平成17年5月24日
独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

生物多様化の仕組みを応用した迅速で自在な抗体作製法を開発

− がん・トリインフルエンザなどの治療・診断薬の迅速開発手段を提供 −


◇ポイント◇
・生物の多様性を生み出す性の仕組みを応用して、試験管内で抗体遺伝子の多様性を高める事に成功。
・医療分野などに利用価値の高いモノクローナル抗体を迅速に作製する手法(ADLib法)を開発。
・実験動物を用いずに、少量の抗原を用いて、これまで不可能だった抗体のデザインも可能に。

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、独立行政法人科学技術振興機構(JST,沖村憲樹理事長)、および財団法人埼玉県中小企業振興公社(小坂孝理事長)は、生物の多様性を生み出す性の仕組みを応用して、医薬品等に用いられる抗体を1週間程度で実験動物を用いずに作製する新技術を開発しました。本研究はJST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)、JSTと埼玉県の地域結集型共同研究事業の一環で実施されました。理研中央研究所(茅幸二所長)遺伝ダイナミクス研究ユニットの瀬尾秀宗客員研究員と太田邦史ユニットリーダー、柴田上席研究員研究室の柴田武彦上席研究員らのグループによる成果です。
 抗体は、生体が病原体の感染を受けたときに獲得される免疫の中心的な役割を担うタンパク質です。病原体などには無数の種類があり、それぞれに対して専用の抗体が用意されるため抗体遺伝子も無数に必要です。この多様性は生物の多様性を生み出す性の仕組みにも見られるDNA再編成(切りつなぎ反応)によって獲得されます(利根川進博士がこの発見でノーベル賞受賞)。また、抗体は体が作り出す自然の医薬品(例:ワクチンは弱い病原体を体に注射して抗体を事前に体内に作って病気への抵抗力を持たせるものです)で、抗ガン剤などの医薬品にも利用されています。しかし、病原体などの抗原を実験動物に注射後、数ヶ月経過しないと良い抗体はできませんし、注射すると動物が死んでしまう病原体毒素や、異物として認識されにくい種間で保存された因子に対しては良質な抗体が得にくい、と言う問題がありました。
 本研究では、ニワトリ由来の免疫細胞を用いて、試験管内で抗体遺伝子のDNA再編成を促進する事に成功し、この現象を利用してわずか1週間程度でモノクローナル抗体※1(1種類の抗体だけで構成される純粋な抗体)を作製する手法(ADLib法)を開発しました。ADLib法では、抗原量も低減でき、従来作製が難しかった抗体も作製が可能になります。
 本研究の成果は、医学生物学での利用価値の高いモノクローナル抗体を迅速に供給する日本発の画期的な新手法を提供するもので、新世代の抗がん剤の開発、トリインフルエンザなど新興感染症やバイオテロの影響拡大阻止などへの、社会的に重要な分野への早期の展開が期待されます。本研究成果は、『Nature Biotechnology』電子版5月29日号(日本時間30日付け)に掲載されます。

1.背 景
 人間などの高等脊椎動物の体には、体外から侵入する細菌・ウイルスなどの病原体や、危険物質、がん細胞などの異物から生命を守るために獲得免疫系が存在しています。獲得免疫系の主要なプレイヤーの一つに、Bリンパ球が産生する抗体があります(図1)。これは、免疫グロブリン※2というタンパク質が実体であり、特異的に異物を認識・結合して活性を中和したり、他の免疫細胞の捕食を誘導したりして異物の排除を行います。無数の異物を認識するために、抗体の一部(可変領域)をコードする遺伝子では、DNAレベルでの再編成が起き、多様な抗体遺伝子配列を持つBリンパ球の集団が生じます(この発見により、利根川進博士がノーベル賞受賞)。このDNA再編成を通じた遺伝子多様化の仕組みは、生物が子孫の遺伝子を多様化しつつ、環境変動に適応して生き残ろうとする性の過程にも見られるものです。また、それぞれのBリンパ球細胞からは必ず一種類の免疫グロブリンが産生されると言う原則があります。
 モノクローナル抗体はこの性質を用いて細胞工学的に得られる抗体であり、特定の抗原に対する決まった結合性(特異性)を有し、細胞培養技術を用いて大量に合成できる特質を持ちます。そのため、モノクローナル抗体は狙った通りの効果を得やすく、反応医学生物学の研究用試薬や、診断薬に重用されています。また、最近では乳ガンの治療薬ハーセプチンなどの抗ガン剤や、リウマチなどの免疫疾患の治療薬などの抗体医薬※3に世界的に大きな注目が集まっています。2002年の米国における臨床試験中のバイオテクノロジー医薬品371種類のうち、77種類が抗体医薬品であり、現在もその傾向は増大中です。また、抗体医薬の市場は急速に拡大しており、2010年の米国の市場規模は約5兆円規模にもなるとの予想があります。
 しかし、モノクローナル抗体作製は実験動物に免疫して抗体を得るまでに時間がかかり、最低10週間程度、通常は4−6ヶ月程度の作製期間が必要です。また、当初は実験動物に注射して免疫感作するので、異物として認識されにくい生物種間で保存されたタンパク質、糖鎖、病原体、毒素、立体構造の変質が起きやすい膜タンパク質などの中には、抗体作製が大変困難なものが存在します。これらを解決する手段として、実験動物を使わない生体外抗体作製法が提唱され、その一つとしてファージディスプレイ法※4などが開発されましたが、完全な形を持つ抗体を得るまでには組換えDNAなどの操作を経る必要もあり、より理想的な生体外抗体作製法の登場が待望されていました。

