補足説明


 自然環境に優しい有機反応プロセスの開発は現代の有機合成の最重要課題であり、国際社会の認めるところである。有機合成の最も基本的かつ重要な反応であるエステル化反応については既に膨大な数の報告例があるが、基質に対し1当量以上の縮合剤あるいは活性化剤を用いるケースが多く、反応後には大量の副生成物が生じるため煩雑な分離精製操作が必要となる等、グリーンケミストリー及びアトムエフィシェンシーの観点からは本来避けられるべきである。一方、等モル量のカルボン酸とアルコールから直接、触媒的にエステル化を行うことが出来れば理想的なプロセスとなる。しかし、大抵の場合、カルボン酸とアルコールのどちらか一方を過剰に用いなければ収率よくエステルを得ることができない。今回、我々は塩化ハフニウム(IV)やハフニウム(IV)t-ブトキシドに代表されるハフニウム(IV)塩が、等モル量のカルボン酸とアルコールからの直接縮合の触媒として極めて優れた能力を備えていることを発見した。
 我々はまず初めに、4-フェニルブタン酸(1当量)とベンジルアルコール(1当量)のエステル化反応をモデル反応に選び、トルエン溶媒中、1.5時間加熱還流して様々な金属塩(10 mol%)の触媒活性を比較した(反応条件A)。生成する水は反応フラスコ上部に連結したソックスレー管内の水素化カルシウムによって取り除いた。その結果を表1に示す。塩化ハフニウム(IV)と塩化ジルコニウム(IV)がこのエステル化反応に対し高い触媒活性を示した。ハフニウム(IV)t-ブトキシドもまた同様な高い触媒活性を示したが、ジルコニウム(IV)エトキシドは不活性であった。既にエステル化触媒として報告されているチタン(IV)塩やスズ(IV)塩についても試してみたが、それらの触媒活性はハフニウム(IV)やジルコニウム(IV)塩に比べると低いことがわかった。他の様々な金属塩や有機金属化合物、3,4,5-F3C6H2B(OH)2, BCl3, AlCl3, SiCl4, ScCl3, Sc(OTf)3, FeCl3, CoCl2, NiCl2, ZnCl2, GaCl3, GeCl4, SbCl5, LaCl3, PbCl2 についても試してみたが、いずれも非常に活性が低いかあるいは全く活性が見られなかった。
 次に、上の実験で触媒活性が認められた金属塩を幾つか選び、その中で、触媒回転数(TOF)が高いものがどれかを特定するために、1 mol%の触媒存在下12時間加熱還流する条件(反応条件B)で先の反応を行った。その結果、予想どおり、塩化ハフニウム(IV)とハフニウム(IV)t-ブトキシドを触媒として用いた場合に反応は定量的に進行した。これとは対照的にジルコニウム(IV)塩やスズ(IV)塩の使用は相当するエステルを低収率で与えた。興味深いことに、チタン(IV)塩の使用はハフニウム(IV)を除く他の金属塩化物や金属アルコキシドよりも良い結果を与えた。結局、ハフニウム(IV)塩がこの直接エステル縮合の最も効果的な金属触媒であることがわかった。
 塩化ハフニウム(IV)よりも、湿気に対し安定な塩化ハフニウム(IV)・(THF)2も市販されており、相当するアルコキシドより安価であるので、以後、この塩化ハフニウム(IV)・(THF)2を触媒に用いることにした。
 反応中に生成する水の除去法及び反応溶媒の最適化を行うため、0.2 mol%の塩化ハフニウム(IV)・(THF)2存在下、4-フェニルブタン酸とシクロヘキサノールのエステル化反応を用いて幾つか反応条件を変えて、エステル変換の経時変化をプロットした(図1)。その結果、トルエン溶媒を用いて加熱還流を行い、共沸する水を反応フラスコ上部に連結したソックスレー管内の水素化カルシウムもしくはモレキュラーシーブス4Aによって脱水する方法が最適であることがわかった。一方、溶媒を用いずに反応混合物を加熱すると2時間経過したころから反応速度が低下することがわかった。この傾向は触媒を使わずに反応を行った際にも観察された。これらの実験結果は触媒自身の活性と水の除去効率の両方が反応効率を向上を目指す上で重要なファクターになることを示唆する。
 上記の最適条件下、ハフニウム(IV)触媒による直接縮合反応の一般性と適用範囲を調べるために、様々な構造を有するカルボン酸とアルコールを種々組み合わせて反応を行った。その結果を表2に示す。何れのカルボン酸も第1級及び2級アルコールと0.2 mol%以下の触媒存在下で反応し、定量的にエステルを与えた。但し、第3級アルコールとは全く反応しなかった。芳香族系の基質(安息香酸やフェノール)は脂肪族系の基質に比べて反応性が低く、カルボン酸とアルコールの両者が芳香族系の場合、触媒量を1 mol%まで増やすことにより、高収率でエステルを得た。また、反応性が低い場合、より高沸点のベンゼン系溶媒、例えば、キシレン,メシチレン等を使用して加熱還流するのも有効であった。
 チタン(IV)塩はエステルとアルコールのエステル交換反応の触媒としても有効であることが知られているが、興味深いことに、ハフニウム(IV)クロリドは同反応条件下でエステル交換反応を起こさなかった(式1)。このことはハフニウム(IV)とチタン(IV)は本質的に触媒作用が異なることを示唆する。両者の違いはエステル化反応の活性中間体がハフニウム(IV)カルボキシラートとチタン(IV)アルコキシドの違いによるものと考えることにより説明できるが、詳細については明かではない。


 エステル化触媒としてのハフニウム(IV)塩の効果を利用して、ポリエステルの合成を検討した(表3)。0.2 mol%のハフニウム(IV)・(THF)2存在下、o-キシレン溶媒に、a,w-ジカルボン酸とa,w-ジオールを1:1のモル比で加え、1日間加熱還流することにより高収率でポリエステルを得ることができた。w-ヒドロキシカルボン酸も同様にポリエステルに変換された。
 直接縮合によるエステル反応の中でも、無機塩の触媒的使用は分離精製操作が容易であることから大量スケールの反応に最も適している。今回、既存のチタン(IV)塩よりも湿気等に安定なハフニウム(IV)塩がエステル縮合及びエステル重縮合に優れた触媒活性を示すことがわかった。本触媒システムが近い将来、世界中の化学工業で、環境に優しい効率的エステル製造法とし利用されることが大いに期待される。


This page updated on November 10, 2000

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