補足説明


安定な2元系準結晶合金の発見
金属材料技術研究所 蔡 安邦

 準結晶は1982年に新しい物質として発見された。それ以前は、金属や合金のような物質の固体状態は結晶かアモルファスのいずれかであると考えられていたが、この新物質は結晶でもアモルファスでもない第3の構造をもった画期的な物質であることが分かった。最初の頃の準結晶は金属液体を大きな冷却速度(~百万度/秒)で急冷する方法によって作製された。そのような準結晶は不安定で少し温度を上げると結晶になってしまう。最近になって比較的少数ながら一部の合金系で安定な準結晶の存在することが見いだされた。また、これらの安定な準結晶は一般の結晶と同じように、液体状態からゆっくり冷却することによって作ることができ、大きな準結晶をつくることもできる。
 安定・不安定を問わず、これまでに見付けられた準結晶は例外なく3種或いはそれ以上の元素から構成されており、安定な準結晶には必ず3種以上の元素が必要であると云う、証明抜きの常識が一般的に受け入れられてきた。準結晶の構造自体が複雑の上に、3種以上の元素から構成されると云うことが準結晶の原子配列および物性の理解を難しくしてきたと言える。しかしこの度、金属材料技術研修所の研究チームが初めて2種の元素のみで構成される安定な準結晶を発見した。この安定な準結晶はCdとYbの2種の元素を適切な組成に配合し溶解して簡単に作ることができる。2種の元素で準結晶が作れると云うことは、これに適当な第3元素を加えれば無数の準結晶が作れると云うことを意味し、今後の準結晶研究に道が大きく開かれることと予想される。それ以上に重要なことは、準結晶が2種の元素(2元系)から構成される場合、準結晶の安定性へのエントロピーの寄与が3種の元素(3元系)の準結晶に比べてかなり小さくなる。従って、準結晶の構造と熱力学的な安定性との関係についての研究に新たな道が拓かれることになる。さらに、準結晶の構造解析あるいは物性の理論計算がかなり単純化され、準結晶に対する理解が飛躍的に進むことと予想される。
 図1はこのような2元系の準結晶の単粒(約 0.2mm)について撮影した透過ラウエ写真である。花びらのような5回対称パターン、3つの円からなる3回対称パターンと2回対称パターンが見られる。各パターンの間の方位関係から、準結晶は20面体対称性を有することが明らかとなった。また、多くの鋭い回析斑点が規則正しく配列していることから、この準結晶の単粒はかなり良質であることが分かる。
 準結晶が高い対称性を有することから、準結晶を構成する原子クラスターも同様に高い対称性を有するものと一般に信じられてきた。ここで云う高い対称性を持った原子クラスターとは図2に示すように、20面体対称性を持った原子クラスターであり、12面体や20面体(いずれも20面体対称性を持っている)のような原子層が玉ねぎのように、一層一層積み重ねられていく構造である。今回発見した2元系の準結晶は全く新しいタイプのクラスターから構成されていることが分かった。図3に示すように、中心に4つの原子(4面体)があり、その外側を12面体、20面体の原子層が積み重なっていく。ここで注目すべきことは、最も内側の4つの原子(4面体)の対称性が20面体に比べて非常に低いことであり、この積み重なった原子クラスターははじめから20面体対称性を持っていないことになる。
 ここで興味をそそるのは、なぜこのような対称性の低いクラスターが広い範囲にわたって準結晶構造を形成するのかということであるが、理論的な考察は今後の課題である。この事実は準結晶の構造の多様性を示し、準結晶の構造を広く深く考察しなければならないことを意味する。また結晶性物質の場合と同様に、準結晶物質でも構成元素と構造が異なれば異なる物性の出現することが予想され、今後とも準結晶研究が多元的に展開して行くことと大いに期待される。


This page updated on January 10, 2001

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