平成17年 1月18日

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細胞内カルシウムチャネルのホットスポット構造を解明

- IP3受容体の開閉制御に必須な調節部位のX線結晶構造解析に成功 -

 独立行政法人 科学技術振興機構(JST,理事長 沖村憲樹)と独立行政法人 理化学研究所(理事長 野依良治)は、東京大学、トロント大学(カナダ)と共同で、細胞内カルシウムチャネルであるイノシトール三リン酸(IP3)受容体の開閉制御に必須な調節部位のX線結晶構造を明らかにしました。
 生物は細胞外からの刺激に応じて、細胞内カルシウムイオン(Ca2+)濃度を急激に変化させることによって様々な細胞内情報伝達系を動かし、受精から細胞死に至るまで多岐にわたる応答を惹起します。この細胞内Ca2+濃度調節の重要な役者であるIP3受容体について、本研究チームは今回初めてアミノ末端(用語1)ドメインの結晶構造を解明し、この部位が多数の調節タンパク質の結合を受けてチャネル開閉を制御するホットスポットであることを明らかにしました。本成果は複雑巧妙な細胞機能を惹起する分子メカニズムの解明に大きく貢献しました。
 本成果は、JST国際共同研究事業(ICORP)「カルシウム振動プロジェクト(代表研究者:御子柴克彦 理化学研究所脳科学総合研究センターグループディレクター、東京大学医科学研究所教授)」の一環として、同プロジェクトの御子柴克彦代表研究者、山崎美佳研究員、東京大学医科学研究所道川貴章助手、およびトロント大学・オンタリオ癌研究所の伊倉光彦教授、Ivan Bosanac氏らによって得られたものであり、米国の科学雑誌『Molecular Cell』(2005年1月21日号)に掲載されます。

<背景>

 細胞内Ca2+濃度は外液の約一万分の一と極めて低く保たれており、様々な刺激に応じてCa2+濃度を一時的に上昇させることにより、細胞内情報伝達系を動かして多岐にわたる応答、例えば神経の興奮、筋収縮、受精、細胞分裂、細胞死等を引き起こします。細胞外刺激により産生されたイノシトール三リン酸(IP3)は細胞内Ca2+貯蔵庫である小胞体の膜上にあるIP3受容体(IP3R)に結合してCa2+を放出させ、さらに細胞外からCa2+を流入させることにより細胞内Ca2+濃度を上昇させます。
 既に御子柴らは伊倉らと共同で2002年の英国の科学雑誌『Nature』にIP3RのIP3結合ドメインの結晶構造を発表しており、さらに2004年には京都大学の藤吉らと共同で四量体(用語2)からなるIP3R全体構造の電子顕微鏡像を発表しています。このチャネル孔の開閉制御メカニズム、つまり「チャネルのゲーテイング機構」の解明は世界中の研究者が切望し競っている領域です。また近年、Ca2+放出後のCa2+流入制御や細胞内Ca2+振動の発生にはIP3RのIP3結合部位を含む細胞質側ドメインと細胞膜タンパク質との相互作用が重要であることが示唆されています。このようなIP3R機能の実体を明らかにするため、IP3結合ドメインのさらにアミノ末端にある機能ドメインの構造解明が待たれていました。
 我々はこのアミノ末端ドメインのⅩ線結晶構造解析(用語3)に成功しました。アミノ末端ドメインはリガンド結合部位でもチャネル孔形成部位でもありません。しかし、IP3RへのIP3結合とチャネル開孔の両方を制御する無くてはならない機能ドメインです。そこで結晶構造をもとに複数の一アミノ酸置換体を作成した結果、IP3結合抑制に必須な領域の同定に成功し、さらにその領域近傍に様々なタンパク質の結合部位が集中し、チャネル開閉制御のホットスポットになっていることを明らかにしました。今回の成果により、生命機能の発現に必須な細胞内カルシウムチャネルのゲーテイング機構解明に大きく近づきました。