2.研究の手法

 ヒトやネズミでは利根川博士が見出したV(D)J組換えによって抗体遺伝子が多様化しますが、ニワトリやウサギなどの抗体遺伝子多様化は遺伝子変換という相同DNA組換えの一種によってもたらされる事が明らかになっています(図2)。また、当研究グループでは、性の過程で見られる遺伝子の多様化が、クロマチン構造(染色体DNAがヒストンなどのタンパク質と結びついてできる構造体)の変化によって制御されていることを明らかにしてきました。
本研究では、性の過程における遺伝子多様化の仕組みを応用して、ニワトリBリンパ球細胞由来の培養細胞株DT40※5の抗体遺伝子座における遺伝子変換を活性化し、それによって得られた多様化細胞ライブラリーから、抗原を固定した磁気ビーズを用いて、抗原特異的に結合性を示すモノクローナル抗体を産生する細胞クローンの分離を試みました。
 性の過程における遺伝子多様化では、染色体の一部でクロマチン※6を構成するヒストンのアセチル化を通じてクロマチンがゆるみ、DNAが露出した状況が生まれ、その場所でDNA再編成が活性化されることをこれまでに明らかにしてきました。そこでまず、クロマチンを弛緩する働きを持つ薬剤トリコスタチンA(TSA) ※7でDT40細胞を処理し、抗体遺伝子におけるDNA再編成の頻度を測定しました。DNA再編成の頻度は、細胞表面に提示される抗体(IgM)の有無を蛍光細胞分取解析装置(FACS)で測定する事で調べることができます。
 次に、多様化した抗体遺伝子座を持つ細胞集団から、狙った抗原を固定した磁気ビーズを用いて、その抗原に結合する抗体を産生し、細胞表面に提示しているDT40細胞クローンを単離しました。引き続きこの細胞クローンを培養し、細胞表面の抗体の性質や、培養上清に分泌された抗体(IgM)の結合特異性や、抗原との結合の強さ(Kd)などの生化学的性質を、酵素免疫抗体法(ELISA)や表面プラズモン共鳴解析機(BiaCore)などを用いて決定しました。

3.研究成果
 まず、DT40細胞をTSAで処理する事により、ニワトリ抗体遺伝子座のヒストン・アセチル化レベルや、抗体可変領域の遺伝子配列の多様性が著しく増大する事を確認しました(図3)。この結果は、TSA処理によって多様な抗体遺伝子を持つ細胞集団・ライブラリーが自動的に生成された事を意味します。そこで、このライブラリーをAutonomously Diversifying Library(自立多様化ライブラリー)の頭文字を取ってADLibと呼ぶ事にしました。
 次に、このライブラリーから、特定のタンパク質抗原を固定した磁気ビーズを用いて、抗原に特異的に反応する抗体を産生するクローンをつり上げる実験を行いました(図4)。その結果、ウサギやヒトの免疫グロブリンタンパク質に特異的に結合するモノクローナル抗体が、1週間という短期間で入手できる事が明らかになりました(図5)。また、ライブラリーから選択してきた細胞クローンの中には、どのような抗原にもベタベタと非特異的に結合する抗体が産生されるものが存在していました。そこで、目的抗原を固定した測定プレートと全く無関係の対照抗原を固定した測定プレートを用いて同時に結合価を測定し、目的抗原にのみ選択的に結合する抗体産生クローンを選択する事で、効率的に特異的なモノクローナル抗体を入手する事ができました。また、上記の技術全体をさして、ADLib法と呼ぶ事にしました。

4.今後の展開
 今回理研が開発したADLib法では、生物学・医科学やプロテオミクス研究に欠く事のできないツールであるモノクローナル抗体を、1μg未満の抗原から最短1週間で作製する事ができます(図6)。この手法により、抗体試薬や抗体診断薬・抗体医薬品の開発期間が大幅に短縮できるほか、従来は抗体作製が困難であった抗原でもモノクローナル抗体を作製する事ができるようになります。これにより、プロテオミクスなどの基礎研究の著しい進展が見られたり、これまでにない新しい作用を持った抗体医薬品開発に発展したりする可能性があります(図7)
 また、抗体作製期間が大変短いので、トリインフルエンザやSARSなどの新興感染症の登場や、バイオテロなどに際し、診断薬や中和抗体を迅速に作製・供給して急速な拡大を阻止するなど、安全・安心な社会の構築に寄与する事ができるものと期待されます。

 なお、本研究はJSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ) 「ゲノムの構造と機能」研究領域(研究総括:大石道夫(財)かずさDNA研究所 所長)および、JSTと埼玉県による地域結集型共同研究事業「高速分子進化による高機能バイオ分子の創出」(事業総括:大関正弘 前日本薬学会常任理事)等の助成により実施され、本研究成果の実用化のために、理研ベンチャー制度を利用して潟Jイオム・バイオサイエンス(藤原正明社長)が2005年2月に設立されています。


■補足説明
■ 図 1
■ 図 2
■ 図 3
■ 図 4
■ 図 5
■ 図 6
■ 図 7


(問い合わせ先)
 独立行政法人理化学研究所 中央研究所
遺伝ダイナミクス研究ユニット

ユニットリーダー太田 邦史

TEL: 048-467-9538FAX: 048-462-4671
(戦略的創造研究推進事業について)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課


佐藤 雅裕

TEL:048-226-5635FAX:048-226-1164
(地域結集型共同研究事業について)
 独立行政法人科学技術振興機構
 産学連携事業本部 地域事業推進部 地域支援課


水野  充

TEL:03-5214-8448FAX:03-5214-8487
(報道担当)
独立行政法人理化学研究所

広報室駒井 秀宏

TEL: 048-467-9272FAX: 048-462-4715
独立行政法人科学技術振興機構

総務部広報室阿部  学

TEL:03-5214-8404FAX:03-5214-8432