平成17年 2月21日

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男性不妊症の原因に迫る

~小さなリングの大きな役割~

 JST(理事長 沖村 憲樹)は、細胞骨格蛋白質の一つであるセプチンを欠損するマウスを作成し、これが精子無力症による雄性不妊となることを見いだした。また男性不妊症患者の精液をスクリーニングしたところ、精子無力症患者の約2割でセプチンを主成分とするリング構造(セプチンリング)が欠失しており、セプチン蛋白質の自己集合性の医学的意義も本研究で示した。将来はセプチンリングを精子無力症の臨床検査マーカーの一つとして利用することが期待される。
 この研究成果はJST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「生体分子の形と機能」研究領域(研究総括:郷 信広)における研究テーマ「極低温電子線断層法によるセプチン系超分子構造体の解析」の研究者 木下 専(京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構 特任助教授)及び、京都大学ウイルス研究所山田秀一助手、同医学部付属病院泌尿器科小川修教授、大阪大学微生物病研究所西宗義武特任教授らの共同によるもので、2月28日発行(米国東部時間)の米国科学誌「Developmental Cell誌(3月号)」に発表される(1)

論文名
“Cortical Organization by the Septin Cytoskeleton Is Essential for Structural and Mechanical Integrity of Mammalian Spermatozoa”
(セプチン細胞骨格による細胞膜直下の形成は哺乳類精子の構造と運動に不可欠である)
doi :10.1016/j.devcel.2004.12.005

<研究成果の概要>

 わが国のカップル8~10組に1組は不妊であり、そのうち約半数が男性側の原因とされています。男性不妊症は、精子の数が少ない乏精子症と鞭毛運動が少ない精子無力症とに大別できます。男性不妊症の約3割は精子無力症によるものとされていますが、その発症機構は不明であることがほとんどです。木下助教授らは、細胞骨格蛋白質の一つであるセプチンSept4を欠損するマウスを作成し、これが精子無力症による雄性不妊となることを見いだしました。電子顕微鏡による解析により、Sept4欠損マウスでは精子の鞭毛内にあるべき直径0.5~0.6μm(マイクロメートル)のリング構造が欠失するために、鞭毛がその部分で折れてしまうことがわかりました。同助教授は、セプチン蛋白質が試験管内で自己集合して直径0.5~0.6μmのリングを形成する性質を持つことをハーバード大学留学中の2002年に同誌に発表しています(2)。本研究では、精子鞭毛内にあるリングがセプチンを主成分とする構造体であり、これが失われると脆弱となるだけでなく運動性も失うことを示しました。さらに、ヒトの正常精子にも「セプチンリング」が存在することを確認したうえで、男性不妊症患者の精液をスクリーニングしたところ、精子無力症患者の約2割で「セプチンリング」が欠失していました。すなわち、精子鞭毛運動の必要条件としての「セプチンリング」の医学的意義も本研究で示されました。現在、精子無力症の臨床検査マーカーとしての「セプチンリング」の有用性に関して、症例数を増やして検証を行っています。また、これと並行してユニークな環状集合性を持つセプチン蛋白質の構造解析も行っています。

(1) Ihara, M., Kinoshita, A., Yamada, S., Tanaka, H., Tanigaki, A., Kitano, A., Goto, M., Okubo, K., Nishiyama, H., Ogawa, O., Takahashi, C., Itohara, S., Nishimune, Y., Noda, M., Kinoshita, M. (2005). Cortical organization by the septin cytoskeleton is essential for structural and mechanical integrity of mammalian spermatozoa. Developmental Cell 8, 1-10.

(2) Kinoshita, M., Field, C.M., Coughlin, M.L., Straight, A.F., and Mitchison, T.J. (2002). Self- and actin-templated assembly of mammalian septins. Developmental Cell 3, 791-802.

<研究内容の詳細>

1)酵母のセプチンリングのような典型的な環状セプチン高次構造体は高等動物では知られておらず、セプチン高次構造の重要性も培養細胞以外では確立していなかった。そこで、高等動物におけるセプチン系の生理的意義を探索・検証するために、セプチンサブユニットの一つであるSept4を欠損するマウスを作成した。Sept4欠損マウスに見られた複数の異常形質のうち、最も顕著な雄性不妊に焦点を絞り、その原因となる精子無力症(構造脆弱性と低運動能)の分子機構を解析した。哺乳類の精子には外径約0.5-0.6μmの高電子密度の構造物(輪状小体、annulus)が存在することが知られていたが、その構成成分や存在意義は不明であった。蛍光抗体法と電子線解析により、1)複数のセプチンサブユニット(Sept1/4/6/7)が輪状小体に集積すること、2)Sept4欠損マウス精子が輪状小体を欠くこと、3)ヒト精子無力症患者の一部において、精子が輪状小体を欠くことを見出した。本研究およびこれに先立つ一連の研究(後述)により、高等動物におけるセプチンリングの存在と、医学・生物学的意義が確立された。