<研究成果と手法>

 IP3Rのアミノ末端ドメイン(アミノ末端側約200アミノ酸残基)を欠失させた変異体は隣接するリガンド結合ドメインへのIP3結合親和性が10倍以上上昇するにもかかわらず、Ca2+放出能を失います。したがってアミノ末端ドメインはリガンド親和性の制御のみならずチャネル開孔にも必須であることが示されていました。今回御子柴らはIP3Rのアミノ末端ドメインのⅩ線結晶構造を1.8オングストロームの高解像度で明らかにしました。その形はβ-trefoil fo1d(Headドメイン)と呼ばれる球状の構造とそこから長く突き出たヘリックス-夕ーン-ヘリックス構造(Armドメイン)からなっており、ハンマーのような形態でした。β-trefoil fo1d を有するタンパク質は多数知られており、IP3結合ドメインの片側半分もβ-trefoil foldです。しかし、今回のアミノ末端ドメインのようにβ-trefoil foldからArmドメインが突き出ているような構造はこれまでに報告されていません。この構造体がいかにしてチャネル機能を制御するのかを明らかにするため、HeadドメインとArmドメインに様々な一アミノ酸置換変異を導入し、IP3結合抑制能への影響を調べました。その結果、いくつかの変異体がIP3結合抑制能を失い、それらの変異部位がHeadドメインの限局された一表面(Cl領域)に集中していることが明らかになりました。Cl領域のアミノ酸残基は異なる生物種間及び異なるIP3Rサブタイプ間で高度に保存されており、その点からもIP3Rの機能に極めて重要であることが推察されます。一方、Armドメインのアミノ酸変異体のいくつかは、IP3結合抑制能がさらに強まりました。従って、HeadドメインのみでなくArmドメインもIP3結合の制御に関与していることが示されました。
 IP3Rのアミノ末端領域には様々なタンパク質が結合してIP3Rのチャネル活性を制御していることが報告されています。今回明らかになった結晶構造にそれらタンパク質の結合部位を当てはめるとCa2+放出を抑制するカルモデュリンCaMやカルモデュリン様タンパク質CaBPlの結合部位はHeadドメインとArmドメインの境に位置し、Ca2+放出を活性化するGタンパク質βサブユニット様タンパク質RACKlの結合部位はArmドメインに、また細胞膜上のグルタミン酸レセプター(mGluR)とIP3Rを架橋するタンパク質として報告されたHomerの結合部位はHeadドメインのCl領域に隣接していました。アミノ末端ドメインはIP3結合能とチャネル活性を共に制御していることから、刻一刻と変わる細胞内外の状況に応じて複数のタンパク質がこのドメインと結合、解離することにより、劇的にCa2+放出を調節していると考えられます。
 もう一つの細胞内カルシウムチャネル、リアノジン受容体(RyR) (用語4)は主に筋小胞体上に局在し、Ca2+の結合によりCa2+を放出するチャネルです。RyRはIP3Rと一次配列上の相同性を有しているため、IP3Rのリガンド結合ドメインの結晶構造及び今回明らかにしたアミノ末端ドメインの結晶構造をもとにアミノ酸配列の相同性からRyRのアミノ末端構造を予測しました。その結果、RyRもIP3Rと同様にアミノ末端側に2つのβ-trefoil fold を有することが示唆されました。RyRはその一アミノ酸変異により筋収縮の制御に異常を来し、悪性高熱症(MH)や Central core 病(CCD)を引き起こすことでよく知られたタンパク質です。興味深いことに、その変異のいくつかはアミノ末端側のβ-trefoil fold 内に存在していました。従ってRyRにおいてもアミノ末端構造はそのチャネル機能に非常に重要な役割を担っていることが推察されました。

<今後の展開>

 今回のアミノ末端部位の構造をもとにIP3R全長におけるアミノ末端部位の位置関係、チャネル孔開閉の分子内制御メカニズム、他の調節タンパク質との相互作用メカニズムを生化学的、電気生理学的、構造生物学的手法等によって解析し、細胞内カルシウムチャネルのゲーテイング機構の解明、さらにはCa2+による巧妙な細胞機能制御システムの解明を目指します。

<用語説明>

1.アミノ末端
アミノ酸が鎖状に連なることによってタンパク質が合成されるが、その鎖の初端側をアミノ末端(N末端とも書く)、後尾をカルボキシル末端(C末端)という。
2.四量体
タンパク質4分子が集合して1つの機能体を形成すること。IP3Rは四量体となってはじめて1つのチャネルタンパク質として機能する。
3.X線結晶構造解析
タンパク質の結晶にX線を照射することにより、原子レベルでの精密な立体構造を明らかにする解析手法。
4.リアノジン受容体
植物に含まれる含窒素化合物リアノジンに特異的に結合するカルシウムチャネルとして取得された。生体内ではカルシウムイオンの結合によってチャネルの開閉が制御されている。

参考資料1234567891011
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<本件問い合わせ先>

東京大学医科学研究所 教授
御子柴 克彦(みこしば かつひこ)
TEL:03-5449-5316
FAX:03-5449-5420
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