補足説明


 従来、神経伝達物質受容体は神経細胞のみに存在すると思われていたが、近年、多種類の神経伝達物質受容体がグリア細胞にも存在するという報告が相次いで発表されている。特に、脳の主要な興奮性伝達物質として、シナプス伝達、シナプス可塑性、記憶・学習、細胞死等に深く関与しているグルタミン酸の受容体は、グリア細胞に広範に分布している。その顕著な例が、小脳皮質のベルクマングリアにおける、Ca2+透過性グルタミン酸受容体の存在である。
 グルタミン酸受容体は、イオンチャネル型受容体と代謝調節型受容体に大別され、イオンチャネル型受容体はアゴニスト特異性により、さらにAMPA型、NMDA型、カイニン酸型の3種類に分類される。このうち、AMPA受容体を構成するサブユニットには、GluR1-GluR4の4種類があり、GluR2を含む受容体はCa2+透過性をもたないが、GluR2を含まない受容体は高いCa2+透過性を示す。小脳のプルキンエ細胞など大部分の神経細胞のAMPA受容体は、GluR2を含むCa2+非透過性受容体であるのに対して、ベルクマングリアの受容体は、GluR1とGluR4から成り、高いCa2+透過性を示す。
 小脳のプルキンエ細胞の樹状突起の棘(スパイン)上には、多数の平行線維と一本の登上線維がグルタミン酸を伝達物質とする興奮性シナプスを形成している。これらのシナプスは、ベルクマングリアの微細な突起によって、完全に包囲されている。また、グリア突起の膜上には、グルタミン酸輸送体が存在するので、シナプス活動時に入力線維の終末部から放出されるグルタミン酸は、プルキンエ細胞に興奮性シナプス後電流(Excitatory postsynaptic current; EPSC)を発生させると直ちにグリア細胞内に輸送され、シナプス間隙から除去される。ところでこれまで述べてきた通り、このグリア細胞膜には、高いCa2+透過性をもつAMPA受容体が存在するので、シナプス活動の度に、放出されるグルタミン酸によって、この受容体が活性化され、Ca2+がグリア細胞の内部へ送り込まれる。今回、我々はこのCa2+流入の機能的意義を明らかにするために、アデノウイルスベクターにGluR2 cDNAを組み込んだ組換えウイルスを用いて、ラット小脳のベルクマングリアにGluR2を強制発現させ、Ca2+透過性AMPA受容体のCa2+透過性を抑制した。この操作により、ベルクマングリアの突起は退縮し、シナプスを取り巻く特有の構造は失われた。この構造変化により、グリア細胞によるグルタミン酸の除去が遅れて、入力線維の刺激によるEPSCの持続時間が大幅に遷延した。また、登上線維による多重支配も見られるようになった。これらの実験結果から、シナプスで放出されるグルタミン酸は、神経伝達を担うと同時に、グリア細胞のCa2+透過性AMPA受容体の活動を介して、シナプスを取り巻くグリア細胞の突起の形態を維持するという二重の役割を果たすことが明らかになった。
 この研究は、神経細胞とグリア細胞の間で相互に行われる動的制御機構の一端を、はじめて具体的に解明したものであり、今後の、ニューロン-グリア機能相関の研究に指針を与えるものとして位置づけられる。


This page updated on May 4, 2001

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