概要


 生命活動は、ゲノム情報の翻訳によって生産される膨大な数の蛋白質ナノマシンの個々の働きとその相互作用ネットワークによって支えられている。そして生物の身体は、細胞内小器官から個体レベルに至るまで、すべて蛋白質や核酸の自己集合により構築される。蛋白質は複合体を形成すべき相手を識別し、自発的に複合体形成をする能力を持つように立体構造が設計されており、そしてその自己構築を補助する蛋白質ナノマシンがある。この自己構築のメカニズムが明らかにされつつある。
 科学技術振興事業団・創造科学技術推進事業・難波プロトニックナノマシンプロジェクトは、ボストン大学、ブランダイス大学、ベスプレム大学の協力を得て、細菌が泳ぐために高速回転させる細長いらせん型プロペラであるべん毛繊維が、その構成蛋白質であるフラジェリンによる自己構築をする際に必須な「キャップ」と呼ばれる構造を、電子顕微鏡法により詳細に解析した。べん毛繊維はフラジェリンがらせん階段状に重合したチューブ構造であり、フラジェリンの1分子はそれ自身の高さは5ナノメータ(0.005ミクロン)程であるが、約3万個のフラジェリン分子の重合により2~3時間かけて長さ15ミクロンにも成長する。べん毛先端にはフック結合蛋白質(HAP2蛋白質、HAP=Hook Associated Protein)からなるキャップが常に結合しており、べん毛の先端成長を促進する。このキャップなしにはべん毛は成長せず、フラジェリンは先端から漏れてしまう。
 今回の電子顕微鏡像解析により初めて詳細に明らかになったキャップ構造は、HAP2蛋白質が5量体(5分子の重合体)となり、直径10ナノメータほどの5本足テーブル構造を形成し、べん毛繊維構成蛋白質フラジェリンの効率良い自己集合を助けるため、常に一箇所だけフラジェリン結合部位を空けるようにべん毛先端のらせん階段状構造に結合していた。これらのことから、キャップの5本足が大変柔軟な構造を持っており、フラジェリンが結合するたびにその5本足でらせん階段を歩いて登りキャップ自身がわずかな角度ずつ回転するという、このアセンブリーナノマシンのダイナミックな動作機構が明らかになった。
 この機構は、あたかも5人の職人が互いに手を携え、最も合理的な動きをしながら建築物を仕上げていく様に例えることもできる。
 これは、蛋白質ナノマシンの柔軟でかつ良く制御された動作機構を構造から明らかにした希な例のひとつであり、近い将来に幅広い応用展開が期待されているナノテクノロジーにおけるナノマシン設計原理に有用な指針を与えるものと期待される。


This page updated on December 15, 2000

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