1.背 景 |
細胞に核を持つ生物の多くでは、子孫を残す際にオス・メス両親の遺伝子の交換(遺伝的組換え)を行います。遺伝的組換えは、両親からの遺伝情報を混ぜ合わせ、新しい組み合わせの遺伝子を持った子孫を多種類作ります。これによって、環境変動に対して集団生存適応度を高めていると考えられています。また、遺伝的組換えにより染色体DNAへの利己的遺伝子などの侵入や、個体で蓄積された有害な遺伝的変異を除去することも可能になります。
かつて遺伝的組換えは染色体のどこでも起きる現象として捉えられていましたが、酵母やヒト・イネなどを用いた最近の研究から、「ホットスポット」と呼ばれる特定の染色体部位で、遺伝的組換えが集中的に起きることが明らかになってきました。また、ホットスポットには転写因子が関わるαホットスポット、DNA配列に依存したβおよびγホットスポットがあることが知られていますが、その形成機構は依然として不明でした。
研究グループでは、分裂酵母のαホットスポットの一種であるade6-M26ホットスポット(M26ホットスポット、ade6遺伝子の一塩基置換で生じる減数分裂期組換えホットスポット)をモデルに研究を進め、遺伝的組換えが活性化される減数分裂期のホットスポットでクロマチン構造の再編成が起きることを見出しました(Mizuno et al., Genes & Development, 1997)。また、このクロマチン再編成が、環境ストレス応答や炎症発生などに関わるシグナル伝達経路SAPK経路※3によって制御されていることを明らかにしています。クロマチン再編成の制御には、ヒストン・アセチル化やATP(アデノシン三リン酸)依存性クロマチン再編成因子が重要な役割を果たすことが、転写活性化の系などを中心に詳しく調べられていますが、減数分裂期の遺伝的組換えのホットスポットにおけるこれらの役割は全く明らかにされていませんでした。
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2.研究の手法 |
本研究では、分裂酵母M26ホットスポットをモデルに取り上げ、組換えホットスポットにおけるクロマチン再編成や組換え活性化における、ヒストン・アセチル化やATP依存性クロマチン再編成因子の役割を解析しました。具体的には、M26の組換え活性化DNA配列に結合する転写因子Atf1・Pcr1、分裂酵母で新たに見出されたヒストン・アセチル化酵素Gcn5、ATP依存型クロマチン再編成因子Snf22のそれぞれの機能を喪失させた分裂酵母変異株で、減数分裂期のM26ホットスポットにおけるクロマチン再編成やヒストン・アセチル化、組換え開始のためのDNA切断反応、組換え頻度などへの影響を詳しく調べました。 |
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3.研究成果 |
解析の結果、M26周辺のDNA配列に結合する転写因子Atf1・Pcr1とATP依存型クロマチン再編成因子Snf22(特許出願中)が、M26ホットスポットにおけるクロマチン再編成に不可欠であること、またSnf22が組換え活性化に必須であることを突き止めました。さらに、M26ホットスポット周辺のクロマチンではGcn5(特許出願中)に依存したヒストンH3のアセチル化が高レベルで起きており、これがクロマチン再編成を促進する役割を持つことも明らかにしました。これらの成果は、以下の点で重要な示唆を与えます。
1) |
減数分裂期のM26ホットスポットの活性化には、Atf1・Pcr1とSnf22を介したクロマチン再編成が必要である。(M26におけるクロマチン再編成実行因子の同定) |
2) |
転写因子は、クロマチン構造の制御という形で組換えの活性化にも関わる。(転写因子の新しい機能の発見) |
3) |
転写因子のDNA配列への結合→Gcn5によるヒストンH3のアセチル化→ATP依存型クロマチン再編成因子によるクロマチン再編成という経路を経て、M26ホットスポットが活性化される。(クロマチン再編成作用機序の理解) |
4) |
ヒストン・アセチル化レベルを変動させた場合でも、組換え頻度への影響は、転写因子に依存した特定の遺伝子座にしか認められない。(相同組換えの部位特異的調節という新しい概念の提示) |
5) |
転写因子・ヒストン・アセチル化酵素・クロマチン再編成因子などの活性を制御することで、特定の染色体部位の組換えの頻度をコントロールできる可能性がある。 |
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4.今後の展開 |
本研究では、組換えホットスポットが活性化される過程に関わる種々のクロマチン関連の酵素の同定する事ができました。これらの酵素は種々の生物種で保存されており、今後これらの酵素の活性を制御することで、様々な細胞の染色体の組換えを自在に制御する技術への道筋が得られることが期待されます。特に、ヒストン・アセチル化レベルの制御が組換え制御に有望であることが、今回の結果から明らかになりました。ヒストン・アセチル化レベルは、アセチル化酵素と脱アセチル化酵素の相反する反応の平衡状態に依存して、しかも特定の転写因子の結合部位周辺に限定して決定されています。そこで、脱アセチル化酵素阻害剤などで細胞を処理し、ヒストン・アセチル化レベルを昂進させることで、特定染色体部位における組換え頻度を増大させることができる可能性があり、現在高等生物の細胞を使ってその研究を進めています(特許出願中)。将来的には、細胞内での組換え活性化を通じて、有用遺伝子の高速進化や新世代遺伝子工学など、新たなバイオ技術への展開も期待されます。 |
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(問い合わせ先)
独立行政法人理化学研究所 中央研究所
遺伝ダイナミクス研究ユニット
ユニットリーダー 太田 邦史
TEL: 048-467-9538 FAX: 048-462-4671 |
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部
研究第一課 島田 昌
TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164 |
(報道担当)
独立行政法人理化学研究所
広報室 駒井 秀宏
TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715 |
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