平成16年11月17日
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「生物の生物時計はどうやって時を刻むのか:
新たなメカニズムを発見」

 JST(理事長:沖村憲樹)および国立大学法人名古屋大学(総長:平野眞一)の研究チームは、これまで体内リズム発振の基本機構と考えられてきた「時計遺伝子の転写翻訳フィードバック」を伴わない、新しい生物時計のメカニズムを解明した。
 生物時計の周期が24時間になる仕組みやリズムの温度補償性の仕組みは昔から謎だったが、今回シアノバクテリア(藍藻)を材料として複数の時計蛋白質間の生化学的なネットワークを核とする振動メカニズムを解明することにより、分子レベルで長年の課題を解決する突破口を切り開いた。人間も含めた真核生物の睡眠サイクル研究や応用化学への展開が期待される。
 本成果は戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「光合成生物の生物時計:その分子機構と環境適応」の研究代表者・近藤孝男(名古屋大学大学院理学研究科教授)チームのメンバーである同大学大学院博士課程富田淳、岩崎秀雄助手、近藤孝男教授、JST研究員中嶋正人らによって得られたもので、11月18日付(米国東部時間、日本では11月19日)の米国科学誌「サイエンス」(オンライン速報版)に発表される。なお本研究は名古屋大学21世紀COEプログラム「システム生命科学:分子シグナル系の統合」の研究の一環としても進められているものである。
<研究の背景と概要>
 私たちの身体に備わっている生物時計がどうやって時を刻むのか、その分子メカニズムの研究は1990年から急速に展開し、昆虫(ショウジョウバエ)、菌類、哺乳類、高等植物、シアノバクテリア(藍藻)で、それぞれ複数の時計遺伝子(生物時計の発振に不可欠な遺伝子群)が発見されてきた。それら遺伝子群の分子生物学的解析から、生物時計の発振には、時計遺伝子の転写翻訳フィードバック 1) の制御が必須と考えられてきたア(図1)。現在このモデルは生物時計の発振原理として生物時計研究者の常識の一つとなっている。近藤チームでは、シアノバクテリアの1種シネココッカスから、時計遺伝子KaiA、B、Cを発見し解析してきた。その結果、シアノバクテリアでも、連続明条件下での解析ではこのモデルが支持されてきた。
 しかし、代謝が極端に低下し、遺伝子発現が強く抑制される連続暗条件下では、時計遺伝子KaiA、B、CのmRNAは直ちになくなってしまうにも関わらず、時計蛋白質のひとつKaiCのリン酸化に約1日周期の顕著な体内リズムが認められることがわかった。このリン酸化リズムは、時計の重要な性質である温度補償性(温度条件を変えても一サイクルにかかる時間がほとんど変わらない性質)を示し、転写や翻訳を阻害する薬剤にも影響されなかった。
 これらの結果は、従来の時計発振モデルを伴わない、時計蛋白質間の相互作用を介したKaiCのリン酸化、脱リン酸化ネットワークを中心とする新しい生物時計の発振メカニズムを生化学的解析から突き止めたと言える(図2)
<成果の具体的な説明>
 連続明条件下では、Kai遺伝子群の発現パターンおよび蛋白質の発現パターンは周期的に変化し、従来の時計発振モデル「転写翻訳フィードバック・モデル」から予想される挙動を示す。特に、Kai蛋白質の中で、KaiCは自分自身の発現を抑制することから、転写翻訳フィードバックの中心的役割を果たしていると考えられてきた。つまり連続明条件下では、従来から考えられている生物時計のモデルと一致する結果が見出されてきた。また、KaiC蛋白質は自己リン酸化能と脱リン酸化能を持ち、リン酸化にも1日周期のリズムが見られることから、このリン酸化はKaiCの機能の調節に関与していると考えられている。さらに、KaiAはKaiCの自己リン酸化を促進し、KaiBは脱リン酸化を促進することが、試験管内でも細胞内でも確認されていた。
 一方、シネココッカスは光合成が生育に必須であるため、連続暗条件下では成育できない。そのため、連続暗条件下では代謝活性が極端に落ち、kai時計遺伝子群の転写も全て速やかに停止するとともに、そのmRNAも数時間以内に消失し、Kai蛋白質群の合成も停止した。しかし、すでに細胞内に存在するKaiC蛋白質は、暗条件下で安定化し、そのリン酸化リズムは、3日間以上にわたり、約1日周期で安定に継続することを見出した。
 さらにKaiC蛋白質のリン酸化リズムを詳細に検討したところ、
Kai 遺伝子群およびその他の遺伝子の転写翻訳の影響を完全に除くため、過剰量の転写阻害剤や翻訳阻害剤を加え、細胞内の総mRNA量をほぼゼロレベルにした条件下でも、KaiCのリン酸化リズムの発現は正常に維持されていた。
)生物時計は、温度条件に関わりなく約24時間周期で正確に振動している。これは「温度補償性」と呼ばれ、生物時計の重要な特徴の一つだが、連続暗期中のKaiCのリン酸化リズムも通常時と同じく温度補償されていた。
)さらに、試験管内でKai蛋白質KaiCの自己リン酸化・脱リン酸化の反応を調べたところ、その反応速度は温度変化に比較的影響を受けにくく、生物時計の温度補償性の鍵を担っていると考えられた。

 以上の結果から、KaiC蛋白質の自己リン酸化・脱リン酸化は、Kai蛋白質同士の蛋白質複合体反応の中で中心的な役割を果たし、生物のなかで時間を刻む鍵を握っているものと結論した。これは従来生物時計のメカニズムとして常識とされていた転写翻訳フィードバック・モデルを覆し、時計遺伝子発現の制御を伴わなくても生物時計が動くという新しい振動機構を突き止めた結果となった。
<今後の展開>
 今回の成果は、人間も含めた真核生物の生物時計の仕組みの理解にも重要なヒントを与えるほか、生物時計の進化、安定性、あらたな生体分子機能の解明など、生物学や医学・生理学の基本的な課題の研究を大きく前進させるブレイクスルーになると期待される。
 また、栄養条件が極端に下がり、遺伝子発現を起動できない飢餓状態でも、省エネ型の巧妙な蛋白質ネットワークによって、生物時計が正確に時を刻む機能を有することが明らかになった。これは時計などに使われている水晶発振器と共通する点であり、低エネルギー下、高い効率で正確な化学反応を生じるようなシステム・化学材料をデザインするためのヒントを提供するものと期待される。
<用語解説>
1) 転写翻訳フィードバック
時計遺伝子と呼ばれる特定の遺伝子の発現が、その遺伝子産物(蛋白質)により自己発現抑制をうけること。従来,このモデルが体内リズムの発振の基本メカニズムであると考えられてきてきた。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。なお本研究は名古屋大学21世紀COEプログラム「システム生命科学:分子シグナル系の統合」(拠点リーダー:町田泰則、名古屋大学大学院 教授)の研究の一環としても進められているものである。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域:植物の機能と制御<研究総括:鈴木昭憲、秋田県立大学 学長>
研究期間:平成12年〜平成17年
図1.従来の生物時計の振動モデル(転写翻訳フィードバック)
図2.今回新たに提案された生物時計の振動機構

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本件問い合わせ先:
岩崎 秀雄(いわさき ひでお)
名古屋大学大学院理学研究科
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町1
Tel: 052-789-2507,090-9937-4701
FAX: 052-789-2963

島田 昌(しまだ まさし)
独立行政法人科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
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