研究課題別研究評価

研究課題名:ダイヤモンドを光でつくる

研究者名: 高桑 雄二


研究のねらい:
 ダイヤモンドは地上で最も硬く、最も熱を伝え易く、電子の移動度が大きくかつ誘電率が小さい等の優れた物理的特性をもつために、電子デバイス用の半導体材料をはじめとして次世代の機能性材料として大きな期待を集めている。私の研究では、メタンなどの炭化水素ガスの化学反応でダイヤモンド薄膜を任意の形状の基板表面に堆積できる気相合成法について、その成長のしくみを解明し、それに基づいてダイヤモンド成長技術の革新をめざした。
 私の研究で発想したアイデアの独創性は、紫外線照射によりダイヤモンド表面から放出される電子を用いて原料ガスの電子衝撃解離により、表面の極近傍にプラズマを発生させ高品質のダイヤモンド薄膜の成長を行う点にある。この成長方法のキーワードはダイヤモンドのもつ優れた物理的特性の一つである、ダイヤモンド表面を水素終端することにより電子親和力が負(Negative Electron Affinity: NEA)となり、二次電子の著しい放出が見られることである。そのために、ダイヤモンドを高効率の電子放出源として応用するための研究が広く行われているのだが、私の研究ではこの性質をダイヤモンド成長のために大変に有効的かつ効果的に使えるのではないかと考えた。そして、電子放出の引き金が紫外線の照射なので、私の提案した方法を「ダイヤモンドを光でつくる」気相合成法と名付けた。しかしながら、NEAの研究は超高真空下の室温のダイヤモンド試料について行われ、ダイヤモンド成長における高温の表面の電子親和力は殆ど知られておらず、ましてや、NEAを用いたダイヤモンド成長の試みはこれまで全く行われていない。このように、私の研究はダイヤモンド成長の分野において極めて"先駆け的"なものであり、もし成功すればダイヤモンド薄膜を低圧水銀灯のような放電ランプからの紫外線照射によって高速度で大面積に成長できるので、画期的な成長技術として発展できる可能性をもち、ダイヤモンド薄膜の広範な分野での産業利用へのブレークスルーになると期待される。
 3年間の「ダイヤモンドを光でつくる」気相合成法のさきがけ研究の展開にあたっては、ダイヤモンド成長のしくみの理解に基づいた研究戦略をたてることにした。なぜなら、気相合成法の成長条件下(約800℃、約10-2 Torr)では熱力学的には黒鉛が安定であるのにもかかわらずダイヤモンド薄膜が成長できる理由、さらには、ダイヤモンド成長のしくみが現在のところよく分かっておらず、そのため、現在行われている気相合成技術では経験則や力づくで行われている点が多々あり、産業利用の技術として確立するために解決すべき多くの困難な問題を抱えているからである。具体的には、(1)ダイヤモンド成長の律速反応の解明、(2)律速反応の促進と表面水素の関係、(3)ダイヤモンド成長中の電子親和力と電子放出、(4)放出電子を用いた原料ガスの解離を研究課題とし、「ダイヤモンドを光でつくる」気相合成法の成長素過程の解明と技術的な展望を明らかにすることを私の研究のねらいとした。
研究結果及び自己評価:
◆結果および自己評価
 課題(1)のダイヤモンド成長の律速反応について、メタンを用いたガスソース分子線エピタキシー法(GSMBE)で調べた。メタンの熱分解のみでも高品質のダイヤモンド単結晶薄膜を成長できることを見い出した。しかし、その成長速度は数Å/hと極めて遅く、実用的ではないが、GSMBEでは原料ガス圧力が10-4 Torr以下と低いため気相反応が無視でき表面反応のみで薄膜成長が進行する。そのため、GSMBEを用いて、ダイヤモンド成長を律速している表面反応過程を明らかにすること、および、ダイヤモンド成長過程を種々の表面計測法で「その場」観察することを可能とした。
 さらに、ダイヤモンド表面でのH2脱離とCH4吸着の反応素過程の検討を電子刺激脱離法(ESD)を用いた実験的研究と、第一原理計算による理論的研究で行った。H2脱離とCH4吸着の反応係数と成長速度を比較することにより、H2脱離がダイヤモンド成長の律速反応であることを明らかにした。このことは、成長中のダイヤモンド表面が水素で終端されているためにCH4吸着が阻害され、ダイヤモンド成長が進まないことを意味する。このようにダイヤモンド表面からH2脱離が生じにくいことは、理論計算からも明らかにされた。したがって、ダイヤモンド成長を促進するためには、表面水素の除去が必要と結論された。
