(お知らせ)
平成13年4月26日
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団
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「神経前駆細胞の分化を誘導するMusashi蛋白質」

 科学技術振興事業団(理事長 川崎雅弘)の戦略的基礎研究推進事業における研究領域「脳を知る」の研究代表者であった岡野栄之 慶應義塾大学医学部教授(前 大阪大学大学院医学系研究科教授)の研究グループは、ショウジョウバエMusashi蛋白質がtramtrack伝令RNAと結合してTramtrack蛋白質の合成を抑えることで、神経前駆細胞の分化を誘導することを明らかにした。この研究成果は、国立遺伝学研究所発生遺伝研究部門(元 CREST研究員)の岡部正隆助手らによって得られたもので、5月3日付の英国科学雑誌「ネイチャー」に発表される。

 多細胞生物では、1個の受精卵が細胞分裂をくり返すことで個体ができあがるが、1個の細胞が全く同じ運命をもつ2個の細胞に分裂するのでは、多様な細胞から成る個体を作ることはできない。1個の細胞が2個の別の運命をもつ細胞に分裂する(以下「非対称分裂」という)メカニズムが必要である。

 ショウジョウバエ末梢神経系の感覚器(感覚剛毛)においては、感覚剛毛の元になる1個の細胞(神経母細胞)が、剛毛の元の細胞(支持細胞前駆細胞)と神経の元の細胞(神経前駆細胞)とに分裂し、1本の剛毛とそれに接続する神経組織を形成する(図1左)。ところが、突然変異ショウジョウバエのmusashi変異体(注1)では、1個の神経母細胞が2個の支持細胞前駆細胞に分裂するため、神経前駆細胞は生じず剛毛が2本生える(図1右)。このように非対称分裂が起きないmusashi変異体で働かなくなっている蛋白質(Musashi蛋白質)の機能を調べることが、非対称分裂のメカニズムの解明に重要と考えられた。

  岡部助手らは、1個の神経母細胞が分裂して生じた2個の細胞の両方にtramtrack伝令RNA(注2)が存在していることに着目し、その一方の細胞においてのみ、Musashi蛋白質がtramtrack伝令RNAと結合してTramtrack蛋白質の合成を抑えていることを発見した(図2)。そして、この細胞のみが神経前駆細胞になり、結果として2個の細胞が異なる種類の細胞になることを明らかにした。この結果は、神経系の形成過程においても、伝令RNAに結合する蛋白質が、伝令RNAから蛋白質を合成する過程を調節して、多様な細胞を生み出していることを新たに示した。

 このような非対称分裂の分子メカニズムの解明は、生物の発生過程において細胞の多様性を生むメカニズムを明らかにするだけでなく、試験管内で特定の細胞のみを分化させるといった細胞工学にも大いに貢献するものと考えられる。実際、Musashi蛋白質はショウジョウバエに限らず、線虫からヒトに至るまで幅広い生物種で保存されており、ヒトの神経幹細胞にも発現している。ヒト神経幹細胞においてもMusashi蛋白質が重要な制御機能を有している可能性があり、今後の研究によっては再生医学への応用なども期待される。

注1 musashi変異体:剛毛が2本になる突然変異ショウジョウバエを、剛毛を刀に例え、2刀流の宮本武蔵にちなんでmusashi変異体と命名した。
注2 tramtrack伝令RNA:神経前駆細胞になるのを抑える蛋白質(Tramtrack蛋白質)の設計図となる伝令RNA

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
   研究領域:脳を知る(研究統括:大塚正徳 日本臓器製薬(株)生物活性科学研究所 顧問)
   研究期間:平成7年度〜平成12年度
本件問い合わせ先:

   (研究内容について)
      岡野栄之(おかのひでゆき)
       慶應義塾大学 医学部 生理学教室
        〒160-8582 新宿区信濃町35
        TEL:03-5363-3747  FAX:03-3357-5445

   (事業について)
      小原英雄(おはらひでお)
       科学技術振興事業団 研究推進部 戦略研究課
        〒332-0012 川口市本町4−1−8
        TEL:048-226-5635  FAX:048-226-1164

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