平成17年 1月20日

独立行政法人科学技術振興機構
独立行政法人理化学研究所

細胞内のタンパク質輸送過程を人工的に再現し、
タンパク質を正確に運ぶメカニズムを解明

 独立行政法人科学技術振興機構(JST,理事長:沖村憲樹)と独立行政法人理化学研究所(理事長:野依良治)は、細胞内でタンパク質合成を行う小胞体からタンパク質が運ばれる過程を人工的に再現し、タンパク質が正確に運ばれる分子メカニズムを解明した。
 細胞内には、ゴルジ体、リソソームなどの小器官が存在し、それぞれが役割を分担している。小胞体は各小器官の部品となるタンパク質や、細胞の外に分泌されるタンパク質を合成する小器官であり、つくられたタンパク質は、小さな膜の袋(輸送小胞)に取り込まれて運ばれる。このときSar1と呼ばれるタンパク質が、GTP(グアノシン三リン酸)とよばれるエネルギーを消費しながら輸送小胞の形成を制御していることは知られていたものの、この分子メカニズムは解明されていなかった。
 今回、酵母細胞から抽出したタンパク質輸送に必要な成分とGTPを、人工的に再現した小胞体に加えることにより、輸送小胞にタンパク質が取り込まれる過程を試験管内で人工的に再現する方法を開発して解析を行った。その結果、輸送小胞にタンパク質が取り込まれる際に、Sar1はGTPのエネルギーを使って、異常なタンパク質を輸送小胞から排除する「監視役」を担っていることが解った。小胞体からのタンパク質輸送メカニズムは、酵母からヒトに至るまでほぼ同じと考えられていることから、今回の成果は、小胞体からのタンパク質輸送の障害が原因とされている疾患の発症メカニズムや治療法の確立に大きく貢献できると考えられる。また、この研究で開発した、輸送小胞を人工的に作らせる技術を応用することによって、細胞内の特定の場所に薬物を送達することが可能になると考えられる。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「生体分子の形と機能」研究領域における研究テーマ「タンパク質選別輸送装置の人工膜小胞への再構成」の研究者・佐藤健(理化学研究所・中央研究所中野生体膜研究室研究員)と、理化学研究所・中央研究所中野生体膜研究室主任研究員(兼務:東京大学大学院理学系研究科教授)の中野明彦の共同研究によるもので、米国科学誌「ネイチャー・ストラクチュラル&モレキュラー・バイオロジー」(1月23日付)電子版に掲載される。

【研究成果の概要】

■研究の背景

 酵母からヒトに至るあらゆる真核生物の細胞内には、膜で囲まれた小器官が存在しており、例えば、核(遺伝情報の保持)、ミトコンドリア(エネルギー生産)、ゴルジ体(タンパク質加工)、リソソーム(老廃物処理)等、それぞれが独自の役割を担って生命を維持している。これらの小器官のうち、小胞体は各小器官の部品となるタンパク質や、細胞の外に分泌されるタンパク質を生産する工場として知られている。つくられたタンパク質は、「輸送小胞」とよばれる直径が50ナノメートルほどの小さな膜の袋につめ込まれて、各小器官や細胞外へと運ばれていく(図1)。小胞体から運ばれるタンパク質には「目印」がついており、この目印にコートタンパク質と呼ばれるタンパク質が結合して「殻」を形成することによって輸送小胞が形成される。このときに、Sar1と呼ばれるタンパク質がグアノシン三リン酸(GTP)の加水分解によるエネルギーを消費しながらコートタンパク質の集合を調節することによって、輸送小胞の形成を制御しているということが示唆されていたものの、その詳細なメカニズムは不明であった。
 そこで佐藤研究者らは、研究材料として発酵食品などを通じて古くから人類と密接に関わってきている酵母を用いてこの解明を目指した。酵母は小さいながらヒトと同じ小器官を備えており、また、実験材料として取り扱いが容易な上、遺伝子工学、タンパク質工学の技術を用いることができるため、研究材料として広く使われている。細胞内のタンパク質輸送のメカニズムについても、酵母からヒトに至るまでほぼ同じメカニズムであると考えられている。

