用語の説明
◆量子井戸準位、スピン偏極共鳴トンネル効果、スピン・トランジスタ
 金属や半導体などをナノスケールまで小さくすると、その性質、特に電子状態が変化する。特に、金属や半導体を非常に薄くすると、その中に電子が閉じこめられ、幾つかの離散的なエネルギーを持つ状態(量子井戸準位)ができる。ノーベル賞物理学者の江崎玲於奈博士は、半導体の量子井戸準位を利用して新規のトランジスタ(共鳴トンネルトランジスタ)を開発した。半導体ではなく強磁性金属を用いれば、情報記憶機能とスイッチング機能を併せ持つ新しい素子(スピン・トランジスタ)が実現できると期待される。

◆トンネル磁気抵抗効果(TMR効果)、TMR素子、磁気抵抗
 非常に薄い絶縁体(トンネル障壁という。通常、酸化アルミ(Al-O)を用いる)を2枚の強磁性金属の電極で挟んだ素子をトンネル磁気抵抗素子(TMR素子)という【図1(A)参照】。2つ強磁性電極の磁石の相対的な向きが平行な時と反平行な時で、TMR素子の電気抵抗が大きく変化する。この現象をトンネル磁気抵抗効果(TMR効果)と呼ぶ。このように磁気によって変化する電気抵抗のことを磁気抵抗と呼ぶ。

◆単結晶、多結晶、ナノ構造電極、ナノメートル
 通常の金属やセラミクス(陶器・磁器)は多結晶といわれ、小さな結晶粒子の集まりである。このひとつひとつの結晶粒子の中では原子が整然と配列しているが、大きさや、向きの異なる粒子が集まっているので全体としては、乱雑であり、表面も凸凹になりやすい。
一方、ダイヤモンドの宝石のようにひとつの塊の全体にわたって原子が整然と並んでいる物質を単結晶と呼ぶ。単結晶は、宝石がそうであるように非常に均質であり、その表面も原子スケールで平坦にするこができる。TMR素子の電極をこのような金属の単結晶で作ると、非常に平坦な薄膜(「単結晶電極」)とすることが出来る。さらに、その厚さをナノメートル(百万分の一ミリメートル)まで薄くしたものをナノ構造電極と呼ぶ。

◆MRAM
 TMR素子を用いたコンピュータ用メモリがMRAMである。TMR素子の2つの強磁性電極の磁化の相対的な向きが平行か反平行のどちらかの状態をとるようにすると、1個のTMR素子で1bitの情報を記憶できる。TMR効果によって平行状態と反平行状態でTMR素子の電気抵抗が異なるため、素子の電気抵抗を計れば、TMR素子に記憶された情報を非破壊で読み出すことができる。実際のMRAMでは、TMR素子をマトリックス状に多数並べる。MRAMは原理的には、不揮発、高速、低消費電力、低電圧駆動、高集積といった、メモリに要求される特性を全て兼ね備えた次世代メモリである。TMR素子は日本(東北大 宮崎教授)の発明であるが、MRAMの研究開発は米国(IBM、モトローラ)が先行している。日本でも企業が試作を開始しており、それを支える経済産業省のプロジェクトも本年度から始まる。

◆電子スピン、スピン偏極
 マイナスの電気を帯びた粒子である電子は、物質の電気的な性質に深く関係している。例えば、金属の中で電子が移動することによって、電流が流れる。一方、電子は磁気的な性質にも関係があり、個々の電子が非常に小さな磁石の性質を持っている。このような電子の磁石を電子スピンと呼ぶ。通常の半導体や非磁性金属では電子スピンが色々な方向を向いているため、それぞれの電子スピンが互いに打ち消し合ってしまう結果、これらの物質は磁石としての性質を持たない。これに対して、強磁性金属ではある一方向を向いた電子スピンが多数存在するので、電子スピン同士が打ち消し合って消えることがないため、その物質は磁石になる。このように、ある一方向を向いた電子スピンが多数存在していることを「スピン偏極している」という。

◆不揮発性論理素子
 現在のコンピュータは、電源を切ってしまうと記憶が失われてしまう。これは、コンピュータの中で記憶や演算を担う半導体素子が揮発性(電源を切ると記憶を失う性質)であることに因る。通常、ハードディスクに情報を記録し、コンピュータの電源を入れた際にハードディスクの情報を半導体素子にコピーしている。このため、パソコンの起動には時間がかかるし、パソコンの電源が入っている間は(たとえパソコンを使用していなくても)少なからず電力を消費している。もし、不揮発性論理素子(電源を切っても記憶が保持される素子)が実現できれば、電源を入れると瞬時に起動するコンピュータ(インスタント・オン・コンピュータ)ができる。さらに、使用していないときにはユーザーに気付かれずに一秒間に何回でも電源を切ることができるため、ほとんど電力を必要としないコンピュータもできるはずである。

◆量子コンピュータ
 量子力学の世界の超並列性を利用して、非常に高機能なコンピューターが実現できることが理論的に示されている。しかし、その実現のためには、量子力学的な干渉性の制御という超難題を解決しなければならない。量子力学的な干渉性とは、例えば一匹の猫が生きている状態と死んで状態の両方に同時に存在でき、その二つの状態を重ね合わさることが出来るということである。スピン偏極共鳴トンネル現象の発見によって、この種の素子では電子のスピンと波動関数の干渉性が保たれていることが見出された。

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This page updated on July 12, 2002

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