補足説明


 生体内でDNAとして保存されている遺伝情報は、まずRNAに写し取られ、さらにタンパク質に翻訳されて初めて機能することができるようになる。今回研究に用いた大腸菌のRNAポリメラーゼは、非常に長いDNAの中から必要なタンパク質をコードしている部分を探し出し、RNAに転写する酵素タンパク質である。これまでにRNAポリメラーゼはDNAを転写する際、DNAの2重らせんをこじ開けつつ前方に進み(見方を変えれば、DNAをたぐり寄せながら)、その塩基を読んで、それに対応するヌクレオチドを次々とつなげてRNAを合成することがわかっている。DNAは1ピッチがおよそ10塩基対、長さ3.4ナノメートル(百万分の3.4ミリメートル)の右巻き2重らせん構造をしているので、多くの人はRNAポリメラーゼはDNAを転写するとき、らせん階段を昇っていくようにくるくると回転するだろうと考えていた。しかし、実際に転写中の回転の様子は観察されていなかった。今回の研究はこのRNAポリメラーゼのDNA2重らせんに沿った回転運動を、初めて直接観察したものである。
 図1のようにRNAポリメラーゼとDNAの複合体をガラス基板上に固定し、あらかじめビーズを結合させるための細工をしたDNAの片端に、回転観察のための目印として非常に小さな蛍光ビーズ(直径百万分の20ミリメートル)をつけた、直径およそ千分の1ミリメートルのビーズを結合させ、RNAポリメラーゼの転写を開始させる。ビーズの動きを蛍光顕微鏡で観察すると、ビーズは時計回りにくるくると回転した(図2)。時計方向の回転は、RNAポリメラーゼが右巻き2重らせんにそってDNAをたぐり寄せる時に予想される回転方向と一致する。回転速度は最高で5秒間に1回転程度であった。DNAは非常に柔らかいので、転写とは無関係に回転ブラウン運動をしている。そのために時々反時計方向にも回る。RNAの材料である4種類のヌクレオチドの濃度を変えて、回転の速度を測定した。RNAの材料の濃度が低い時、回転の速度は遅く、濃度が高くなるにつれて回転速度は速くなっていく。これはRNAポリメラーゼのRNA合成速度を反映している。ヌクレオチド濃度が低いとき、回転速度とRNA合成速度を比較してみると、RNAポリメラーゼがDNAの2重らせんの溝を正確になぞりながら転写していることを示唆している。
 今回報告されたRNAポリメラーゼの回転は、転写の素過程の検出に応用することが期待できる。1塩基対の転写によってRNAポリメラーゼが移動する距離はわずか3.4A(オングストローム、千万分の3.4ミリメートル)である。この距離の移動を検出することはほとんど不可能といっても過言ではない。しかし、1塩基対転写するとき、RNAポリメラーゼはおよそ35度回転する。これは原理的には検出可能である。現時点で一番難しいのは、DNAのねじれブラウン運動をいかに克服するかである。ここで用いたものよりももっと小さな目印を使って、あるいはもっと短いDNAを使うことなど工夫することによって転写の素過程の検出、あるいはDNA配列の決定などができる日が来るかもしれない。


This page updated on January 4, 2001

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