■研究の経緯および成果の概要

 細胞内小器官の働きを調べる方法の一つとして、すりつぶした細胞から目的の小器官を取り出してきて解析を行うのが一般的である。ところが、小胞体からのタンパク質輸送のメカニズムを調べるのに、細胞から小胞体を取り出してきて、輸送小胞が形成されるときのSar1のGTP加水分解の様子を調べようとしても、小胞体にはSar1以外にもGTPを加水分解しているものが多数混在しているため、従来の手法では解析に限界があった。
 そこで、運ばれるタンパク質を埋め込んだ小胞体を人工的に模倣した膜を作成し、細胞から抽出した輸送小胞を形成するのに必要最小限の因子とGTPを加えることによって、細胞内の小胞体で起こっている輸送小胞の形成反応を試験管内で人工的に再現する実験手法を開発した(図2)。この実験系では、GTPを加水分解するのはSar1のみであることから、輸送小胞が形成される過程でのSar1のエネルギー消費を直接詳細に解析することが可能である。
 この実験系を使って解析を行ったところ、輸送小胞に運ばれるタンパク質が取り込まれる際に、Sar1はGTPを加水分解することによって、合成が不完全なタンパク質や、異常なタンパク質を輸送小胞から排除する役割を果たしていることが明らかとなった(図3)
 これまで、輸送小胞形成過程におけるSar1の役割は、コートタンパク質の集合を調節しているだけと考えられていたのに対し、今回、Sar1がGTPのエネルギーを利用して不完全なタンパク質や異常なタンパク質を排除して輸送小胞に取り込むタンパク質の選別を行っているという発見は意外なものであった。

■今後期待できる成果

 タンパク質生産を行っている小胞体からのタンパク質輸送システムに障害が起こると、各小器官は必要なタンパク質の供給が受けられなくなったり、また細胞外にタンパク質が正常に分泌されなくなることによって、細胞に重篤な障害がもたらされる。このシステムの異常が原因となって引き起こされるアンダーソン病などの肝臓関連疾患も数多く知られている。
 今回の小胞体からのタンパク質輸送のメカニズムの解明によって、そういった疾患の発症メカニズムや治療法の確立に大きく貢献できると考えられる。
 また、この研究で開発した、細胞内でタンパク質を運んでいる輸送小胞を人工的に作らせる技術を酵母以外の生物に応用することによって、細胞内の特定の場所に薬物などを特異的に送達することが可能になると考えられる。

【論文名】

Nature Structural & Molecular Biology
“Dissection of COPII subunit-cargo assembly and disassembly kinetics during Sar1p-GTP hydrolysis”
(Sar1pのGTP加水分解時におけるCOPII構成因子-カーゴ間の集合と解離の詳細な解析)
doi :10.1038/nsmb893

【研究領域等】

JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「生体分子の形と機能」研究領域 (研究総括:郷 信広)
研究課題名: タンパク質選別輸送装置の人工膜小胞への再構成
研究者: 佐藤 健
研究実施場所: 独立行政法人理化学研究所
研究実施期間: 平成14年11月~平成17年度

【用語補足】

1.小胞体
真核細胞の細胞質内に網目状に広がる膜系である。微細なため通常の光学顕微鏡では見ることができない。形態は細胞の種類によって多様であり、核の外膜と連続している。膜の細胞質側表面に多数のリボソームが付着している粗面小胞体と、リボソームが全く付着していない滑面小胞体とに大別されるが、それぞれの膜同士はところどころで連続している。粗面小胞体は、肝臓、膵臓などの分泌臓器細胞に発達し、分泌タンパク質や細胞膜タンパク質などを合成している。滑面小胞体は、タンパク質以外の脂肪、リン脂質、コレステロールなどの複合脂質を合成している。
2.輸送小胞
細胞小器官から細胞小器官へとタンパク質などを包んで運ぶ直径50~100nm程度の小さな膜小胞。
3.コートタンパク質
外被タンパク質ともいう。外皮をもたないタンパク質(たとえばウィルス粒子)を保護する役割や粒子の形態を保つ役割を担う。

図1. 小胞体における輸送小胞の形成とタンパク質の取り込み
図2 小胞体における輸送小胞形成を人工的に再現
図3 Sar1のGTP加水分解によるタンパク質の選別
【問い合わせ先】

佐藤 健 (サトウ ケン)
独立行政法人理化学研究所 中央研究所 中野生体膜研究室
埼玉県和光市広沢2番1号
TEL: 048-467-9548  FAX: 048-462-4679
E-mail:

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究推進部研究第二課
埼玉県川口市本町4丁目1番8号
TEL:048-226-5641  FAX:048-226-2144
E-mail:

【報道担当】

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