補足説明


 常染色体劣性遺伝形式若年性パーキンソニズム(AR-JP)の原因遺伝子産物「パーキン」が、ユビキチンリガーゼ(蛋白質に分解シグナルを付与する修飾因子ユビキチンを標的基質に連結させる酵素)であることが分かり、パーキンソン病の成因機構解明への手掛かりを得ることができた。

 最近、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病、筋萎縮性側索硬化症など様々な神経変性疾患における脳内の病変所見で、蛋白質が凝集した封入体が細胞質や核内に蓄積していることが頻繁に観察されており、これらの蛋白質の異常凝集がこれらの疾患の発症に深く関係していると考えられている。そして、その封入体の多くにユビキチンが存在することから、この蛋白質凝集体の形成にユビキチン依存性の蛋白質分解系が関与している可能性が示唆されてきた。ユビキチンは、蛋白質に分解シグナルを付与する翻訳後修飾因子であり、ユビキチンが結合した蛋白質は、細胞内のATP依存性の蛋白質分解酵素であるプロテアソームによって選択的に分解・除去される。言い換えると、細胞内に生じた様々な不要な蛋白質や異常蛋白質は、このユビキチン/プロテアソームシステムによって処理されることによって恒常性を維持していることになり、この蛋白質分解システムの破綻が上記の神経変性病の成因となる可能性が浮かび上がってきた。
 パーキンソン病は神経伝達物質であるドーパミン産生能を有する黒質神経細胞やノルアドレナリン産生能を有する青斑核神経細胞が選択的に破壊された結果、振戦、固縮、動作緩慢、姿勢反射障害等の臨床症状を呈する神経変性疾患である。発症に関しては環境因子やストレスが関与していると推定されているが、疾患成因の分子機構は、ほとんど分かっていない。一方、パーキンソン病の病理所見としては病変部位の残存神経細胞内にLewy小体と呼ばれるユビキチン陽性の封入体が蓄積することが知られており、パーキンソン病の発症原因究明の手がかりと考えられていた。
 常染色体劣性遺伝形式遺伝性若年性パーキンソニズム(AR-JP)は我が国で発見された家族性パーキンソン病である。既に国内外で数十種の家系が見つかっており、現在も欧米を中心に全世界から報告が続いている最も高頻度にみられる家族性パーキンソン病と考えられている。孤発性パーキンソン病と同様にその発症機序はほとんど判っていなかったが、AR-JPの原因遺伝子は1998年に順天堂大学医学部脳神経内科・水野美邦教授と慶應義塾大学医学部分子生物学・清水信義教授のグループによりクローニングされ、その遺伝子産物パーキンの機能を解明することがその原因究明の近道と考えられていた。今回、我々はその機能解析に成功し、AR-JPの発症機序の一部を明らかにした。
 パーキンの機能解明にあたって、我々はまずAR-JPではパーキンソン病の特徴であるLewy小体が、例外的に観察されない点に注目した。Lewy小体の形成にユビキチン修飾が必要と仮定した場合、その修飾機能の欠損がLewy小体が観察されない理由になりうると考えた。ユビキチン修飾は選択的な蛋白質分解に必要な過程で、この仮定が正しければ何らかの蛋白質が細胞内に蓄積することが推定される。パーキンソン病に限らず、多くの神経変性疾患で観察される蛋白質凝集体が蛋白質の蓄積による結果と仮定すれば、「蛋白質の蓄積」というキーワードでAR-JPとその他の神経変性疾患が結びつくことが予想された。
 もうひとつのヒントはパーキンの蛋白質一次構造解析から得られた。パーキンは,蛋白質全体としてみるとこれに相同な蛋白質は他に存在しない新規な分子だが、そのアミノ末端領域にユビキチンに相同性を有する領域(Ublドメイン : ubiquitin-like domain)とカルボキシル末端領域にRING-Boxと名付けた特殊な領域が存在する。ごく最近になって、RING-Box内部に存在するRING-fingerモチーフが、ユビキチンリガーゼの触媒部位である可能性が高まってきた。蛋白質のユビキチン化修飾は、E1(活性化酵素)、E2(結合酵素)、E3(リガーゼ)の複合酵素反応で触媒される。E1は1種しか存在しないが、E2とE3には分子多様性があり、実際,E2はヒトでは20種以上存在する。 E3は最終的に、ユビキチン分子を標的蛋白質に連結する最も重要な酵素と考えられ、100種以上あると予想されているが、分子的実体は少ししか判っていない。パーキンがユビキチンリガーゼであるならば、AR-JPではある未知の蛋白質のユビキチン化修飾が起こらないことになり、前述のLewy小体ができないことと矛盾しない。
 これらの背景から、我々はパーキンがユビキチンリガーゼであると予想して実験を行った。まず、パーキンのRING-boxには、UbcH7と呼ばれるE2が特異的に結合することを発見した。さらに、アミノ末端領域のUblドメインは、標的基質の識別に関与していることも見出し、最終的に試験管内でリコンビナントのパーキンがユビキチンリガーゼ活性を示すことを証明した。また,AR-JPの患者のparkin遺伝子には、遺伝子の部分欠失、ナンセンス変異、ミスセンス変異などが存在するが、調べた限り全てこれらの遺伝子からつくられるタイプの変異パーキンはユビキチンリガーゼ活性を消失していた。このことは、変異によってparkin遺伝子がユビキチンリガーゼ活性を喪失することが、この疾患の原因となっていることを示している。
 このように、パーキンがユビキチンリガーゼであることが判明したことにより、幾つかの医学的、分子生物学的に重要な情報が得られたが、最も重要と考えているのは、AR-JPではユビキチン化されない蛋白質が蓄積して、神経細胞の破滅(細胞死)に至ることが明確になったことである。パーキンソン病のみならず、他の蛋白質凝集体蓄積が観察される神経変性疾患も、凝集体として観察される蛋白質の蓄積が神経細胞死の原因になっていても、何ら不思議ではないと考えられ、今回の発見は神経変性疾患共通の機構を解き明かす手がかりを提供したことになると考えている。
 AR-JP研究における今後の重要課題としては、パーキンによってユビキチン化される基質蛋白質の中で、細胞死の原因となっている未知の蛋白質を同定することが残っている。この未知の蛋白質が同定されることでAR-JPの発症機序はさらに明確となり、孤発性パーキンソン病への応用の可能性も高まる。今回の研究成果は、多発するパーキンソン病(有病率は約1000人に1人)の発症機構を解明する突破口を開いたことになり、この研究のさらなる推進によって本病の予防および治療方法確立へと発展することが期待される。そして、本研究成果は、他の多くの神経変性を主原因とする神経病の研究にも大きな影響を与えることが必至であり、社会的にも重要な基礎研究と位置づけられる。

田中 啓二
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This page updated on June 27, 2000

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