ラセン構造をもつ金ナノワイヤの作成とその解析


概要

 物質の大きさが1ミクロンよりも小さくなりナノメートル領域(10億分の1メートル:原子数個の大きさ)に近づくと、我々が日常利用している物質の性質とは異なる性質をもつことが知られている。例えば、二つの電極を接触させてから引き離すという方法で作られる太さ1ナノメートルの金のナノワイヤの電気伝導をみると、量子効果のためにオームの法則が成り立たなくなる1)が、その長さはたかだか1ナノメートル程度の長さであった。一方、DNAの二重ラセン構造やラセン状のねじれ構造をもつカーボンチューブのように、物質が細長いひも状の形をとるとき、特殊な形態や構造が現れることも知られており、長い金のワイヤも、特異な構造をもつことが期待されていた。
 高柳粒子表面プロジェクトでは、超高真空電子顕微鏡内で金の薄膜に電子ビームを照射してナノメートル程度の太さをもつ長い金のナノワイヤを作成し、その構造を明かにする事に成功した。金ナノワイヤは、カーボンナノチューブと同様、多層の同軸チューブ構造を持つだけでなく、さらに各チューブは、原子鎖2)がコイル状にラセンを描いた構造をもつことが判明した。各チューブを構成する原子鎖の数は7原子鎖づつ異なり、このことから、金のナノワイヤは特定の原子鎖の数、すなわち魔法数を持ち、各シェルは原子鎖の数が7増えるたびに閉じることが分かった。
 金属ナノワイヤでは、エネルギー散逸の無い量子化伝導効果1)が期待されることから、将来のナノデバイス用電子回路の基盤材料となりうることが示唆されるが、今回、十分に長いワイヤの作成に成功し、ワイヤ両端を原子鎖が結ぶ規則的構造が現れることを実験的に確認したことにより、将来の実用性の検討へ向けての技術的な展開をより確実にするとともに、量子化伝導という物理現象の基礎的研究に弾みをつける成果であると期待される。

研究経過と論文の要旨

FE・超高真空電子顕微鏡装置の開発と電子ビーム照射による金ナノワイヤの作成
 ナノメータ領域になると物質の性質は表面の状態に左右されるので、表面の状態が清浄に保たれる超高真空環境3)をもった電子顕微鏡装置を開発した。さらに、強い電子ビームを狭い領域に照射して金薄膜に穴をあけるため、強いビーム輝度が得られるFE(電界放出型電子銃)を装着した。この電子ビームを用いて、金薄膜に穴をあけ、穴と穴の間に残った橋を注意深く細くしていくと、太さが1 nm程度で最長15 nmの細くて長い金ナノワイヤを作成することが可能になった。

金ナノワイヤのヘリカル構造の決定

 金のナノワイヤを電子顕微鏡で連続的に観察していると次第に太さが細くなる。その過程が記録されたビデオテープから、一枚一枚の画像を取りだし、金ワイヤの直径の統計をとった。その結果、金ナノワイヤが決まった直径を持つこと、それらの直径が一定の間隔で変化していることを示した。
 一方、決まった直径の金ナノワイヤの電子顕微鏡像をみると、金の原子の粒粒がワイヤの左端から右端まで(部分的だが)軸に沿って見られるのだが、それら粒粒の配列が結晶格子から予想されるものとは異なり、ワイヤの軸に平行ではなく曲がって見えている。また、このことと対応してワイヤ軸に沿って原子配列が変化しているという特徴が見られた。
 最も細い直径0.6 nmのナノワイヤにまず注目して、この構造のモデル化を図った。 原子の粒粒の配列がワイヤの左端から右端まで(部分的だが)見えることから、原子が真珠の首飾りのように並んだ原子鎖が数本束になってワイヤを構成していると考えた。この真珠の首飾りが捩れると、一本の鎖は、軸の周りをコイル状にラセンを描くので、このラセンが、顕微鏡像で原子の粒粒の列が曲がって見えることと対応すると考えた。そこで、原子鎖の数を5本、6本、7本の場合の顕微鏡像を計算機シミュレーションでもとめ、顕微鏡像と比較して、直径0.6 nmのナノワイヤがラセン状に巻いた7本の原子鎖でつくられていることを突き止めた。原子鎖の数が奇数のときには、結果的にワイヤはラセン構造になることが分かった。
 金のナノワイヤが一定間隔の直径をもつことから、顕微鏡像を統一的に説明できるモデルとして、直径の異なるチューブが同軸に重なった多層シェル構造であることを決定した。各シェルを構成する原子鎖の数を外側からn-n’-n”としたとき、16-9-2, 15-8-1, 14-7-1, 13-6, 12-5, 11-4, 7-1というシェル構造が出来ていることが明かとなった。各シェルの原子鎖の数は、内と外側で7原子鎖だけ異なっている。これは、外側のシェルが内側のシェルを一回りして閉じたチューブが完成するためには、内側より原子鎖が7本余分に必要なことを示している。すなわち、金の多層シェル構造のシェル閉鎖魔法数(Shell-closing Magic number)は7ということがわかった。