 課題(2)については、まず、H2脱離がCH4吸着を上回るためには、それぞれの反応係数の温度依存の外挿から2500℃以上の高温が必要なこと、しかし、その温度ではダイヤモンドが黒鉛に相転移してしまうために、物理的に温度の上昇で成長を促進することは不可能なことを明らかにした。そのため、非熱的な水素除去方法として、電子励起による表面水素の脱離と、CH4ガスの電子衝撃分解を試みた。堆積した薄膜の成長速度は著しく増加するものの、黒鉛やアモルファス炭素を多く含んだ膜となってしまい、水素の除去のみでは高品質ダイヤモンド薄膜の成長促進法としては不適切であることを明らかにした。
 ところが、水素原子を照射することで、高品質のダイヤモンド薄膜の成長を顕著に促進できることを見出した。これは水素原子による表面水素の引き抜き反応によりCH4吸着が促進されたためと、非ダイヤモンド成分が析出したとしてもエッチングで除去されたためと考えられる。このように水素原子はダイヤモンド成長の促進において極めて効果的であることが分かったのであるが、さらに重要なことは、水素原子照射によるダイヤモンド成長中の表面は常に水素で覆われていることである。なぜなら、CH4が吸着していない未結合手に、水素原子が効率良く吸着するからである。つまり、水素原子は表面水素の引き抜きと吸着を頻繁にくり返しており、その間隙をぬってCH4吸着が生じているのである。このようにダイヤモンド成長が水素原子によって促進されている時、表面が殆ど水素終端されていることは、電子親和力が負であることを示唆している。
 課題(3)では、ダイヤモンド成長中の電子親和力と電子放出、さらには、ダイヤモンド成長励起の表面反応素過程をより直接的に観察するために、複合表面解析装置を設計・製作・調整した。この装置にはダイヤモンド成長のためのGSMBE機器に加え、紫外線光電子分光法(UPS)、電子刺激脱離(ESD)、反射高速電子回折法(RHEED)、カソードルミネッセンス(CL)、電子エネルギー損失分光法(EELS)のための機器を備えている。この複合表面解析装置ではダイヤモンド成長を、10-4 Torrまでの圧力の原料ガス雰囲気下で1000℃までの高温の基板表面について「その場」観察ができる。実際に、700℃のダイヤモンドC(001)表面での水素吸着過程を「その場」観察した結果、表面水素被服率が増加するに従って電子親和力が正の0.6 eVから負へと連続的に変化していくことを観測した。このとき、二次電子の放出強度が著しく増加することも見られた。したがって、ダイヤモンドは成長条件(高温、高ガス圧)の下でNEAであり、高効率の電子放出源として機能できることを明らかにした。
以上の結果に基づき、課題(4)では「ダイヤモンドを光でつくる」実証実験を意図した。紫外線のヘリウム放電管、真空排気系、試料マニピュレーターとCH4/H2ガス供給のみを備えた簡便な実験装置を設計・製作・調整した。ダイヤモンド成長の制御はCH4/H2の濃度とガス圧力の調節と、ダイヤモンド表面からの二次電子放出に伴って基板に流れこむ試料電流を計測することで行う。これまでのところ、各機器の組み立てと調節まで終わり、現在、試料電流計測と加熱機構の改善を進めている。そのため、ダイヤモンド成長実験にまでは至っていないが、今後、集中的に行いたいと考えている。
 3年間のさきがけ研究を振り返ったとき、ダイヤモンド成長研究の実績は全くなく、準備も殆どないままにアイデアだけで研究を開始したために、多くの試行錯誤があり、これまでのところ当初提案した研究項目の約半分程を消化できただけと思われる。この理由として、研究の主要な手段となる複合表面解析装置や成長実験装置を、全くのゼロの状態から設計・製作・組み立て・調整を行ったために多くの時間を要したこと、それに加え、ダイヤモンド成長の「その場」観察を行うために採用した表面計測方法は一般的なものではあるが、高真空のガス雰囲気下の高温の基板表面について行うために、多くの独自の工夫と改良に時間を要したためである。さらには、研究を開始するにあたって何もないために、さきがけ研究の主旨は全くの個人研究なのだが、ダイヤモンド成長機構と成長促進については三菱重工・基盤技術研究所の西森年彦氏、表面反応の第一原理計算については東京理科大の渡辺一之助教授に全面的な協力を仰ぐこととなった。その結果、私のアイデアに具体的な方向付けができ、その後の研究の展開において不十分ながら「ダイヤモンドを光でつくる」道筋を明らかにすることができた と考えられる。このように私の研究は、アイデアのみならず3年間の研究活動も「先駆け的」なものとして展開された。これからは、「ダイヤモンドを光でつくる」気相合成法の実証実験を至急行ない、その技術的可能性を明確にすることと、製作した複合表面解析装置を用いてその成長素過程を解明する研究を展開することを考えている。

