補足説明


高温超伝導体の「電子-ホール対称性」の発見


東北大学大学院理学研究科 高橋 隆


 1986年に、スイスIBM研究所のBednorzとMüller (1987年ノーベル物理学賞受賞)により発見された「高温超伝導体」は、物理学のみならず産業界に大きなインパクトを与えた。その超伝導転移温度は、それまで確立していたかに見えたBCS理論からの予測の上限(BCSの壁、約 50K= -220°C)を遥かに越えて、現在では、産業界で頻繁に使われている液体窒素温度 (77K)の100度もの上の160Kにまで達している。工学の立場からは、電気の送電ロスをゼロとしたり、磁気浮上列車(リニアモーターカー)を支える強力な磁場を発生できる超伝導導線が製作されている。しかしながら、その一方で、「何故、このような高い超伝導が実現されているのか」という超伝導発現機構の解明は、多くの物理学者の努力にも拘わらず、まだ決着が付いていない。
 高温超伝導体には、結晶中の電子の抜けた孔(正孔、ホール)が電流の担い手となって超伝導となる「ホール型」と、電子自身が超伝導となる「電子型」の2種類がある。BednorzとMüllerによって発見されたLa2-xBaxCuO4は前者で、その後見出された多くの高温超伝導体はほとんどこの「ホール型」に属する。従って、これまでのほとんどすべての実験研究はこの「ホール型」を用いて行われてきた。一方、1989年に、東京大学の十倉らによって初めて見出されたNd2-xCexCuO4図1参照)は、電流の担い手が電子であることが確立しているが、超伝導転移温度が相対的に低いことや、良質単結晶の作成が困難であることなどから、「ホール型」に比べ研究が大きく遅れていた。しかし、これまで主に「ホール型」のみで行われてきた実験研究が高温超伝導にどこまで普遍的なものであるのか、さらに、高温超伝導の発現機構が「電子とホールで対称的であるのか」を明らかにすることは、超伝導機構を解明確立する上で不可欠である事は言うまでもない。
 本研究は、超高分解能光電子分光法を用いて、電子型高温超伝導体であるNd2-xCexCuO4の超伝導ギャップを初めて観測することに成功し、それが「ホール型」と同じdx2-y2という対称性を持つことを見出したものである(図2参照)。超伝導の対称性は、超伝導を引き起こす力と直接関係する事から、今回の発見は、高温超伝導体において「電子-ホールの対称性」が成立していること明らかにしたと同時に、高温超伝導は電子(ホール)の持つ小さな磁石(スピン)が起源となっていることを明確に示しているものである。今後、本実験結果を踏まえて、超伝導発現機構解明は一段と進むものと期待される。

 光電子分光とは、アインシュタインの光量子仮説に基礎をおく実験法である。物質に粒子(量子)としての光を照射すると、そのエネルギーを吸収して物質から電子が放出される。この電子の性質(エネルギー、運動量)を測定することで、物質の電子状態を調べる方法が、光電子分光法である。近年、そのエネルギー分解能が格段(2桁以上)に上昇し、以前は「夢」と思われていた超伝導体の超伝導ギャップを直接観測できるようになってきた。また最近では、SPring8に代表される放射光を利用した先端的な光電子分光研究も進んでいる。

 超伝導ギャップとは、超伝導温度以下の温度で、電子の占める電子状態の一番高い部分で開くエネルギーギャップのことを言う。このギャップは、超伝導状態で、2個の電子(またはホール)が対(Cooper対と呼ぶ。BCS理論の真ん中のCがCooper)を作ることで形成される。超伝導ギャップの大きさが、超伝導を引き起こす力の大きさに、その対称性(例えばdx2-y2)が力の種類(例えばスピン)に関係する。図3が、我々が初めて測定に成功した、Nd2-xCexCuO4の超伝導ギャップが開く様子を示した超高分解能光電子スペクトルである。図3では、多くの光電子スペクトルを測定し、最もエネルギーの高いところを探している。図4では、そのエネルギーの最も高い部分を拡大したものであるが、結晶中の銅原子と酸素原子の結合方向(挿入図の縦横方向)でエネルギーギャップが開き、対角線方向でギャップが閉じていることが分かる。このギャップの対称性がdx2-y2であり、超伝導の起源が電子(ホール)の持つ磁石(スピン)であることを示している。 

This page updated on February 23, 2001

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