは、あらゆる組織の発生に不可欠であり、Notchシグナルの働きに関係する遺伝子を欠損させたノックアウト動物は、発生の初期に死に至るため、神経回路形成に実際にどのような機能を果たしているかは不明な点が多く残されています。
 これまでに研究グループは、分化した脳神経系ニューロンに特異的に発現するDNER遺伝子とそれにコードされる膜タンパク質を発見しています。分子構造と発現からDNERは、ニューロンと周囲の細胞との相互作用を通じて神経回路形成に関わるシグナル分子であることが推定されたため、DNERが関与するシグナルの実体と機能を解析することにしました。

2.研究手法と成果

 アミノ酸配列の解析で、DNERの構造にNotchシグナルの働きを活性化する基質タンパク質と類似点が認められたため、培養細胞を用いてDNERとNotchの相互作用の有無を検証しました。遺伝子操作によりDNER・Notchそれぞれを発現させた細胞を接触させると、両分子間で結合が起こり、Notchシグナルが活性化することが示され、DNERがNotchシグナルの基質として作用しうることが明らかになりました(図3)
 実際に生体内で両者が結合しうるのか、発現分布を詳細に比較したところ、回路形成期の小脳で密接に相互作用する細胞で発現していました。DNERを発現する小脳の主要なニューロンであるプルキンエ細胞は、Notchを発現するバーグマングリアと呼ばれるグリア細胞の突起に覆われています(図4左)。プルキンエ細胞の形態分化と機能発現には接触するバーグマングリアの支持が不可欠です。両細胞間でのDNER - Notchシグナルの生理的意義を検討するため、幼若マウスの小脳から未熟なバーグマングリアを採取してDNER存在下及び非存在下で培養しました。その結果、DNER存在下でバーグマングリアの突起が、DNERが非存在下の場合と比較して約2倍伸長する事が明らかになりました(図4右)。またこのDNERの効果は、バーグマングリアをNotchシグナルを抑制する薬剤で処理するか、Notchシグナルの活性化を阻害する突然変異分子を細胞内に強制的に発現させると消失しました。
 さらに、DNERの発現を抑えたマウスの小脳の形態を詳細に観察しましたところ、バーグマングリア突起に形成不全が見られ、小脳神経回路の発達が著しく遅れていることがわかりました。これらの結果から、DNERがNotchシグナルを活性化してほ乳動物の脳で特異的に細胞分化を誘導し、ニューロンの機能に不可欠なグリアの成長を促す働きを持っている事が証明されました(図5)

3.今後の期待
 DNERは、魚類以上の脊椎動物の脳で、神経回路形成期の各種ニューロンに強く発現しており、小脳のみでなく広く脳神経系細胞の分化を調節し、脊椎動物の複雑な脳神経回路網の発達と進化に貢献してきた可能性があります。再生医療の分野では、疾病などにより脱落したニューロンを、試験管内で神経幹細胞から分化させ移植することが計画されています。しかしながら脳の正常な機能の回復には、複数種の細胞を含む神経回路を再構成させることが必要であり、今後の課題になってくると考えられます。本研究で新たに発見した神経系細胞分化の制御因子は、今後の脳再生医療研究にひとつの方向性を与えるものと期待されます。


■補足説明
■(図1)グリア細胞の種類と機能
■(図2)神経幹細胞分化におけるNotchシグナルの役割
■(図3)DNERの構造とNotchシグナルの基質としての作用
■(図4)DNER欠損マウスにおけるバーグマングリア形成不全
■(図5)小脳発生におけるDNERの役割


(報道担当・問い合わせ先)
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