平成16年2月3日
独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

グリア細胞の接着によって完成する神経細胞の成熟

―神経シナプス形成における、グリア細胞接着の効果実証とその分子メカニズムを解明―

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST)(沖村憲樹理事長)は、グリア細胞(※1)が接着することによって神経細胞の成熟が著しく促進されることを明らかにしました。理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)細胞機能探索技術開発チーム、およびJST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究の「学習・記憶のシナプス前性メカニズムの解明」(研究代表者:八尾寛 東北大学大学院生命科学研究科教授)の宮脇敦史チームリーダー・濱裕研究員らの研究グループによる成果です。
 ヒトを含む動物の脳神経系は、主に神経細胞とグリア細胞から構成されています。神経細胞は成熟に伴い、互いにシナプス(つなぎ目、※2)を形成することで機能的な回路網を構築します。こうした過程で神経細胞の周囲にあるグリア細胞の果たす役割が、さかんに議論されるようになってきています。従来のほとんどの研究では、グリア細胞が分泌する液性因子を扱うのに対して、当研究グループはグリア細胞と神経細胞の接着に注目しました。グリア細胞と接着した神経細胞を時間を追って観察しながら、シナプス形成を指標に神経細胞の成熟を解析しました。その結果、神経細胞が完全に成熟するには液性因子のみでは不十分で接着が必要であること、また、局所的な接着によって神経細胞内にプロテインキナーゼC(※3)の活性化が伝播し、神経細胞全体でシナプス形成が促進されることがわかりました。
 本研究成果は、とくに成人脳において、幹細胞から生まれてきた神経細胞を効率よく成熟させるための新技術の開発、再生医療への応用につながると期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Neuron』(ニューロン)の2月5日号に掲載されます。
1.背  景
 脳神経系を構成する細胞は、主に神経細胞とグリア細胞です。グリア細胞の中ではアストロサイト(※4)が多く、神経細胞の周囲にあって、神経細胞を養っていると考えられています(図1)。最近になり、神経細胞が未熟な状態から分化・成熟して、神経細胞同士が結合する(シナプス形成、※2)過程でのアストロサイトの関与が議論されるようになりました(図2)。神経細胞を、単独で培養する場合より、アストロサイトを混ぜた場合の方が、より効率の高いシナプス形成が認められるのです。アストロサイトから神経細胞に向かう因子(アストロサイトが神経細胞に働きかけてシナプス形成を指令するもの)が何なのかが問題になってきています。 こうした因子は2種類あると考えられています(図3)。とくに、アストロサイトの培養液中からシナプス形成を促す「液性因子」を見出そうとする研究がさかんに行われています。これまで、アストロサイトが分泌するコレステロール(※5)等が候補として注目されてきました。一方、アストロサイトが神経細胞の細胞膜上に接着してシナプス形成を進める「接着因子」については、あまり踏み込んだ研究がされていない状況でした。液性因子の探索は、培養した神経細胞に因子となる物質を混ぜるいわゆる「ふりかけ実験」で行えるのに対して、接着因子の研究は、しっかり隔離した神経細胞にアストロサイトが絡んでいく様を何時間にもわたって根気よく観察する実験が要求されるためです。研究グループでは、細胞の形態や機能をイメージする技術を開発しており、それらを駆使して神経―アストロサイトの相互作用(接着)を解析する研究プロジェクトを立ち上げました。

2.研究手法と成果
 研究グループは、ラット海馬に由来する未分化な神経細胞を個別に培養し、アストロサイトの接着効果を解析するためのシステムを構築しました(図4)。寒天でコートしたカバーガラスの上に、ポリリジン(※6)とコラーゲン(※7)から成る、細胞の足場を島状に並べます。ディッシュ(培養皿)の一部にはアストロサイトが培養され、培養液はアストロサイトが分泌する液性因子によって飽和するようにします。
 播種する(ふりかける)神経細胞の数を調節すると、一個の島の上に一個の神経細胞を生育させることができます。これにより液性因子(+)と接着因子(-)の状態が得られます。一方、神経細胞にアストロサイトを振りかけて接着させたまま培養すると、液性因子(+)・接着因子(+)の状態が出来上がります。これら2つの状態間の神経のシナプス形成を比較して、神経細胞の成熟におけるグリア細胞の液性因子と接着因子の役割を解析しました。
 その結果、アストロサイトの接着を受けた神経細胞では、細胞全体でシナプス形成の著しい促進(液性因子(+)・接着因子(-)と比較して5−6倍)が起こることを発見しました(図5)。すなわち、シナプスが十分に形成されるためには、アストロサイト由来の液性因子のみでは不十分でアストロサイト由来の接着因子が必要であることが示されました。その接着には、神経細胞の側のインテグリン(※8)と呼ばれる蛋白質が関与することがわかりました。
 また、1−2日間にわたるイメージング実験から、アストロサイトが接着する範囲は神経細胞のある部分に限定されることも解明されました。そこで、局所的な接着から神経細胞全体に拡がるシナプス形成現象の裏に潜む分子メカニズムを探ったところ、不飽和脂肪酸(※9)によって活性化されるプロテインキナーゼCが必要かつ十分に働いていることが証明されました。(図6

3.今後の期待
 神経細胞は、周りの神経細胞と特異的なシナプスを形成し、コミュニケーションを行って初めて「一人前(成熟した)」とされます。再生医療の領域では、神経幹細胞を移植して脳神経系の疾病を治療することが計画されていますが、「導入された未分化な神経細胞において、いかにシナプス形成を誘導して成熟させるか」が問題になってくると思われます。アストロサイトの接着による効果、および接着によって起こる細胞内のシグナル伝達機構に関する今回の研究成果は、今後の脳治療研究に基礎的な指針を与えるものとして期待されます。
<補足説明>
図1 神経細胞とアストロサイト
図2 神経細胞の成熟におけるアストロサイトの関与
図3 液性因子と接着因子
図4 今回の研究で用いた実験システム
図5 実験結果
図6 アストロサイト接着とプロテインキナーゼC(PKC)の活性
論文のコピーが必要な方は、直接、Cell Press または Heidi Hardman 617-397-2879)にお問い合わせください。
(問い合わせ先)
  独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム
   チームリーダー宮脇 敦史
  FAX:048-467-5924
 脳科学研究推進部佐藤 彩子
TEL:048-467-9596FAX:048-462-4914
独立行政法人科学技術振興機構
 研究推進部 研究第一課 課長森本 茂雄
TEL:048-226-5635FAX:048-226-1164
(報道担当)
 
独立行政法人理化学研究所 広報室田中 朗彦
TEL:048-467-9271FAX:048-462-4715
独立行政法人科学技術振興機構
 総務部  広報室
福島 三喜子
TEL:048-226-5606FAX:048-462-5651

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