概要


 科学技術振興事業団・創造科学技術推進事業・難波プロトニックナノマシンプロジェクトは、ベスプレム大学、理化学研究所の協力を得て、細菌が泳ぐために高速回転させる細長いらせん型スクリューであるべん毛繊維を構成するタンパク質、フラジェリン分子の構造をX線により解析し、べん毛の素繊維構造とその微小な周期構造のスイッチ機構を明らかにした。
 べん毛繊維は、フラジェリンと呼ばれる一種類のタンパク質からなる直径約20nm(nm:10-9m)長さ10数ミクロンの細長いチューブ構造であり、ほぼ軸方向にフラジェリンが一列に並んだ素繊維11本の束として構成されている。フラジェリンがすべて同じ形と大きさであれば直線型チューブにしかならず、これでは推進力を発生することができない。周期長のわずかに異なる2種類の素繊維構造がある割合で混在することで、べん毛全体として緩やかにねじれたらせん状になっている。また、素繊維の2種類のわずかに異なる周期構造(52.7Åと51.9Å(Å:オングストローム 10-10m=0.1nm))は相互に切り替われるように設計されており、それによってらせんのピッチや巻き方を変えることもできる。今回明らかにしたフラジェリンの結晶構造には、べん毛素繊維と等価な分子配列が含まれており、分子構造とともにべん毛繊維軸に沿ったフラジェリン分子間相互作用が明らかになった。そこで、素繊維の周期構造が切り変わるしくみを解明するため、得られた素繊維の分子構造モデルを伸張する計算シミュレーションを行った。その結果、フラジェリンの柔軟な構造のなかで、素繊維に沿った分子間接触部位にあるベータヘアピン構造の極微小な構造変化が、スイッチとして働きうることを確認した。周期長差0.8Åを実現する力学的スイッチであるから、その精度は0.1Åレベルで、原子1個の大きさ(約1Å程度)の約1/10という極めて高精度で働くスイッチである。
 タンパク質はナノスケール、サブナノスケールで動作する分子機械(ナノマシン)である。今回の結果は、フラジェリンがその柔軟な基本構造設計の中に持つ極めて高精度のスイッチ機構を明らかにした。これはフラジェリンの特殊な構造によるものであるが、かならずしもフラジェリンが特異的なタンパク質であることを示すものではない。多数のアミノ酸が一列に強く結合してできた長いペプチド鎖が、水素結合など弱い結合力で立体構造を形成するために生じる柔軟な構造と、原子1つ1つを部品として立体的に組み上げられていることによる高精度の動作機構を併せ持つことがタンパク質の一般的な特徴で、この21世紀に展開が期待されるナノテクノロジーにとっても、ナノマシンの設計原理など重要な基盤知識を提供するものである。


This page updated on March 15, 2001

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