研究課題別研究評価

研究課題名:偏光で機能する高分子を偏光分光法で観る

研究者名: 田和 圭子


研究のねらい:
 アゾ系色素のような光応答性分子を分散させた高分子膜に偏光照射を行うと、リアルタイムホログラフィーに応用できるような過渡的な光学的異方性が生じる。高分子中のアゾ系色素で見られる偏光誘起異方性は、直線偏光照射による選択的な光異性化によって引き起こされることは確かであるが、異方性の大きさや応答時間の支配因子については未だ十分には分かっていなかった。本研究では、偏光分光法を用いて光応答性分子の配向過程を明らかにする手法を確立し、その手法によって、異方性の支配因子、すなわち、配向挙動に影響を与える高分子と色素との相互作用を明らかにすることを目指した。
研究結果及び自己評価:
 本研究では、アゾ系色素の2つの異性体(トランス(T)体・シス(C)体)の配向挙動を明らかにする手法として、偏光赤外分光法、偏光紫外可視分光法を用いて配向因子KZf(f: x, y, z)を求める方法を確立した。アゾ系色素のC体の配向因子は、アゾ分子内の2つのフェニル基のうちのどちら側が異性化過程において動き易いかを示すことになる。よって、求めたT体・C体の配向因子から、異性化過程でのアゾ系色素の配向挙動を明らかにすることができた。
 まず、アゾ系色素の1つであるDO3(NH2-C6H4-N=N-C6H4-NO2)では、自由体積が小さい高分子中で大きな異方性が観測された。これは、高分子鎖がDO3分子の回転緩和運動を束縛するためと考えられる。また、DO3のC→T熱戻り異性化速度に影響を与える高分子の極性基は、DO3の回転緩和運動にも影響を与えていることが分かった。ポリアクリルニトリルを高分子マトリクスとした試料では、ニトリル基(高分子の極性基)がアゾ系色素のアミノ基(電子ドナー性を示す置換基)と強い相互作用を示し、その相互作用が異性化しようとする分子をピン留めし、回転緩和運動を抑制すると考えられる。一方、高分子とアゾ系色素とが強い相互作用をしない系では、アゾ系色素DO3のC体の配向因子は、分子内の2つのフェニル基のうちp-アミノ-フェニル基が動き易いことを、アゾ系色素DMANA(N(CH3)2-C6H4-N=N-C6H4-NO2)のC体の配向因子は、p-ニトロ-フェニル基が動き易いことを示した。これは、p-位に置換基をもつ分子内の2つのフェニル基において、相対的体 積が小さいフェニル基側が動き易いためと解釈できた。
 以上のように、配向因子KZfを用いて、偏光誘起異方性を支配する高分子マトリクスの自由体積効果及び極性効果を明らかにすることができた。特に偏光誘起異方性の発現に伴うC体の配向挙動を示したことは、異方性の発現機構を解明する上で重要なものと考えている。しかしながら、本研究の結果はバルク試料(膜厚:~μmオーダー)、或いは、高分子中に色素をドープした系という限られた条件の試料についてのものである。より大きな偏光誘起異方性を示す材料の開発を行うためには、今後、さらに高速応答が期待できる~nmオーダーの超薄膜、或いは、高分子側鎖や主鎖に化学的にアゾ系色素を導入した試料においても、偏光分光法によって分子の動きや配向を明らかにしていく必要がある。そこで、まず、スピンコート法やLB法、あるいはシランカップリング法等を用いて試料を薄膜化することにより異方性がどのように変化するか、或いは、光導波路法を含む様々な反射分光法を用いて膜表面の分子の配向挙動を観測する予定である。また、側鎖にアゾ系色素をもつポリスチレンやポリウレタンなどの偏光誘起異方性の生成過程も調べる計画である。ドープ系に誘起された異 方性と比較し、高分子側鎖という束縛が異方性生成にどのような効果をもたらすかを明らかにしたいと考えている。さらに、本研究で示された異方性の支配因子を考慮し、光応答性分子や高分子マトリクスの適切な分子設計を行うことで、より大きな異方性を示す光スイッチング素子あるいは光論理演算素子等への展開もはかっていきたい。
領域総括の見解:
 高分子媒体中にアゾ色素をドープした系について、偏光パルスの照射によって誘起された光学異方性の発現,消滅の動的過程を、光素子への応用展開を目指しながら、その詳細を調べたもので、充分納得できる機構を提示している。
主な論文等:
1) "Polarized Light-Induced Anisotropy of Azo Dyes Studied by Polarized FTIR Spectroscopy", K. Tawa, K. Kamada, T. Sakaguchi, and K. Ohta , AIP Conference Proceedings, 430, 535 (1998). (11th International Conference on Fourier Transform Spectroscopy).
2) "Photoinduced Anisotropy in a Polymer Doped with Azo Dyes in the Photostationary State Studied by Polarized FT-IR Spectroscopy", K. Tawa, K. Kamada, T. Sakaguchi, and K. Ohta, Applied Spectroscopy, 52, 1536 (1998).
3) "Polarized Light-induced Anisotropy Depending on Polymer Matrices Studied by Polarized FTIR Spectroscopy", K. Tawa, K. Kamada, T. Sakaguchi, and K. Ohta , Macromol. Symp., 137, 147 (1999).
4) "Local environment dependence of photoinduced anisotropy observed in azo-dye-doped polymer films", K. Tawa, K. Kamada, and K. Ohta Polymer, 41, 3235 (2000).

(特許、受賞、招待講演等):
◆特許: 国内特許1件 国際出願1件
  特願平11-204837「光論理演算素子」、 国際特許出願

◆招待講演: 国際学会1件、国内学会1件
国際学会 1)12th International Conference on Fourier Transform Spectroscopy (ICOFT-12) "FT-IR spectroscopy as a tool for investigating photoactive polymeric systems" (1999.08.26)
国内学会1)第52回高分子学会若手研究会[関西]「光応答性分子-高分子膜の偏光誘起異方性に関する研究」(1999.07.24)

This page updated on March 30, 2000

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