(お知らせ)
平成12年11月28日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話(048)-226-5606(総務部広報担当)

「神経発生に働くがん抑制遺伝子を発見」

 科学技術振興事業団(理事長 川崎雅弘)の戦略的基礎研究推進事業における研究領域「脳を知る」の研究代表者である松崎文雄 東北大学加齢医学研究所教授(理化学研究所発生再生科学総合研究センター)の研究グループは、がん抑制因子として知られるタンパク質が神経細胞の分化に必須であることを見い出した。この研究成果は、東北大学加齢医学研究所 松崎研究室の大城朝一助手らによって得られたもので、
11月30日付の英国科学雑誌「ネイチャー」に発表される。

 動物の様々な営みの中枢として働く脳では、莫大な数の神経細胞が複雑なネットワークを形成しているが、その設計図の大枠は遺伝情報によって決まっている。神経ネットワークの設計図がどのようにゲノム上に書き込まれているのかを解き明かすことは、脳の働きを理解するためにも不可欠であり、現代生物学の大きな課題とされている。コンピューター回路の素子がひとつひとつ違う機能を担っているように、神経ネットワークのなかでそれぞれ神経細胞が固有の役割を果たしている(注1)。神経細胞の持つこの多様な個性は、神経系が発生する過程で、神経細胞が互いに異なった運命を辿ることによって生じると考えられ、神経細胞の運命(注2)を指定するメカニズムが神経ネットワークの設計図の重要な部分をしめる。

 今回、大城助手らは、ショウジョウバエをモデルとした研究から、二種類のがん遺伝子dlgとlglが神経の運命決定に働いていることを発見した。神経幹細胞が自分自身と神経前駆細胞に非対称に分裂する際(注3図1参照)、神経細胞の運命を決定する因子(注4)が幹細胞から神経前駆細胞へ非対称に分配される。神経の運命決定を左右するこのプロセスに、二つの遺伝子dlgとlglの産物は機能している(図2参照)。
これらのがん遺伝子は、がん抑制遺伝子と呼ばれるものの一種で、これまで、その遺伝子に突然変異が起きるとショウジョウバエに脳腫瘍をつくることが知られていた。従来、がん遺伝子として知られるものの多くは、細胞増殖の制御に関わる遺伝子であったが、神経の運命決定のメカニズムとがん化の接点を見出した点が本研究の重要なポイントである。この研究成果によって、神経ネットワークの形成原理や神経幹細胞の性質の理解が大きく進むと考えられ、また、がんの発生機構の研究にあたらしい視点を持ち込むものと期待される。

注1 筋肉の収縮を制御する運動神経、神経同士をつなぐ介在神経など、様々な種類の神経がある。また、同じ運動神経でも、どの筋肉を支配するかによってネットワーク内で違う役割を担う。
注2 ある神経細胞が、ネットワークのどのような素子として組み込まれるのかを神経の運命と呼ぶ。
注3 神経幹細胞は、自分自身とより分化した神経前駆細胞に分裂する。このように親細胞が分裂によって異なる二つの娘細胞を生じる現象を非対称分裂と呼ぶ。
注4 神経の運命決定に必要な転写調節因子prosperoと細胞間シグナル制御因子numb。ここで転写調節因子とは遺伝子の発現を調節するタンパク質、細胞間シグナル制御因子とは細胞間の情報伝達を制御するタンパク質のこと。
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
 研究領域:脳を知る(研究統括:大塚正徳日本臓器製薬(株)生物活性科学研究所顧問)
 研究期間:平成9年度-平成14年度
本件問い合わせ先:
(研究内容について)
    松崎文雄(まつざきふみお)
     東北大学 加齢医学研究所
     〒980-8575 仙台市青葉区星陵町4-1
     TEL:022-717-8562
     FAX:022-717-8567

(事業について)
    石田秋生(いしだあきお)
     科学技術振興事業団 基礎研究推進部
     〒332-0012 川口市本町4-1-8
     TEL:048-226-5635
     FAX:048-226-1164

This page updated on November 30, 2000

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