(お知らせ)
平成13年7月3日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話(048)226-5606(総務部広報室)

「網膜内の位置関係を決定するタンパク質の発見とその機能解析」

 科学技術振興事業団(理事長 川崎雅弘)の戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「神経ネットワーク形成の遺伝子プログラム」(研究代表者:野田昌晴 岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所教授)で進めている研究の一環として、ニワトリの網膜に存在する分泌性タンパク質(Ventroptin)を初めて発見し、その役割を解明した。その役割は2つある。第一の役割は、他のタンパク質と協調的に働き、目を形成する際に、網膜の背腹(上下)軸(注1)の位置関係を決定すること、第2の役割は、網膜に写った像を正常に視蓋(注2)に投影するための背腹軸・前後軸(注3)両方向における情報伝達回路の形成を制御していることである。今回の研究結果は、視神経の再生治療の実現に大きな役割を果たすものと期待される。この研究成果は、岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所、野田昌晴教授らによって得られたもので、7月6日付の米国科学雑誌「サイエンス」で発表される。

 Ventroptinは、今回初めて見つかった分子で、BMP-4というタンパク質(注4)の活性を調節する分泌性タンパク質である。Ventroptinは胚の発生初期には、網膜腹側で発現を開始する。このときBMP-4は網膜背側で発現するようになり、2つの分子は相補的な発現の分布を示す。発生が進むと、この分布に変化が生じ、Ventroptinは前後軸において前側で高く、後側で低い濃度勾配をもって発現するようになり、結果的に両軸(背腹軸、前後軸)方向に勾配を持つようになる(図1参照)。このような発現パターンを示す分子は初めてであり、その機能が注目された。
 Ventroptinの役割を解明するため、発生途中の網膜において、正常な発現位置と異なる場所でVentroptinを発現させると、BMP-4の活性が失われ、網膜の背側が腹側化するという現象が起こった。この結果から、VentroptinがBMP-4の活性を調節することにより、BMP-4と協調的に背腹軸方向の位置関係の決定を行っていることが明らかとなった。

 目で見た像は、網膜に写され、その視覚情報は神経軸索を通って、脳内の視蓋と呼ばれる器官に投影される。網膜上の一点から生じる視神経は視蓋の一点に対応する神経細胞群にシナプス(注5)を作る。網膜の前側あるいは後側の領域から発した視神経は、視蓋のそれぞれ後側、前側の領域に選択的に神経結合を形成する。同様に、背側から腹側に、腹側から背側に結合が起こる(図2参照)。それによって網膜上の二次元像が視蓋に正確に投影されることになる。
 視蓋への神経回路形成はこれまで、背腹軸方向、前後軸方向でそれぞれ独立して制御されていると考えられていた。Ventroptinを網膜において正常な胚とは異なる場所で発現させると、背腹軸方向と前後軸方向の両方において、正常な神経回路が視蓋に対して形成されないことがわかった(図3参照)。この結果から、Ventroptinが背腹軸・前後軸両方向における神経投射を制御していることが示された。

 現在、視神経の再生治療のための研究が活発に行われている。神経を再生するときには、どのようにして正しい神経が結合されているのかを理解することが必要である。今回、神経結合の仕組みの一端を明らかにしたことは、神経の再生を実現する上で大きな基礎となる知見を提供したといえる。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
    研究領域:脳を知る(研究統括:大塚正徳 日本臓器製薬(株)生物活性科学研究所顧問)
    研究期間:平成8年度-平成13年度


注1 垂直軸ともいう。頭頂側を背側といい、首側を腹側という。
注2 視神経によって運ばれる視覚情報を中継する脳の構造の名称。大脳皮質のない鳥類、爬虫類、両生類、魚類などでは視覚の中枢となっている。
注3 網膜の前側と後側を結んだ座標軸をいう。鼻から一番近い部分を前側(鼻側)、鼻から一番遠い部分を後側(耳側)という。
注4 Bone Morphogenetic Protein-4:TGFβファミリーに属し、形態形成、細胞運命決定等に重要な役割を持つ。目においては網膜背側の領域特異性決定に関与することが知られている。
注5 神経細胞間のつなぎ目、この部分で神経細胞の間のシグナル伝達が行われる。
本件問い合わせ先:
   (研究内容について)
      野田 昌晴(のだ まさはる)
       岡崎国立共同研究機構 基礎生物学研究所
        〒444-8585 岡崎市明大寺町字西郷中38
        TEL:0564-55-7590
        FAX:0564-55-7595

   (事業について)
      小原 英雄(おはら ひでお)
       科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部 
        〒332-0012 川口市本町4-1-8
        TEL:048-226-5635
        FAX:048-226-1164

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