<研究概要> |
植物も私達と同じように常に病原体の攻撃にさらされながら生きている。動物は生体防御のための特殊化した細胞や組織をもち、免疫系を駆使して自らを守ることができる。しかし、そのような仕組みをもたない植物は、過敏感細胞死という大胆な戦略で病原体の攻撃に対処している。即ち、病原体の感染を受けた植物の細胞は自らを犠牲にして、病原体を巻き込みながら心中するというものである。この過敏感細胞死により、病原体を細胞内に封じ込め、病原体が全身に感染するのを防いでいる。
植物の防御機構の研究は20世紀初めに始まり、現在でも精力的に行われているが、この自殺とも言える細胞死の分子レベルでのメカニズムは長く不明であった。今回の成果の最大のポイントは、この細胞死を制御している因子が初めて明らかになった点である。今後、生体防御のための細胞死のみならず、老化や発生過程の細胞死など様々なタイプの植物の細胞死の研究に新たな視点を与えるものと期待される。 |
<成果の具体的な説明> |
過敏感細胞死は、細胞自らの遺伝子発現によって自己を消去するシステム、即ち、植物自身に予めプログラムされた細胞死の一つである。本研究では、タバコモザイクウィルスの感染によって誘発される過敏感細胞死を解析し、細胞内の液胞と呼ばれる細胞小器官に局在する液胞プロセシング酵素(VPE)が過敏感細胞死を引き起こす重要な鍵酵素であることを発見した。VPEは、1987年に西村いくこらにより発見された酵素である。図1は、星印の部分にウィルスを感染させたタバコである。ウィルスの感染を受けた細胞はウィルスを封じ込めるために急速に死んでいく(図1A)。これに対し、VPEの遺伝子を抑制したタバコでは、ウィルスを感染させても過敏感細胞死は起こらず、ウィルスが葉の組織内に蔓延していた(図1B)。この結果は、VPEが植物の生体防御のための過敏感細胞死を制御していることを示している。
本研究成果のもう一つのポイントは、動物の細胞死との比較から見えてくる。動物のプログラム細胞死ではカスパーゼと呼ばれる酵素が実行因子であることが知られている。植物の細胞死においても類似した酵素が関与すると信じられ、国内外で競って「植物版カスパーゼ」の探索が続けられてきた。今回、その実体がVPEであることも判明した。面白い点は、VPEはカスパーゼとは全く異なるタンパク質で、細胞内で働く部位もお互いに全く異なっているという事実にある。
高等生物の細胞は、細胞小器官と呼ばれる構造体とそれらを包む細胞質ゾルとから成っている。動物のカスパーゼが細胞質ゾルの酵素であるのに対して、植物のVPEは細胞小器官の一つである液胞の酵素である。動物では、死にゆく細胞は貪食細胞が掃除してくれる。しかし、堅い細胞壁に囲まれた植物の細胞は自力本願的に自らを消化しなくてはならない。そのために植物の細胞が死に向かうときには、多様な分解酵素を含む液胞を破壊することにより自らを分解するという戦術をとる。このようなユニークな細胞死の鍵を握る酵素の特定は世界で初めてのことである。
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<今後の展開> |
基礎研究面では、今回の植物特有の細胞死の鍵を握る酵素の発見により、老化や発生過程の細胞死など様々なタイプの植物の細胞死の研究に新たな視点を与えるものと期待される。
応用面では、今回明らかとなったVPEを中心とする過敏感細胞死機構の解析がさらに進展すれば、病害抵抗性作物の分子育種に応用の可能性が期待できる。世界の食糧作物の病害による損失は年間約15%(約8億人の食糧に相当)とされている。病害による食糧損失の軽減は、21世紀の食糧危機を救う重要課題となっている。そのために、薬剤防除技術に頼らない環境に調和した新たな植物病害防除技術の開発が求められている。VPEを感染細胞特異的に効率良く発現させれば、植物自身の防御応答機構を利用して、病原体の種類に関係なく、感染を未然に防ぐことができると考えられる。 |
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:植物の機能と制御<研究総括:鈴木昭憲 秋田県立大学 学長>
研究期間:平成14年~平成19年 |
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本件問い合わせ先: |
| 西村 いくこ(にしむら いくこ)
京都大学大学院理学研究科
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町
Tel:075-753-4142
Fax:075-753-4142
島田 昌(しまだ まさし)
独立行政法人科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
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Fax:048-226-1164
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