補足説明


 ニワトリ網膜の神経節細胞の軸索は1次視覚中枢である視蓋へと投射する。このとき網膜の前側(鼻側)および後側(耳側)の軸索は、反対側視蓋のそれぞれ後側、前側に選択的に投射する。同様に背側からは腹側に、腹側からは背側に投射する。このようなトポグラフィックな投射地図は、網膜における領域特異性の決定、これによって与えられる位置情報、位置情報に対応した認識分子の発現、位置情報に対応した標的部位への投射という過程を経て完成すると考えられている。この過程は前後軸・背腹軸方向で、それぞれ独立に決定すると考えられてきた。
 我々は5年前にCBF-1とCBF-2という転写因子が、それぞれ網膜の前側、後側の領域特異性決定に関与することを明らかにした。その後、Tbx5、cVaxという転写因子が、それぞれ背側、腹側の領域特異性決定に関与することが報告された。BMP-4は、これらの上流に位置し、Tbx5を正に、cVaxを負に調節することが知られている。網膜以外の組織において、BMP-4中和分子がBMP-4と相補的に発現し、その活性を調節することが知られているが、網膜におけるBMP-4中和分子は同定されていなかった。
 Ventroptinは、RLCS法により今回初めて見つかった分子の1つで、BMP-4中和活性を持つ分泌タンパクであることが判明した。Ventroptinは発生初期には網膜腹側で発現を開始する。このときBMP-4は網膜背側で発現するようになり、2つの分子は相補的発現分布を示す(図1参照)。これはお互いが他方の遺伝子発現を抑制することによる。孵卵6日目以降になると、Ventroptinは前後軸においても前側で高く後側で低い勾配を持って発現するようになり、結果的に両軸方向に勾配を持つようになる。このような発現パターンを示す分子は初めてであり、その機能が注目された。
 Ventroptinをエレクトロポレーションによって発生途中の網膜内に異所的に発現させると、網膜の背側で発現するTbx5の発現が消失し、腹側で発現するcVaxの発現領域が背側まで広がった。この結果はVentroptinがBMP-4の活性を調節することにより、協調的に背腹軸方向の領域特異性を決定することを示している。
 Tbx5、cVaxを異所的に発現させると背腹軸方向における投射に異常が生じると報告されているが、Ventroptinを異所的に発現させた胚では、背腹軸方向ばかりではなく、前後軸方向においても投射パターンが変化していた(図2参照)。このとき前後軸方向の投射に関与するephrin A2の異所的発現が網膜後側で見られたことから、前後軸方向における投射異常はephrin A2の発現誘導によるものと考えられる。以上の結果は、Ventroptinが前後軸・背腹軸両方向における投射を制御していることを示している。また、BMP-4は前後軸方向の投射に関与していないと考えられることから、前後軸方向の投射に対しては未知のTGFβファミリー分子の関与が示唆される。
 この研究は、従来、独立に決定すると考えられていた前後軸・背腹軸両方向における網膜視蓋投射が、Ventroptinという1つの分子の発現によって制御されていることを示したものであり、今後の神経結合形成の研究に新たな指針を与えるものと考えられる。


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