補足説明


 ATP感受性カリウムチャネルは細胞内のATPレベルによって開閉が調節されるイオンチャネルであり()、従って細胞内の代謝レベルを細胞活動に反映させる重要な分子である。例えば、ATP感受性カリウムチャネルは膵臓のβ細胞において血糖のセンサーとして機能し、血糖上昇時に膵β細胞内のATPレベルが上昇すると、このチャネルが閉じてインスリン分泌が起きる。また、ATP感受性カリウムチャネルは経口糖尿病薬スルフォニル尿素の作用標的でもある。一方、ATP感受性カリウムチャネルが脳の特に黒質網様部に多量に発現していること、また黒質網様部が様々なけいれん発作の制御に重要な部位であること、がこれまでに知られていたが、黒質網様部のATP感受性カリウムチャネルの役割については不明であった。
 ATP感受性カリウムチャネルはスルホニル尿素受容体(SUR)と内向き整流性カリウムチャネル(Kir6.2)の複合体であることをこれまでに明らかにしてきたが、このKir6.2を欠損したマウスが千葉大学大学院医学研究院先端応用医学部門の清野 進教授らにより作成されたため、このマウスを用いて黒質網様部のATP感受性カリウムチャネルの役割について研究を行った。
 まず、ATP感受性カリウムチャネル欠損マウスが低酸素の条件下で著しく全身痙攣が起こしやすいことを明らかにした。例えば、5.4%の低酸素下に2分30秒間置くと、ATP感受性カリウムチャネル欠損マウスは全例激しい全身痙攣を起こして死亡するのに対して、対照の野生型マウスでは痙攣は起きなかった。その機序として、正常マウスでは低酸素条件下においては細胞内ATPが枯渇するために、黒質網様部のATP感受性カリウムチャネルが開き、その結果神経細胞の興奮が抑制されるのに対して、欠損マウスではそのような防御機構が働かないためであるということを明らかにすることができた。
 今回の成果はこれまで推定はされてきたが厳密に検証することができなかったATP感受性カリウムチャネルの虚血時における生体防御の役割を脳において初めて解明した点で評価されたと思われる。
 この研究成果はけいれんの発症機序の解明につながるだけでなく、脳血管障害や低酸素、低血糖などの脳虚血に伴う脳障害を軽減する治療に道筋をつける可能性がある、と思われる。


This page updated on May 25, 2001

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