[補足説明]


 

 プロテインキナーゼC(以下PKC)は細胞の増殖や分化、分泌、アポトーシス、等の多くの細胞機能に関わる細胞内信号伝達分子である。またPKCを活性化する薬剤であるホルボールエステルは有名な発がんプロモーターである。PKCは他の信号伝達分子に比して長い研究の歴史を持ち、今までに数多くの研究がなされてきたが、10種類以上の類似した分子(サブクラス)が存在し、各々の機能が部分的に重複しているために、各々のサブクラスの特異的な機能については永らく謎であった。特にPKC-δは、他のPKCと異なり、細胞増殖を阻害する働きを持ち、癌の発生を抑制する作用があることが示唆されてきたが、その本来の働きは不明であった。

中山らは、このPKC-δの作用を解明するために、まずPKC-δの発現部位を調べてみたところ、神経系と免疫系に多く発現していることを明らかにした。次にPKC-δの遺伝子を人工的に破壊したマウス(PKC-δノックアウトマウス)を作製し、その神経系と免疫系の異常を中心に解析を行った。このPKC-δノックアウトマウスでは、脾臓やリンパ節といったリンパ臓器が著しく腫大しており、そこではBリンパ球が異常に増殖していた。PKC-δノックアウトマウスのBリンパ球領域には、正常ではあまり認められない胚中心(抗原によってBリンパ球が刺激されたときに認められる構造物)が数多く認められ、これはBリンパ球が異常に活性化されていることを物語る。同様の異常は、PKC-δノックアウトマウスから取り出したBリンパ球を他のマウスへ移入しても認められることから、Bリンパ球自体の異常であることが示された。またこのマウスからBリンパ球を取り出して培養すると、抗原刺激に対して過剰な増殖反応を示すことから、PKC-δの欠損はBリンパ球の異常増殖につながることが明らかとなった。この異常増殖の機序について、中山らはPKC-δノックアウトマウスのBリンパ球から高いレベルのIL-6が分泌されていることを発見した。IL-6の発現はNF-κBとNF-IL-6という二つの転写因子がIL-6遺伝子調節領域に結合することで活性化されることが知られているが、PKC-δノックアウトマウスではNF-IL-6がIL-6遺伝子調節領域に結合する能力が異常に亢進しているためであることを見いだした。このことから、正常マウスにおいては恐らくPKC-δはNF-IL6をリン酸化してIL-6の発現量を適当なレベルに調節しているものと考えられる。

PKC-δノックアウトマウスでは、血中の免疫グロブリン値が高く、加齢と共に自己抗体の産生が認められるようになる。また腎臓では自己免疫性の腎炎を発症し、全身にBリンパ球を中心とした細胞浸潤が起こる。このことから、PKC-δが欠損していると過剰なBリンパ球の増殖やIL-6の異常分泌が起こり、最終的に自己免疫疾患になると考えられる。つまり正常な状態においては、PKC-δはBリンパ球が過剰に抗原に反応しないように、信号伝達の適正なレベルを保ち、自己免疫疾患を防ぐべく免疫系を調節している大切な制御分子であることが、これらの研究から明らかとなった。

人間においてPKC-δが何らかの疾患に関与しているかどうかは現在のところ不明であるが、IL-6の過剰分泌と自己免疫性疾患を伴うCastleman氏病の病態にPKC-δノックアウトマウスの異常は酷似しているため、このような自己免疫疾患の発生機序としてPKC-δの機能低下は有力な仮説である。また慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患患者にIL-6に対する抗体を注射して、その機能を阻害する治療が既に始まっているが、PKC-δを活性化すればIL-6のレベルを下げて自己免疫反応を抑制するといった抗体注射と同じ効果が得られると期待される。PKCにはジアシルグリセロールやホルボールエステル等の活性化物質が存在するので、これらを改変することによって、PKC-δに特異性の高い薬剤を作り出せば、抗体を注射するよりもはるかに投与が容易で安価な治療法の確立に貢献できると期待される。
 


This page updated on April 25, 2002

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