 2)上記研究に先立って、3種類のセプチンサブユニットが等モル比で数個~数十個ずつ重合した複合体の再構成に成功していた。この再構成セプチン複合体は不規則な形状のフィラメントで、独特の自己集合性を持ち、安定かつ曲率一定の環状高次構造体を試験管内で形成することを示した (木下ら、Developmental Cell 2002)。精子輪状小体の形状と外径がこの再構成セプチンリングと類似していること、輪状小体の構成成分がセプチン以外に知られていないことなどからも、輪状小体がセプチンリングであることが裏付けられた。これ以外に、脳・神経系にもリング状およびその他の形状のセプチン集合体が無数に見つかり、現在その役割を解析している。また、セプチン蛋白質がこのように自己集合するための構造的基盤の解析も行っている。

<研究の背景>

 GTPaseスーパーファミリーに属するセプチンは酵母の分裂と極性維持に不可欠な一群の細胞骨格蛋白質として発見された。ヒトやマウスのセプチン細胞骨格系はSept1-12遺伝子産物からなるヘテロ多量体フィラメントを機能単位とし、その高次集合性と関連分子との相互作用によって多様な役割を果たす。これまでに収縮輪やストレス線維などのアクチン構造(6, 7)、小胞分泌・膜融合機構(2)、染色体分配機構(3)などの支持装置として、また細胞膜上で流動する膜蛋白質の拡散障壁(4)として、細胞膜近傍の微細形態の形成・維持・変換を行うことが判明しつつあるが、セプチン系にはまだ解明されていない機能が多いと考えられる。特に神経系においてはセプチンファミリーの全てが発現し、シナプス前膜直下、シナプス小胞周囲、グリア細胞突起末端などに局在するが、機能的重複のためにノックアウトマウスを用いた解析は難しい。しかし最近ようやくSept4遺伝子が神経・グリア回路網の構築と高次脳機能に重要であることが判明した(1)。また、パーキンソン病や類縁の神経変性疾患では脂質運搬蛋白質 -シヌクレインが線維化・不溶化して封入体(レビー小体)を形成するが、その過程でSept4サブユニットが -シヌクレインの凝集を促進することがわかった(5)。そこで我々はSept4サブユニットに焦点を絞り、その生理機能と病的凝集の意義を個体レベルで解析している。さらに、その構造的基盤を明らかにするためにSept4サブユニットのX線結晶構造解析やセプチン系複合超分子構造体の電子線解析も行っている。

(1)The septin cytoskeleton in astroglia is essential for development and plasticity of the central nervous system. submitted.
(2) Premature and calcium-insensitive acrosome reaction in spermatozoa lacking the septin cytoskeleton. in preparation.
(3)Spiliotis ET, Kinoshita M, Nelson WJ. A mitotic septin scaffold required for mammalian chromosome congression and segregation. Science in press.
(4)Ihara M, Kinoshita A, Yamada S, Tanaka H, Tanigaki A, Kitano A, Goto M, Okubo K, Nishiyama H, Ogawa O, Takahashi C, Itohara S, Nishimune Y, Noda M, Kinoshita M. Cortical organization by the septin cytoskeleton is essential for structural and mechanical integrity of mammalian spermatozoa. Developmental Cell 8, 1-10, 2005.
(5)Ihara M, Tomimoto H, Kitayama H, Morioka Y, Akiguchi I, Shibasaki H, Noda M, Kinoshita M. Association of the cytoskeletal GTP-binding protein Sept4/H5 with cytoplasmic inclusions found in Parkinson's disease and other synucleinopathies. Journal of Biological Chemistry 278, 24095-24102, 2003.
(6)Kinoshita M, Field CM, Coughlin ML, Straight AF, Mitchison TJ. Self- and actin-templated assembly of mammalian septins. Developmental Cell 3, 791-802, 2002.
(7)Kinoshita M, Kumar S, Mizoguchi A, Ide C, Kinoshita A, Haraguchi T, Hiraoka Y, Noda M. Nedd5, a mammalian septin, is a novel cytoskeletal component interacting with actin-based structures. Genes & Development 11: 1535 -1547, 1997.

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本件に関する問い合わせ先

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1. 京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構
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2. 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業個人研究者
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