◆今後の展開
1) 「ダイヤモンドを光でつくる気相合成法」の実証装置を用いて、NEAによる放出 電子による原料ガスのCH4/H2の電子衝撃解離の効率を、ガス圧力と基板の負バイアス電圧をパラメーターとして調べる。最大効率の条件で気相合成を行い、ダイヤモンド成長過程への効果を調べる。
2) (1)の実験では差動排気付きの希ガス放電管からの紫外線を用いるが、さらには、封入型の重水素ランプを用いた実験で、より実用的なダイヤモンド合成の諸条件を明らかにする。
3) 複合表面解析装置を用いて、CH4/H2ガス雰囲気下での高温のダイヤモンド表面の電子状態を系統的に調べ、NEAの起因と電子放出効率を調べる。これに基づいて、(1)と(2)の実験での電子放出を最大とする条件の物理的基礎を明らかにする。
4) 複合表面解析装置を用いて、ダイヤモンドの気相合成の反応機構を明らかにする。気相合成の条件下では熱力学的に不安定であるにも関わらずダイヤモンドが成長する機構について、とりわけ表面水素による電子状態の変化(p-型の電気伝導層の形成とNEA)のもつ意味と役割を明らかにする。
領域総括の見解:
 この研究が目指しているダイヤモンド薄膜作成法の機構の部分的実証はされている。総合的な実証実験の直前でさきがけ研究が終わった形である。総合的実証実験の展開が大いに期待される。
主な論文等:
1) 西森年彦、坂本仁志、高桑雄二、"ダイヤモンドの気相成長機構"、日本物理学会誌 52, 591-598 (1997).
2) T, Nishimori, H. Sakamoto, Y. Takakuwa and S. Kono, "Effects of electron and atomic hydrogen irradiation on gas-source molecular beam epitaxy of diamond with pure methane", Diamond Relat. Mater. 6, 463-467 (1997).
3) T. Nishimori, K. Nakano, H. Sakamoto, Y. Takakuwa and S. Kono, "n-type high-conductive epitaxial diamond prepared by gas source molecular beam epitaxy with methane and tri-n-butylphosphine", Appl. Phys. Lett. 71, 945-947 (1997).
4) 西森年彦、坂本仁志、高桑雄二、"ガスソース分子線エピタキシーによるダイヤモンド成長"、NEW DIAMOND 14, 2-7 (1998).
5) T. Nishimori, J. Utsumi, H. Sakamoto, Y. Takakuwa and S. Kono, "Growth of n-type diamond with high conductivity by gas-source molecular beam epitaxy and its application", Diamond Films Technol. 8, 323-330 (1998).
6) M. Shimomura, T. Nishimori, T. Abukawa, Y. Takakuwa, H. Sakamoto and S. Kono, "Crystallinity evaluation of phosphorus-doped n-type diamond thin film", J. Appl. Phys. 85, 3931-3933 (1999).
7) C. Kanai, K. Watanabe and Y. Takakuwa, "Ab initio study of hydrogen desorption from diamond C(100) surfaces", Jpn. J. Appl. Phys. 38, L783-L785 (1999).

(特許、受賞、招待講演等):
◆特許:国内1件
特願平10-272749 「ダイヤモンド薄膜の気相成長法」
◆招待講演:国際学会1件、国内学会4件
国際学会
1. 「n-Type high-conductive diamond growth by gas source molecular beam epitaxy and its application」2nd International Symposium on Diamond Electronic Devices (1998. 3.10)

国内学会
1. 「ダイヤモンド・ホモエピタキシー成長機構」日本物理学会1997年秋の分科会 (1997. 10. 7)
2. 「気相成長における表面反応の電子励起」日本物理学会1997年秋の分科会 (1997. 10. 7)
3. 「電子励起とダイヤモンド気相成長機構」SPring-8利用推進協議会・研究開発部会『放射光による電子励起新物質創製研究会』第3回 (1997. 12. 5)
4. 「ダイヤモンド薄膜成長」東北大学電気通信研究所共同プロジェクト『環境共生型量子制御反応プロセス』研究会 (1999. 12. 17)

This page updated on March 30, 2000

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