補足説明


「高温超伝導発現に関わる反磁性ドメインの発見」
-高温超伝導発現機構解明に重要な手がかり-

 1986年ベドノルツとミューラーによって発見された酸化物高温超伝導体は、最近超伝導マグネット、スクイド、超伝導フィルターなどへの応用が徐々に始まり、製品化されているものもある。しかしその超伝導メカニズムについてはまだ解明されていない。

 従来の金属、化合物超伝導体の場合は、バーデイン、クーパー、シュリーファーが1957年発表したBCS理論によってほとんどが矛盾なく説明できる。この理論では2つの電子がフォノン(格子振動が量子化されたもの)を媒介として引力を生じ、電子間のクーロン反発力に打ち勝って電子対(クーパー対)が形成される。この電子対の結合エネルギーはギャップエネルギーと呼ばれ、電子対は2つの電子がバラバラにいるときよりギャップエネルギー分だけ低い状態になる。この電子対が凝縮した状態が超伝導状態(いわゆるマイスナー状態)といわれ、電子対が超伝導電流を運ぶ。超伝導転移温度で電子対が形成されると同時に、コヒーレント状態といわれるマイスナー状態を形成する。

 ところがBCS理論で予想される超伝導転移温度は精々40K程度であり、転移温度が150K程度まで観測されている酸化物高温超伝導体を到底説明できない。また格子振動が直接絡んでいる証拠として、同位元素効果が金属超伝導体で観測されているが、高温超伝導体では観測されていない。現在、高温超伝導体の超伝導発現機構はBCS理論とは異なる全く新しい機構によるものと考えられている。これには新しい酸化物高温超伝導材料の奇妙な物性が絡んでいると言われている。酸化物高温超伝導体においては、超伝導状態になる前の常伝導状態においても異常な性質が次々と見出され、そのふるまいが超伝導の発現と密接に結びついているといわれている。これまでにいろいろな立場から数多くの理論が発表されてきた。通常のフェルミ流体論で反強磁性スピン揺動あるいは電荷揺動を媒介とする理論、モット絶縁体を出発点とするアンダーソンのRVB理論を含めた強相関電子理論、さらに相転移に伴う大規模な臨界性に基づく量子臨界性理論などバラエテイに富んでいる。どのモデルが正しいかいまのところ決定する実験がない。高温超伝導体における共通の認識は、キャリアドーピングが少ない場合、通常の常伝導状態とは異なり、超伝導転移温度Tcより上の温度でも何らかギャップが開いた状態(擬ギャップ状態)があったり、また超伝導位相変動状態が存在したりするということである。実際、これまでにそのような状況を暗示するデータがトンネル分光、光電子分光、中性子散乱、超高周波測定などで得られている。

 本研究は、上のような間接的な実験方法とは異なり、超伝導SQUID顕微鏡を用いて超伝導転移温度以上から温度を下げるにつれ、超伝導状態が実現していく様子を直接捉えることに成功したものである。超伝導転移温度以上で、空間的にいくつもの反磁性ドメインが現れ、このドメインの発展がマイスナー状態の実現につながるものであることをはじめて報告したものである。この報告により、超伝導発現過程は本質的に不均一であり、空間的に均一な状態を仮定する理論では説明できないことになる。本研究結果は今後の超伝導発現機構の解明に多大な影響を与えるものと思われる。


(用語説明)

マイスナー状態:2つの電子が引力相互作用によって電子対(クーパー対)を形成し、これが凝縮した状態である。いわゆる超伝導状態で、抵抗ゼロの電流が流れ、磁束が完全に排除される。通常のBCS理論では引力の原因は量子化された格子振動(フォノン)である。

超伝導転移温度(Tc):超伝導が発現する温度

BCS理論:バーデイン、クーパー、シュリーファーが1957年発表した理論。この理論では2つの電子がフォノン(格子振動が量子化されたもの)を媒介として引力を生じ、電子間のクーロン反発力に打ち勝って電子対(クーパー対)が形成される。この電子対が凝縮した状態が超伝導状態(いわゆるマイスナー状態)といわれ、電子対が超伝導電流を運ぶ。
反磁性ドメイン:印加されている磁場とは反対方向に磁化した島領域
RVB理論:Resonating Valence Bond theory. ノーベル賞を受賞したアンダーソン博士の提唱した理論。 高温超伝導体のCuO2面(銅酸素面)のCuの局在スピンが2個ずつ1組となって一重項になり、量子力学的に重ね合わさった状態を基にした理論。
走査スクイド顕微鏡:スクイド(超伝導量子干渉計:SQUID)は微小磁束を検出する高感度な超伝導素子であるが、これを試料表面を空間的に走査させることにより(具体的には試料の方を動かすことが多いが)微小磁束の空間像を捉えることができる装置である。
プリフォームドペア:電子が2つ結合して電子対(クーパー対)を作っているが、まだコヒーレントの状態にないもの(マイスナー状態を作れないクーパー対)

This page updated on July 26, 2001

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