お知らせ
平成15年5月7日
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「脳の左半球と右半球の違いを分子レベルで解明」

"脳科学の基本概念を前進させる新たな実験的証拠"
脳研究に日本独自の成果

 九州大学の伊藤 功 助教授(大学院理学研究院)と共同で科学技術振興事業団〔理事長 沖村 憲樹〕の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「細胞膜上機能分子の動態と神経伝達調節メカニズム」(研究代表者:重本隆一、岡崎国立共同研究機構・生理学研究所教授)が進めている研究において、脳の左半球と右半球は構造的にも機能的にも明確な違いがあることを初めて分子レベルで明らかにした。この研究成果は、米科学誌「サイエンス」に掲載される(2003年5月9日)。

 脳の左半球は言語や論理的思考において、一方右半球は音楽や直感的思考において重要な働きをするなど、両者の機能が異なることは広く知られている。しかし、その機能的な違いと関連するような、構造的な違いが左右の脳にあるかどうかについては明確な証拠がなかった。今回の成果によりこの差を分子レベルで解析することが可能となり、左右脳機能の差を明らかにする具体的な研究手段を獲得した。
 ヒトや動物が新しいことを記憶する時、左右の脳に1対存在する海馬と呼ばれる部位が重要な働きをする。海馬の神経細胞は神経繊維と呼ばれる配線によって結びついており、この配線の接点(シナプスという)で情報を伝えている。

 海馬のシナプスには、
(1)左海馬の神経細胞同士で作るシナプス。
(2)右海馬の神経細胞同士で作るシナプス。
(3)左海馬からの神経繊維が右海馬の神経細胞の上に作るシナプス。
(4)右海馬からの神経繊維が左海馬の神経細胞の上に作るシナプス。
があり、(1)(2)を同側入力シナプス、(3)(4)を反対側入力シナプスと呼ぶ。また、これらの4種類のシナプスは1つ1つの神経細胞の上部突起や下部突起にそれぞれ作られていることから、海馬には接続の種類や位置の異なる少なくとも8種類のシナプスがあることになる(図-1)。

 我々は、海馬が学習や記憶などの活動をする時重要な働きをすることが知られているシナプスタンパク質(NR2B)に注目し、まず4種類の同側入力シナプスにおいてNR2Bが関与するシナプスの機能的特徴を生理学的実験により調べた。その結果、これらは異なる2つの種類に大別できること、さらにこの2種類のシナプスは海馬の左右、および神経細胞の上下について非対称に配置されていることが解った。

 次にこれらのシナプスに分布しているNR2B分子の量を生化学的に測定した結果、これらシナプスの機能的な差異は、NR2B分子の分布量の違いに対応していた。すなわち、神経回路の機能に見られる非対称性とNR2B分子のシナプス分布という神経回路の構造における非対称性とが完全に一致することが明らかになった(図2)。

 次に、同様な実験を反対側入力シナプスについて行った結果、反対側入力シナプスにも類似の非対称性が存在するが、それは同側入力シナプスに対して完全に逆転していることも解った(図3)。

 これまで、おおまかに左半球と右半球の機能的違いが指摘されてきたが、分子レベルで詳しく調べると、脳はそれを構成する一つ一つの神経細胞やシナプス、および神経回路など、その構成要素それぞれに、非対称な性質を含んでいることが明らかになった。脳の神経回路がこのような仕組みとなっていることは、脳神経回路に多様性を生み出し、かつ神経回路を通して伝えられた情報が脳の左右どちら側からもたらされたのかを、受け手の神経細胞が識別することも可能だろう。このような神経回路の形成が可能であるためには、左脳と右脳の神経細胞が基本的に異なる性質を持っている必要があると考えられる。

 左と右の非対称性は脳だけが持つ特別な性質ではない。たとえば、我々の心臓や胃は体の左側にあり、左右の肺は大きさや形が異なっている。これら内臓系の非対称性を作り出す機構に関する研究は、近年めざましく進歩しつつあるが、これに対して神経系の左右差やその形成機構に関しては、ほとんど解っていない。今回、脳内で明確な左右差を示すタンパク質分子が明らかにされたことにより、(i)これを指標として、脳の機能的、構造的非対称性が何時、どのようにしてできあがるのか。(ii)左半球と右半球の神経細胞を特徴づけている性質は何か。(iii)左と右という性質は複雑な脳の構造を作り上げ、それを適切に機能させるためにどのような意味があるのか等の研究が飛躍的に進歩すると期待される

<用語解説>
NR2B 脳神経細胞が情報を伝える時、シグナル伝達物質をシナプスに放出する。この伝達物質を受け取とり、細胞内に情報を伝える働きを持つシグナル受容体の1つにNMDA受容体がある。NR2B はNMDA受容体を構成する重要な蛋白分子である。図4を参照

シナプス 神経細胞間あるいは神経突起間の接合部位を言い、中枢神経系では約20nmの隙間がある。シナプス前膜から放出された神経伝達物質はこの間を拡散しシナプス後膜の受容体と結合し情報を次に伝える。 図4を参照

海馬 発生学的には古い大脳皮質に属し左右脳半球に一対ある。マウスやラットのげっ歯類では脳の浅いところにあるが、ヒトやサルでは新しい大脳皮質の発達によりそれぞれ左右側頭葉の内側に移動している。記憶、特に新しい記憶、に関与すると考えられている脳野である。 図5を参照

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:脳を知る(研究総括:久野 宗 京都大学・岡崎国立共同研究機構 名誉教授)
研究期間:平成11年度〜平成16年度

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本件問い合わせ先:

伊藤 功(いとう いさお)
 九州大学大学院理学研究院
 郵便番号812-8581 福岡県福岡市東区箱崎 6-10-1
 TEL:092-642-2631 FAX:092-642-2645

重本 隆一(しげもと りゅういち)
 岡崎国立共同研究機構 生理学研究所
 大脳皮質研究系 脳形態解析研究部門
 郵便番号444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
 Tel: 0564-55-7723 Fax: 0564-55-7892

森本 茂雄(もりもとしげお)
 科学技術振興事業団 研究推進部 研究第一課
 郵便番号332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 Tel:048-226-5635 Fax:048-226-1164
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[補足説明資料]
・図1 海馬シナプスの種類と配置
・図2 入力シナプス
・図3 明らかになった海馬神経回路の非対称性
・図4 シナプスの模式図
・図5 マウスの脳と海馬の模式図

This page updated on May 9, 2003

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