今後の展望

 量子化伝導素子は、将来、現在の半導体素子に置きかえられる素子として期待されている。しかし、将来のエネルギー散逸のない電気伝導素子としての実用化のためには、幾つかのハードルがある。最初のハードルは、十分に長いワイヤにおいて量子化伝導は機能するか否かという課題であり、そのためには長いワイヤを作成しての基礎実験が必要である。今回の成果は長いワイヤではワイヤ両端を原子鎖が結ぶ規則的構造が現れることを実験的に確認したものであり、将来の実用性の検討へ向けての技術的な展開をより確実にするとともに、量子化伝導という物理現象の基礎的研究に弾みをつける成果であると期待される。

語句の説明
1): 金属の電気抵抗は伝導電子の散乱により生じるが、散乱をしないで電子が進む平均的な距離(数10nm)より導体の長さが短くなると、散乱されることなく他端に達することになる。このような場合の電気伝導は伝導電子の波長(Fermi波長:nm程度)と導体の太さの関係により決められる。導体の太さが1nm程度以下では伝導電子の波長と同程度になるので、電気伝導度は電子の波の性質が反映されて物質によらず一定となり単位量の整数倍となる。
2): 原子鎖とは、原子があたかも数珠玉あるいは真珠のネックレスのように一列に連なった鎖のことを言う。金の原子鎖は原子間隔が0.288 nmである。
3): 物質の表面に空気中のガス分子が1日以上吸着しない真空度。通常の真空度では表面は吸着したガス分子に覆われている。
図の説明

金のナノワイヤの多層シェル構造モデルの鳥瞰図と電子顕微鏡写真

 ナノワイヤは多層の同軸チューブで構成されている。外側と内側の各チューブは、螺旋をまいた金の原子列でできている。外側は内側より7本だけ原子列の数が多い。これは、内側のチューブの外側に螺旋状に原子列を巻き付けていくとき、7本だけ多く巻き付けると丁度外側のチューブ一周分が完成するためで、7は各シェルの閉殻魔法数(Shell-closing Magic number)である。一つのチューブ、あるいはシェルを構成する原子列の数は、このように規則的・系統的に定まっていて、DNAの2重螺旋構造と同じように、自然の必然的原理が金ワイヤの螺旋構造決めているが、内側と外側チューブの螺旋周期を決める要因は分かっていない。7-1, 11-4, 12-5, 13-6, 14-7-1, 15-8-1, 16-9-2 多層シェル構造の金ナノワイヤが見つかっている。
 電子顕微鏡写真は、ナノワイヤを水平にして観ている。黒い点々は、金原子の像である。黒い点は、ワイヤの軸に沿って並んで見えるが、良く観ると波状に湾曲している(ワイヤ写真の左方向から斜めに黒い点列を観ると良く分かる)。このような原子列のうねりは、原子鎖が螺旋を描いているとして説明される。上のモデルで電子顕微鏡像を計算機シミュレーションすると、下の顕微鏡像の特徴が説明できる。

A):7ー1シェル構造  外側のシェルは7本の原子鎖が螺旋に軸の周りを巻いているチューブ構造をもつ。チューブの直径は約0.6nm。周期は98d。dは原子鎖をつくる金原子の間隔0.288nm。下の顕微鏡写真は、ナノワイヤを水平にして上から見ているため、外側の7本の原子鎖が上下方向に重なって見えることになり3本の黒い点々の列が湾曲してみえる。中心には真っ直ぐな原子鎖が一本入っている。6あるいは8本の原子鎖でできるチューブについて、計算機シミュレーションしても顕微鏡像に対応するモデルは出てこない。
B):11ー4シェル構造  外側のシェルは11本の原子鎖、内側のシェルは4本の原子鎖の螺旋から構成されている。チューブの直径は約0.9nm。電子顕微鏡写真では、外側の11本の原子鎖が上下方向に重なって、黒点の並びが4列になってと見えているが、ラセン構造によって湾曲して見える。
C):13ー6シェル構造  外側のシェルは13本の原子鎖、内側のシェルは6本の原子鎖が螺旋にまいてチューブを形成している。チューブの直径は約1.0nm。電子顕微鏡写真では、外側の13本の原子鎖が上下方向に重なって、黒点の並びが5列になってと見えているが、ラセン構造によって湾曲して見える。

This page updated on July 28, 2000

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