補足説明


 Fの大きさは縦・横・奥行きともほぼ10万分の1ミリ(10ナノメートル)、それぞれ原子がたった数十個ならぶ程度である。その中で細い棒がクルクル回る。燃料になるのはATPという化学物質で、これを分解することにより得られるエネルギーを使って、回転が起きる。体の中には、Fの他にもATPを分解しながら仕事をする「たんぱく質分子機械」がいろいろあって、筋肉を縮ませたり、脳を働かせるためにイオンを運んだり、生命活動の多くを担っている。ATPの分解という化学反応が、一体どのようにして分子機械を駆動するのか、はっきり分かった例はこれまでになく、生命科学の最重要課題の一つである。化学反応で仕事をさせる例としてすぐ思いつくのは自動車のエンジンだが、これはガソリンを燃やすという化学反応(酸化反応)をいったん熱に変え、その熱でガスを膨張させて、ピストンを押す仕事をさせる。熱を経由するため、エネルギー変換効率はせいぜい10%程度だが、Fモーターの場合、化学反応で直接回転を駆動するので、その効率は理論的最大値の100%に近い。この直接駆動の仕掛けを知りたいわけである。
 数あるたんぱく質分子機械の中でもFモーターは特殊で、力づくで逆回転させるとATP分解の逆反応、つまりATPの合成反応を起こすと信じられている(まだ直接の証明はない)。つまり、可逆な分子機械である。我々の体の中では、水素イオンの流れを利用して逆回転を起こさせ、ATPが合成されている。Fの作るATPが、体の中にある他の分子機械のエネルギー源となるのである。普通に活動しているヒトは、一日に自分の体重くらいのATPを合成し、そのATPを分解することによって筋肉を縮め、栄養分を吸収し、ものを考える。すべてのATPはFで合成されており、Fなしではヒトも植物もバクテリアも生きることができない。回転運動がいったいどのようにして化学合成を引き起こせるのか、化学分解により直接運動を起こす仕掛けと同様、人造の機械では今だかって夢想もされたことのない、未知の仕組みである。
 本研究では、Fの回転軸部分に、糊の役目をするたんぱく質分子を介して金の微粒子を結合させた(図1)。この金粒子はFの4倍くらいの大きさがあるが、Fモーターは力持ちなので、このくらいの粒子は軽々と回してしまう。金粒子は光をよく散乱するので、その回転をビデオ撮影することができる。
 その結果、上述のように、回転は90度と30度のステップが交互に繰り返されることで起きることが分かった(図2)。そして、90度のステップは、ATPがFに結合することによって駆動され、30度ステップはATPの分解産物がFから離れるときに駆動されることも分かった。回転力の源は、ATPの結合と解離、というわけである。喩えていうと、Fの一部に鉄製のピンセットのような部分があり、磁石の役目をするATPが真ん中に挟み込まれると、両端が閉じられる、磁石が離れると再び開く、という感じである。後は、ピンセットの閉じ開きという往復運動を回転運動に変えるカムのような仕掛けがあればよい。ポイントは、ATPが2つの物質に分解されるときに運動が起きる(力がでる)のではない所にある。ATPが分解されると、Fから離れやすくなるので、ピンセットの閉じ開きのサイクルが完了して次のATPを受け入れられるようになる。つまり、ATPの分解という化学反応の役目は、ステップ動作を何度も繰り返せるよう、モーターの状態を元に戻すことにあり、直接動き(力の発生)にはかかわらないのである。
 ATPの合成もうまく説明できる。Fモーターが逆回転してピンセットが少し閉じ気味になると、ATPの分解産物2種が間に挟まれる。狭いところで2つが押しつけられるので、自然に合成反応が起きてATPになってしまう。問題は、できたATPが強い“磁石”なので、このままでは外に出ていかない、したがって利用できないところにある。そこでFモーターがさらに逆回転すると、ピンセットが強引にこじ開けられ、ATPが出ていくというわけである。(逆)回転させるための力は、ピンセットを動かして分解産物の結合とATPの解離を促すところに使われ、合成反応そのものを直接駆動するわけではない。
 一言でいうなら、Fモーターを動かす力は、ATPという小さな分子が結合したり離れたりすることで生み出され、逆に、外から力を加えると結合・解離を強引に起こさせられる、ということが分かった。化学反応それ自身は、補助的な役割を果たすにすぎない。他の多くのたんぱく質分子機械の動作原理も、結合・解離にあるのではないかと推察される。


This page updated on April 19, 2001

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