柔軟で生体親和性に優れた新しい経皮デバイスの開発

腹膜透析・人工呼吸器などの経皮カテーテルを使用する患者のQOLを向上


平成13年11月19日
独立行政法人物質・材料研究機構
科学技術振興事業団
【概 要】
 独立行政法人 物質・材料研究機構 生体材料研究センター(センター長:田中順三)と国立循環器病センター(生体工学部長:岸田晶夫)は、科学技術振興事業団(理事長:沖村憲樹)の戦略的基礎研究推進事業、研究課題「無機ナノ結晶・高分子系の自己組織化と生体組織誘導材料の創出」(研究代表者:田中順三)の一環として、柔軟で生体親和性に優れた新しい経皮デバイス注1)を開発した。
 現在、腹膜透析や人工呼吸器の経皮デバイスとしては、シリコーンゴム・塩化ビニールなどの高分子が使われているが、生体との接着性が悪いため、ダウングロース注2)が指摘されている(図1)。その陥入部位を通して細菌が感染するため、経皮デバイスを使っている患者は、1日数回におよぶ消毒や入浴制限を受け、社会生活をする上で多くの問題があるため、柔軟で、なおかつ皮膚組織と密着する経皮デバイスの開発が求められている。
 今回開発した材料は、柔らかい高分子に生体親和性の高いアパタイトを直接固定した高分子・無機複合材料である。皮膚の上皮細胞(図2)とラット(図3)を使って生物学的効能試験を行ったところ、新規材料は皮膚にきわめて良好に密着し、柔軟性も高いことから、生体親和型経皮デバイスとして利用できることが実証された。
 本複合材料は、腹膜透析、人工呼吸器、中心静脈・経腸栄養療法などの経皮カテーテル・チューブを使用している多くの患者のQOL(生活の質)を格段に向上させ、在宅治療の推進と医療費の削減に大きな効果が期待される。
 
1.従来技術の問題点
 
 現在用いられている材料の問題点は以下のようである。
シリコーンゴム: 毒性がないため医療用材料として非常によく用いられているが、生体組織と接着しないためダウングロースが起きる。
ハイドロキシアパタイト: 皮膚と良く密着するが、硬いため、経皮デバイスに使用すると、応力が直接身体にかかり皮膚組織が破壊される。また、脆くて加工が難しく、材料に開けた孔と内側のチューブの間に隙間ができて細菌感染が起こる。
複合材料: シリコーンゴムの表面にハイドロキシアパタイトの薄膜を付着した材料。アパタイトの薄膜を付ける時に高温に上げるため、生体親和性の良くない酸化カルシウムが含まれたり、薄膜と基材の接着強度が弱くなるなどの欠点がある。
以上の問題を解決するため、新規材料について検討した。
 
2.本技術の新規性
 
 ハイドロキシアパタイトは生体組織とよく密着する性質をもっている。一方、シリコーンは曲げても壊れない柔軟性をもっている。そのため、シリコーンの表面に小さいアパタイト粒子を強固に結合させると、得られた複合体は、シリコーンの柔軟性を保ったまま生体組織と接着できる性質を示すと期待される。
 新規材料を合成するに当たって最も大きい課題は、アパタイト(セラミックス)とシリコーン(高分子)を低温で直接化学結合させる反応技術の確立であった(図4参照)。物質・材料研究機構と国立循環器病センターは、それぞれが得意とする技術(アパタイト合成技術と高分子反応技術)を持ち寄り、セラミックスの微粒子(直径千分の二~四ミリメートル)を高分子表面に強固に(共有結合で)固定する技術を開発した。(図5)のように、開発した複合材料ではアパタイトの微粒子がシリコーンの表面に直接結合している。その結合が共有結合であるため、両者は強く結びつき剥離しない。
 
3.新規複合材料の特徴
 
 新規材料は以下の特徴を持っている。
(1) 高い生体親和性: 細胞が材料に直接接着して増殖するため(図4参照)、デバイスと生体組織が緊密に接合し、ダウングロースと細菌感染が防止できる。皮膚との接着性はシリコーンと比較して15倍以上も大きい。
(2) 柔 軟 性: 材料が柔軟であるため生体に応力が集中せず、剥離したり生体組織が損傷したりしない。そのため、長期間にわたって使用することが可能である。
(3) 形状の豊富さ: シリコーン基体はさまざまに形に成形できるため、使用部位に応じて多様・複雑な形状のデバイスが容易に製造できる。
(4) 汎 用 性: 本法はほとんど全ての高分子材料とアパタイト化合物の複合化に応用されるため、経皮医療デバイスの他に下記のような幅広い人工臓器に応用できる。
 
4.利用分野・用途
 
 生体組織と強固に結合することが必要とされる医療用材料に利用できる。
人工呼吸器、人工気管、外シャント注3)、人工心臓経皮チューブ、生体電極、中心静脈・経腸栄養カテーテル、肺高血圧症治療用カテーテル等への応用が可能である。
 
 今後、物質・材料研究機構と国立循環器病センターは、協力して医療現場での実用化を図るため、材料の高度化、生物学的安全性試験、厚生労働省の承認取得を目指す。
 
 
用語説明:
注1) 経皮デバイス:体外から体内に皮膚を貫通し、栄養補給、薬液注入および血液循環を担う医療用具であり、あらゆる人工臓器に付随している。
注2) ダウングロース:生体と材料の境界面から皮膚組織が体内に陥入する問題
注3) 外シャント:生体外へ血液を導き出すための血管デバイス
 

参考資料 合成方法

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(研究に関すること)
独立行政法人 物質・材料研究機構 生体材料研究センター
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国立循環器病センター 生体工学部
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〒565-8565 大阪府吹田市藤白台5-7-1(TEL:06-6833-5012(2510))
 

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