人間の脳活動を世界で初めて高精度でイメージングすることに成功
- 大脳皮質のコラム構造を頭の外から観察 -


 
1.背景

 実験動物での実験結果が集まり、また人の脳の神経活動を頭の外から記録する“非侵襲計測法”が開発されたことから、人の高次脳機能の解明に対する期待が高まっています。しかし、従来の非侵襲計測法の空間精度は5ミリ程度であり、この空間精度では、いろいろな精神活動に際して神経活動が高まる脳の部位を決めることはできますが、それぞれの脳の部位がどうやってその機能を遂行しているかのメカニズムを調べることはできませんでした。研究チームでは、似た性質を持った神経細胞が大脳皮質の0.5ミリほどの大きさの局所領域に固まって存在することに注目し、磁気共鳴画像装置を用いて0.5ミリの空間精度で人の脳の神経活動を記録する技術の開発を行ってきました。
 大脳皮質において、似た性質を持った神経細胞が大脳皮質の表面に垂直な方向に伸びた領域(コラム)に固まって存在することをコラム構造と呼びます(図1)。コラム構造は、初めは動物の脳の第一次視覚野で発見されましたが、最近では連合野でも見つかっています。コラムの大脳皮質表面での広がりはネコやサルでは一般には0.5ミリ程度です。今回の研究では第一次視覚野の眼優位性コラムに注目しました。

2.研究手法

 研究チームが用いた研究手法は、磁気共鳴画像装置を用いて神経活動をイメージングする方法(機能的磁気共鳴イメージング法)です(図2)。神経細胞の活動が局所的に高まると、反射によって局所的に血流量が増え、毛細血管中の還元ヘモグロビンの量が減少します。還元状態のヘモグロビンは、磁化してまわりの水分子の水素原子核(プロトン)の磁気共鳴の減衰を早める作用を持つので、還元ヘモグロビン量の減少は、プロトンの磁気共鳴信号の減衰を遅らせ、磁気共鳴信号を増加させます。このように神経細胞活動の高まりを局所血流量の増加を通じて、最終的にはプロトンの磁気共鳴信号の増加で測定するのが機能的磁気共鳴イメージング法です。
 機能的磁気共鳴イメージング法の空間精度の限界は、最終的には毛細血管の間隔(50ミクロン程度)で決まりますが、実際には測定の信号雑音比が悪いために、これよりずっと大きい空間精度しか実現できません。そこで研究チームでは、信号雑音比を向上させるためにいろいろな技術開発を積み重ねました。通常の人間用磁気共鳴イメージング装置の2.5倍である4テスラの超伝導磁石(図3)に、長時間安定した画像を得るために特別に設計した傾斜磁場コイル(図4)を組み合わせました。さらに第一次視覚野での感度を上げるため、特別設計の小型受信用コイル(図4)を作成しました。また、呼吸および心臓の鼓動にともなう信号の変調を補正するシステムを開発し、コイルを駆動してイメージを得るための制御シークエンス(パルスシークエンス)を測定対象に最適化しました。信号雑音比は測定の単位(ボクセル)の体積に比例します。そこで、イメージを得る平面(一定の厚みを持つのでスライスと呼ぶ)内の画素の大きさを小さくし(0.47ミリ)、その代わりスライスの厚みを3ミリとしました。

3.研究成果

 ヒトの第一次視覚野は、大脳半球後頭葉の内側面で前後に伸びる鳥矩溝(ちょうくこう)と呼ばれる溝に沿って広がっています。脳の詳細な形は、人ごとにかなり違いますが、多くの人で、鳥矩溝の上下の壁に広がる大脳皮質の部分は比較的平らです。そこで、個々の被験者の実験では、まず初めに構造画像を撮影しながら、スライス面が鳥矩溝の上壁または下壁のなるべく広い範囲で大脳皮質と完全に重複するように、イメージングのスライス面の傾きと位置を調節しました。次に視野のいろいろな部分に視覚刺激を出して第一次視覚野上の視野のマッピングを調べて第一次視覚野の境界を決めた後、最後に眼優位性コラムのイメージングを行ないました。
 視覚刺激は、白黒のチェッカーボードのようなパターンを1秒間に8回白黒反転する刺激で、光ファイバーの束を通して片方ずつの目の網膜に投影しました。“刺激なし(1分)-左目刺激(2分)-刺激なし(1分)-右目刺激(2分)”を4回繰り返し、合計で24分間連続的にイメージングを行ないました(図5)。左目刺激の間の機能的イメージと右目刺激の間の機能的イメージを比較することによりストライプ状のパターンが得られました(図6)。このパターンはサルの眼優位性コラムと同じように、“ストライプを構成し”、“帯の長軸方向は第一次視覚野の境界(大脳半球の内側表面にあり、鳥矩溝が内側表面に出る縁にほぼ平行に走る)にほぼ垂直”でした。
 一方、ひとつずつのコラムの幅は平均して1ミリであり、サルのそれの約2倍でした。さらに、ひとつの眼優位性コラムイメージングが終わった後に5分ほどおいて、同一被験者の同一スライス面でもう一度イメージングを行なった結果、極めてよく重複するパターンが得られました(図7)。この再現性は、今回の測定の空間精度が画素の大きさ(約0.5ミリ)以下であったことを示しています。比較的平らな鳥矩溝の壁を持つ3人の被験者で同じような結果が得られました。
 この結果は、ネコやサルの脳で示されてきた眼優位性コラムが人間の脳にも存在し、良く似た空間パターンを構成することを示しました。空間パターンは動物のサルのそれとよく似ていましたが、ひとつのコラムの幅はサルの約2倍でした。人間の眼優位性コラムではひとつのコラムの中でより複雑な情報処理が行なわれているためにコラムが大きくなっている可能性があります。さらに重要なことは、人間の大脳からコラムの中に固まった神経細胞集団の活動を全く非侵襲に計測する方法の開発に成功したことです。ひとつひとつのコラムを活動させる刺激や状況を特定することで細胞レベルでの情報表現を推定し、隣り合ったコラムが表現する情報を比較することでコラム間の相互作用で行なわれる情報処理の内容を推定することができます。人間の高次脳機能メカニズムの研究が飛躍的に加速する可能性が生まれました。

4.今後への期待

 高次脳機能を担うと考えられている大脳連合野からの機能的磁気共鳴イメージングの信号は、第一次視覚野からの信号より小さく、またサルなどの動物を使った研究から得られる参照データも限られています。そこで今回の成功がただちに人間の大脳皮質すべての領域でコラムイメージングの可能性を約束するわけではありません。しかし、機能的磁気共鳴イメージングの信号雑音比改善のための手段はまだいろいろとあります。これらの開発を積み上げていくことによって5年ほど先には、人間の大脳皮質連合野でのコラムイメージングが可能になることが期待されます。例えば人間の側頭葉下部前方には名詞概念が蓄えられていると示唆されています。いろいろな名詞概念を表わすコラムがどのように配置されているかを調べることによって(図8)、人間の知能が整理されている構造を直接調べることができるようになり、老人性痴呆のメカニズム解明に重要な突破口を開くことが期待されます。さらに前頭葉の連合野のコラムイメージングが進めば分裂病などの精神疾患のメカニズム解明にも重要な前進が期待されます。


This page updated on October 25, 2001

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